人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「気違い部落」と権力の発生

「気違い部落」と権力の発生_c0007525_1574626.jpg夏になるとなんか読みたくなる本があるなんて書くとさも読書家のようだが、たとえば開高健なんか夏に読んだ記憶があるからだろう、開高の「人とこの世界」で紹介されていたきだみのる「気違い部落周游紀行」なんてのも、なんとなく夏のイメージである。

季節に関係なく、ある山村の年中のことが書いてあるのに、これが夏のイメージなのは、カントリーブルースが夏に合うような気がするのと似ているかもしれない。貧しい庶民の生活に夏のイメージを当てるのは、照りつける直射日光と土埃に疲れた表情の苦しむ民衆、みたいな負のイメージが、自分の差別意識に刷り込まれてしまっているのかもしれない。だからこそ、そういう世界に興味を持つのでもある。

ふと「岩楯尾神社」なんて出てくるから、この本は奥多摩のあたりの話である。(ネットで調べると八王子市下恩方という辺りであるらしい。)仏文学者で民俗学の素養のあるパリ帰りのインテリが、戦中の疎開先として閑村に忍び込み、廃寺に住み込む。この農村の無学の住人たちを「英雄」や「勇士」と呼んで、その生活ぶりを考察している。

英雄と呼ぶのは蔑みではなく、作者がそのプリミティブな社会生活に敬意を表していたところもあっただろう。僕が学生の頃、地曳網の漁師のおじさんたちに紛れ込んでいた時も、似たような感覚だったろうと思える。あの頃のおじさんたちは身分の怪しい人たちもたくさんいて、オカシくて愛すべき、全く古い時代の英雄であった。

僕が敬愛する兄貴たちを「ダメ男」と呼ぶのも似ているかもしれない。一人の男が自分たちの小さな社会で生きていくには誰もが英雄とならざるを得ない。傑出したキャラクターを発揮しないことには生きてはいけない。翻って、我らがこの過剰な世界に生きるにはダメ男とならざるを得ない、と。

さてそんな本をパラパラとめくりながら部分読みをしていると、権力と支配についての考察がある。この14世帯の小部落には二人の長老がいた。

「(前略)何か部落の相談事があった際、二人が決めると部落全体はその通り動くのである。これは不思議なようである。日支事変中の所謂革新の気運もこの老人政治(ゲロントクラシー)に微動すら与えることは出来なかった。書斎人であるところの私は働き盛りの英雄であるところのヨシサンに何故にそうであるか訊ねてみた。彼はこう答えた。
 ---いや、あの長老たちに隠居をすすめたこともあるでさ。するとキザキ長老はこう云うのでさ。おれらが隠居したら部落は闇だと。それで二人が未だ采配を振ってるのでさ。
 ヨシ英雄の表現には、この長老の言葉は現実よりも現実無理解に立脚する自信に基づくと匂わせる調子があった。
 部落の英雄たちの自発的服従は、長老たちが何の法的権力も持たないことを考えるとき、もっと不思議になる。我々は長老たちの言葉を支える権威を何処に求めたらよいか。
 権力発生史の初期を説明するため、権力は贈答、気前に依って周囲の者を負し、それに依って得た社会的勢力が持続され、固定されて瀰散(ブログ主註:拡散の意)的な権威が集中したのだと仮定する仕方がある。二人の長老の権威は或はそう説明も出来よう。(後略)」(40章 権力はなくても支配は出来ることについて)

例えばこの文章を読んで、原始的社会とバカにできないことがお分かりだろう。現実にどう対応していいか分からないと長老に訊く。しかし「現実無理解に立脚する自信に基づく」長老の言うことがもし間違っていたら、それは現実が間違っているということになる。誰も現実の変化に対応できないのは一緒だ。それでも我々は自発的に長老に服従するというのは、我々の社会も同じではないだろうか。「気違い部落」とはまさに我々の社会のことを言っているのだ。

戦後この長老たちは一人が亡くなり一人が病気となり、「不和と嫉妬とが部落の空気を毒している。私はある懐かしさを持って(中略)二長老執政の時代を回想している。」と作者は締めくくっている。

また「権力の発生」について、「権力は贈答、気前に依って周囲の者を負し、それに依って得た社会的勢力が持続され、固定されて・・・」というのはある種の商売の仕方にも言えそうなこと。プレゼントを贈ったり気前よくサービスしたり恩を売っておいて客を圧倒し、そうして固定客を作り・・・。集客力のない私のようなのは、まさに権威のない主。我々にとっての権力とは集客力のことだなと思ったりするのだった。

僕なんか美女が怖くて手が出せない性なのだが、それも、惜しげもなくその美しさをさらけ出して見る者を圧倒するからで、やはりそのような気前の良さが美女に権力を与えるように思われるからなのではないだろうか。金持ちのボンボンしか政治ができないように思われてしまうのも、やはりそのような権力の発生する源泉があるからなのだろう。
by barcanes | 2013-08-16 00:31 | 日記 | Comments(0)