人気ブログランキング | 話題のタグを見る

寄付と非常時

停電のない連休。天気もいい。昨日に続いて2号炉にも電源が復旧。みんなだいぶホッとしてきてしまっているようだ。テレビをつけないでいると、いいニュースも悪いニュースも入ってこない。平常の生活に戻ったような気もしてくるが、それは錯覚だ。今は非常時なのだ。ネット上もややヒートダウンな感じがするが、食品や水への放射能汚染に関してはこれから加熱してゆくだろう。先日の3号炉への注水が、計算上どうやら漏れているという情報。海へも放射能は漏れているのだろう。

放射能と放射性物質を、分けて考えた方がよさそうだ。放射性物質が体の中に入ることが、長期的に考えて子供には危険なのだ。体内に入ったものも排出されるし、減衰してゆくらしい。少なくとも我々大人は、今のところ大丈夫だろう。自分と自分の家族の身を守る術については、自分で情報を集め判断するしかない。でもしっかりと検査をして、市場に出るものは大丈夫だ、というようにはしてほしい。

安全についての科学的な基準が我々を守ってくれるとは限らない。それはタバコの危険と同じで、あくまで割合の問題なのだ。病気になる確率が高くなる、ということが科学の言えることで、我々のような酒もタバコもやるようなアホは、今さら過敏になることもない。いずれにせよいつか死ぬのだ。死ぬまで生きのびようぜ。そして、道を切り拓こうぜ(byヒロシ)。

夜は毎月行ってきた「Voices Inside」の3周年。sausalitoのマスター、ジョージさん他ゲストを迎えてのスペシャル版。急遽チャリティーにすることを快諾してくれた。私は原発事故にまつわる情報源として医師鎌田みのるさんのブログを読んでいるので、「日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)」に募金させてもらおうと思っている。鎌田さんは毎日10回ぐらい記事を書いてブログを更新しており、原発災害の放射線量などの数値情報についても自身の経験を基に判断されている。

募金については、人それぞれ考え方があると思う。あるいはお金じゃなくて、行動をするということが一番であるかもしれない。財布のジャラ銭を募金箱に入れるのはどうかな、と私は思うし、募金額は小銭ではなく、自分の日給ぐらいの単位で考えるべきという意見もある。しかし、レジの横にある募金箱に入れる釣り銭の少額が積もり積もって大金にもなるし、募金先が分からない人決められない人は赤十字などの大きな団体に入れればいいのだし、行動を起こせない人はお金を払うことぐらいしかできないのだろう。その全てを許容しなければならない。人それぞれ、その人の才量が試されるだけだ。できることをするしかない。できないこともできるかもしれない。でもできることをしないのは、寂しい。

ただ、赤十字などの大きい団体では、どのようにお金が使われ、末端にどのようにお金が届くのかは分かりにくい。海外援助の救援金などでは途中でいろいろなピンハネが行われて、実際に届くのは数パーセントしかないという話も聞く。できたら自分の分かるところに全部が届く、というような方法をとりたい。現地で行動している人のために使ってもらえるようにしたい。

「おまえも募金した?」などと人に強要する人もいる。金額の大小にかかわらず、良いことをしたような気になって、誰か何かの役に立つはずだ、という自己満足だ。でも募金とはそういうものなのかもしれない。みんながしているから自分もする、でもいいのだろう。ヨーロッパのサービス業におけるチップと同じような気もする。気持ちの表現でもあり、一方でシステムのようなものにもなっている。贅沢をしたり、嗜好品を楽しんだり、喜びや幸せを受け取ったり、何かをしてもらったらそれにお返しをするとか、心に余裕をもらったらその分だけの余裕を対価として払えばよいのだ。

チップを払うというのは慣れやコツが必要だ。我々は消費の社会に生きてきたのだが、受け身の消費ではなく、投げかける消費ということができるようになればいい。与えられた価格を支払うだけではなく、そこに自分の気持ちを上乗せするとか、喜びや楽しさを先に与えてしまうのだ。それを愛の押し売りとかおせっかいとか偽善とか呼んでもいい。それに応え、相応かできたらそれを上回るものを返そうとする。その気持ちが行き来する時に、人は幸せを感じるのだろう。

藤沢の人たちは、音楽に対する楽しさや喜びを、チップや消費としてお金に替えることに慣れていて、こういうときにはホントに気持ちよくお金が集まる。日頃から「音楽エンゲル計数」が高いとは思うのだが、音楽を生きるための栄養として捉えて、そのための必要経費を支払っている。お酒も、お酒を飲む場所に対しても、ただ安酒で酔っぱらうということではなく、こういう時間や空間が存続するということのために、お金を使ってくれているのだと思う。

こういうことは全く誇れることで、藤沢がもっと音楽の街になったらいいし、ミュージシャンが生きていける街になってほしいし、我々のような小さな店が成り立つ街であり続けたいと思う。そして、こういう気持ちの行き交うことを気持ち良く思う人が、藤沢にたくさん移り住んでくれたらいいと思う。

みんな思うところがあり、言いたいこともたまり、現地に行きたくても行けないという気持ちも募っている。人の批判や愚痴も言いたくなる。でも全てを許さなければいけない。許した上で、自分のできることをするしかない。でもこれは非常時だからではなく、きっといつでもそうなのだ。笑いや冗談も言い合いながら、この非常時こそが通常なのだというように過ごしていく。ヒジョージ・ハリソン「My Sweet Lord」を聞きながら、非常時に思いを寄せる。非常時ア・オン・マイ・マインド。

***************
以前から応援している水泳平泳ぎの立石諒君は今アメリカで練習していて、彼も寄付を募っています。賛同するという方はぜひどうぞ!
諒君のブログ「りょーのカエル泳ぎって何泳ぎ?
by barcanes | 2011-03-20 14:58 | 日記 | Comments(0)