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養殖魚のモラルと発泡酒サウンド

「そんな養殖もん、勧めてんじゃねえよ。」ある料理人がつぶやいた。いいか、この魚は本来深いところにいるんだ。沿岸で飼われてっからカラダが焼けちゃって真っ黒になってんだろ。こんなの、マクドナルドと一緒だよ。たんまりドーピングされちゃってんだ。

それを片ヒザ立てながら聞いてた客が「そんなこと言われたってオレ、違い分かんねえし。」違いなんて知らない方が幸せなんじゃないんですかね。

安いのが悪いなんて言ってねえぞ。俺も黒毛和牛の脂身なんかより安いアメリカ牛の方が噛みごたえあって旨いと思うよ。高級和牛もアメリカ牛も何喰わしてるんだか知らねえけどな。

高級魚を出せって言ってるわけじゃないんだ。魚には食べ頃っていうのがある。なんでも新鮮なら良いってわけじゃない。食べ頃を見極めて出すのが料理人だって、教わってきたんだよ。出す側にはモラルってもんがあるだろうよ。だから養殖もんを勧めるんじゃないってんだよ。

でもその店、イタリアンですよね。カルパッチョだかなんだか、どうせ味をビッタリ付けちゃうんじゃないですか。

漁師なんかも穫れたてのコリコリの刺身を醤油ビッタビタにして喰うしなあ。そのよ、醤油に刺身をちょっとつけたときのよ、脂の広がり方が違うのよ。そのうち俺らも養殖もんしか食べられなくなるんだろうなあ。違いを知っちゃった人はよ、高い金出して天然ものを探すしかないのよ。

外房の高級アワビなんかもとんでもなく値下がりしちゃってよ、もうおしまいよ。あんだけ垂れ流されちゃってたってなあ。立派なのが破格で売っててもよ、買えねえぞ。年寄りしか喰えないだろ、あんなの。

しばらくの後、店にはケラー・ウィリアムスという人の、アコギなんだけどエフェクターを効かせたラインバキバキのエレアコみたいな音のCDが流れていた。「これってガットギター?」と先ほどの客は靴を両方ほったらかして座っていた。

これって養殖魚っていうか、発泡酒みたいなサウンドだね。最初は騙されて飲んじゃうけど、イヤになってきちゃうんだよ。こういうのは理屈じゃない。感覚の問題なんだ。無意識にこの音色をイヤんなっちゃうんだよ。ライブなんかじゃ楽しいんだろうけどね、CDだけ聞いてたら飽きてきちゃって長くは聞いてらんなくなる。そういうのもさ、出す側のモラルの問題なんじゃないのかな。違いが分かるかどうかは受け手の問題。感覚の問題は、出す側のモラルの問題だよ。俺たちはマシンじゃないんだからさ、工業技術の結晶みたいな酒飲まされてたら潰れちまうよ。
by barcanes | 2013-08-12 03:49 | 日記 | Comments(0)