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ミツマタに誘われ彷徨記

久しぶりに丹沢へ。この冬は雪山に行ってみたいと思っていたが、やはり技術も経験も何もないので一人では無謀だと思ってこの冬は止めることにした。おかげでこの冬の休みの日には本を読んだりジャズ喫茶に通ってみたりできてよかった。この冬はたくさん本を読んだ。お店にお客さんが誰もいないときは本を読んだりするのだが、2月3月は特に読書が進んだ。11月のマラソン以降、ジョギングも週に1,2回程度で、それもやはり運動しないと体調がよくないというか、消化が悪いというか、やっていたものをやめると調子がよくないので、やはりたまには走りたくなる。山歩きも、あの冷たい風やさびしい感じが恋しくなる。ようやく特にやることもなく、そして天気も悪くないような日がめぐってきたので、休みの木曜の夜に早寝をして早起きして、出かけることにした。

軽く歩いて温泉に浸かって、お店の前に少し昼寝でもできればいいと思って、まだ歩いたことのない地図の赤線(一般的なハイキングコース)をつぶしていこうと、丹沢湖のほとりの浅瀬入り口というバス停から入る、世附権現山と屏風岩山という1000mほどの小さな山を歩いてみることにした。一番のバスに乗り、平日にもかかわらず、春を探しに来たのか、みな単独行のおじさんばかり数名が同乗。同じバス停で3人降りたが、みな別々の方向に歩いていった。朝8時半、明るい春の日差しに気温も12度ほどあり、動くとすぐに汗だくになった。低山の一般道のハイキングコースを歩く私も、まあおっさん臭いわなとやや自嘲気味に、しかし久しぶりの人気のない爽快な寂しさを味わう。雪も雪解けもなく、冬の気配など感じられない。権現山の山頂で少し休むと汗が冷え、寒いので急ぎ足で下りはじめてすぐ、一人のおじさんとすれ違った。しばらくして方位磁石の方角がずいぶん違うのに気がついた。仕方なく登り返して一気に汗だくだ。さっきの山頂でさっきのおじさんに会った。おじさんは登山口のないミツバ岳というところから一般道ではない破線の道を歩いてきたそうだ。なかなかのツワモノである。さっそく道を間違えてしまい、時間をロスしたように気になってあせって坂を下りた。

二本杉峠には地図に載っている4本の道のほかに、今は廃道となっているが何十年前か前までは人の住んでいた集落へと向かう道がある。その他にも仕事道なのか踏み跡もあり、古にはなかなかの交差点であったのかもしれない。そこから屏風岩山に登る根っこ道がなかなかよかったので写メを撮ってみたりする。根っこが細い急登の尾根を抑え込んで支えている。人が歩き風雨にさらされて痩せ崩れていくのを、あらわになった木々の根っこたちが支えているこのような道が好きだ。しばらく行くと、小さな白い綿帽子のようなのが枝だけの灌木にホワッホワッとなっているのが群生している場所に出た。近づいてみると外は白く中に黄色い花弁のある小さな花がいくつか集まってひとかたまりになっていて、どれもややうつむき加減に咲いている。なんだか可憐だ。うまく撮れない写メに苦労していると、先ほど会ったおじさんに追いつかれて、「これはミツマタというのだよ」と教えてくれた。ミツマタを見に初めて来たのだ、少し盛りを過ぎている、あと一週間ぐらい早く来ればよかったね、とおじさんは言った。確かにまわりに白い花びらが少し散らばっていた。(年の)盛りを過ぎてうつむきがちのある女性を重ねて一首ひねりながら歩き、控えめな山頂でちょうど正午の昼飯としていると、さっきのおじさんが登ってきて、休憩もせず「こっちにもっとすごい群生地があるらしいから」と、一般道じゃない方に下りていった。私は地図に出ている一般道でのんびり帰ろうと思っていたが、ミツマタも気になったし、やはり軽い冒険心で地図にない道を行きたくなった。地図の尾根筋の見当をつけ、時間もたっぷりあるから分からなくなったら戻ろうと、休憩を早めに切り上げた。

道ははっきりと踏み跡がついていて、しばらくすると二手に分かれていた。左はおそらく先ほど小さく手書きの道標があった「大滝橋」に行く道だろうと見当をつけ、右の道を行く。地図で現在地を確認し、踏み跡を追う。すると、ミツマタの群生地があった。おじさんの言っていたのはきっとこのことなんだろう。夢のような光景に思えた。白い綿帽子がぽわっぽわっと浮いているような感じは幻想的で、無数の霊魂が舞っているような、宮崎駿的イメージで、ここはあの世の楽園かと思われた(おおげさか)。うつむき加減のミツマタは、上から見ると白一面に、下から見上げると黄色く色づいて、そのギャップが可愛げだ。北国の色白の少女が頬を赤らめているかのような可憐さがある。そんなことで心奪われながら、踏み跡を追いながらも尾根というよりはひろい斜面だったので、地図上の現在地を失ってしまったようだった。

というよりも方角が少し違うような気がして、分からなかったらここまで戻ってくればいいという目印のような地点で、東にルートを変えた。仕事道のような踏み跡は少しずつ薄くなり、下った道を登り返すのはめんどくさく思われ、地図で現在地の見当をつけながら、尾根筋に沿ってとうとう沢に下りた。地図の見当では沢を少し下ればすぐに車道に出そうであったが、少し行くと小滝が連続して、容易ではなさそうだった。けっこう奥っぽい。滝を巻いて無理やり下りてしまうと、もうそこを引き返して登るのは大変そうだ。しばらく逡巡して、近くに踏み跡も見つからないし、仕方なく登り返すことにした。道なき斜面を無理やり登るしかない。時おり古い踏み跡が見つかるが長続きせず、つかむ所のない斜面をトラバースしたり木の根につかまってのクライミングを繰り返し、ひたすら上を目指す。ふかふかの土に蹴りを入れ、枯れ枝を落とし、山を荒らしてしまう。鹿柵に行く手を阻まれ、回り込むたびにどんどん現在地を失ってゆく。あせる。汗をかく。疲れる。久しぶりの軽い山歩きのつもりだったのが、すっかり筋肉疲労だ。ここで怪我でもしたらますます大変だと思ったが、幸い体力はまだまだある。飯はさっきたくさん食った。水は捨てずにまだ残っている。しかし陽はやや傾いてきた感がある。4時までに下りないと温泉に入れない。頑張ってとにかく上へ上へと進む。やぶにもまれ、首筋に枯れ草が入り込む。ズボンは土まみれ、足の小指にできたことのないマメができ、皮がめくれて痛い。そんなことしてようやく、見覚えのある踏み跡に戻ってきた。3時。先ほどの群生地の少し上だろう。約2時間の彷徨。大滝橋への道を取り、車道を歩いてちょうど4時に中川温泉ぶなの湯に着いた。いやー、ちょっと遭難しかけた。冷や汗。ちゃんとした地形図を持ってこなかったのもいけなかった。

帰ってからネットで調べてみたら、あの群生地もよく歩かれているらしいし、「未知の道シリーズ①誰も知らない丹沢(岡澤重男著)」にも出ていたコースだから、私もうるおぼえで記憶にあったわけではあった。しかし道なき道を行くというのは、やはり大変だ。先人の踏み跡は当てにはならない。地図とコンパスは必帯だが経験も必要だ。おっさん臭い予定通りのつまらない低山歩きのつもりが、軽い冒険心が不安をもたらし、挑戦するときめきのようなものが呼び起こされた。道を外れた生き方というのは不安だけど、やっぱりわくわくするのなのだろう。でも道なき道を行くみなさんも、人生に遭難しかけた時には分かるところまで引き返すのも大切だと思います(笑)。

なんとか温泉に入れて、身体を洗う腕も筋肉痛、マメのめくれた足の小指にお湯が滲みた。電車でも眠れず、そのまま夜の営業に突入。お店は常連Tさんの誕生日もあって盛り上がり、朝7時まで。頑張ったというか、よく飲んでよく語った。いい一日だった。

ミツマタ三首

盛り過ぐ 小さき白きミツマタの うつむきがちの顔のぞきこむ
ミツマタの真白き斜面すべりおり 黄色いほほを振りかえりみる
ミツマタの色のにおいに誘われて 夢見心地に踏跡(みち)を失い…

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↑↓上から見ると白一面に、下から見上げると黄色
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by barcanes | 2010-04-09 20:57 | Comments(0)