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この世界の片隅Funk

1/25(水)

今日はFunkの教科書の一節から。「ファンキーであるというのは、何の制約にも縛られず、本能の声に耳を傾けて人間のあらゆる在り方を積極的に肯定できた上で、ありのままの自分を意識することを意味する。ファンキーというのは、生き方を指すのだ。」(リッキー・ヴィンセント著 宇井千史訳 「ファンク 人物、歴史そしてワンネス」ブルース・インターアクションズ p.25)

「何の制約にも縛られず」というところが捉え難ければ「どんな制約があろうとも」に置き換えても良い。もう一つ、「ファンクというのは、中身が何であるにせよ、その時の必然性に応じているもの」(ジョージ・クリントンの言葉)。

それでファン研アニキは「スーパーで300円のマグロなんだけど美味かったからゲンちゃんに食べさせようと思って持ってきた。」それと先日観て良かったからと「この世界の片隅に」の原作マンガも貸してくれた。その気持ちが持ち込みFunk。

基本的な意味において国家と戦争はセットであるから、国家に属する以上は完全な非戦を主張することはできない。この国では防衛と戦争とを分離してはきたけれど、やはり防衛は戦争の一部である。非戦国家とはマヤカシでもあるけれどひとつのチャレンジでもあったのだろうとも思う。非戦国家とは言え、非戦を唱えれば国家民であることの自己否定ということになるわけだから、チャレンジとしては非国民だらけの国が成立できるかどうか、ということになる。

最終的に非戦の誓いといえば、徴兵あるいは志願の拒否という一点にかかってくる。それに罰金刑が課せられれば非戦とはお金で買うものであり、あるいは収容されるとすれば国中が収容所ということになる。つまりこの国は戦後以来の収容所国家であり、我々は囚われの民と言うことができよう。陰謀史観的に嘆いているのではない。それは我々の制約なのである。

制約の中に生まれ、制約の中にいることにも気づけないという制約の中で我々は生きている。Funkする条件は整っているのだ。どんな制約の中でも、自分と自分の周りにFunkの小さな領域を開くこと。それが我々のやっている些細なことである。

あるいは、機械的な職場に非人間的なものを感じている者なら、その仕事が機械に置き換え可能で、いずれその仕事を奪うであろうロボットと同じ線上で働いていて、気づいたら既に周りは制約以上のことをしないロボばかりであることに気づく。真面目にせよ不真面目にせよ、ロボは身を守っているようで自らの首を絞め、周りに迷惑をかけないようにしているようで実は社会をより厳しくしていることにまでは気が回らない。ちゃんとしてるフリせずダメって言っちゃえばいいと思うけれど、それでもそんなロボとしての生き方も、その人がそれでいいのなら肯定しようじゃないか。

ロボにならずに人間の仕事をしてゆくためには、ロボとは全く違う線上にある仕事の仕方(あるいは遊び方)を選ばなくてはならない。私の職業がロボに置き換え可能か知らないが(その方が愛想の良い店になるかもしれない)、その違いとはちょっとしたFunkなのだと思う。

どんな制約があろうとも、本能の声に耳を傾けて人間のあらゆる在り方を積極的に肯定できた上で、ありのままの自分を意識し、その時の必然性に応じたことをする。それはほんの些細なことでいいし、それでもFunkできないこともあるさ。

第一希望がダメならDexysの”Plan B”で行こう。Specialsの”Enjoy Yourself”に乗せて、我々はFunk Up Yourselfで。あるいはFunk Yourself Downかもしれないけど。この店もまた 、この世界の片隅である。
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なかなか映画館に行くチャンスがないので、読めてよかった。


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by barcanes | 2017-01-31 23:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Cane's開店16周年のイベント3つwith田尻!



2/1で開店16周年を迎えます。本来なら、お客様に感謝してセールとかサービスとかしなきゃならないのが商売だと思いますが、懐は深くないしうまい安売り商法も見つかりません。あるいは高いお祝儀価格を設定し顧客の皆様から会費を巻き上げようとして誰も来ないという現実を見る度胸もございません。ということで相変わらずいつもの感じです。

それでも16周年記念とこじつけたイベントを3つやることになりまして、そのいずれにもピアノ王子としておなじみ田尻が絡んでおります。無茶ぶりしているわけではなかったのですが、結果的にこき使っている形になってしまっております。他に動いてくれる若手がいない、なんて嘆いてませんよ。Cane's16周年月間は、というより世界は、田尻を中心に回っていくのです。


2/1(水)Cane's16周年記念
かわECMスピンオフ「タジリーECM」
9pm- No Charge

ドイツのコンテンポラリー音楽レーベル「ECM」を中心に、クラシックや田尻のソロピアノなども聞いている「かわECM」。隔月の水曜日に開催しておりますが、2月1日Cane's開店記念日にスピンオフ。

『お馴染みの川合くん、そして「変態とは何かを教えてやる!」と意気込む阿仁敬堂こと浅見さん、僕はソロピアノをやったり、たすくの代わりに川合くんとかけあいっこしたりしようかなと思います(ECMかけないけど、たぶん)。
開店記念日になんでこんな静かなの…と唖然とさせられたら本望です。』(田尻談)

Cane'sの開店記念日はむしろ静かな方が似合ってる。そう言いたいんでしょうか。さすが田尻、わかってるな。フリー・セッションのように、新たな一年は静かに始まってゆく。そんな感じがちょうどいいような気がします。


2/25(土)Cane's16周年記念
「たじろっく〜石井ゆかこスペシャル!」
Open18:00/Start19:00
料金:2000円
【DJ】makizoo(After h’Our Rock、キラ金)
【演奏】石井裕佳子、宮下広輔、宮武理恵、前川朋子、岡崎恵美、田尻有太

『年に一度のたじろっく。今回は僕のFacebookに度々登場してきたベーシストのゆかこを召喚します。
Cane'sで始まったたじろっく。みんなCane'sに、ゲンさんに、そしてCane'sにいるみなさんに育ててもらって、少しずつ大きくなってきました。
また一年たって、こんな風になったよっていうのを見て欲しい。
愛憎入り乱れ、波乱が起きるのか、起きないのか、ぜひ見届けにきてください。』(田尻談)

エミちゃん、まえかわの両歌姫、大御所を始め多くのミュージシャンから引っ張りだこの活躍をしているペダルスティール宮下、パーカッションのリエちゃん、そして田尻の5人は学生時代からの仲間であり、Cane'sではいろんな演奏をしたり年上のアニキ達とイベントをやったり、そうでなくても各自がよく通ってくれていた時期がありました。

私は歳も違うしミュージシャンでもないけれど、そんなみんなをなぜだか学生時代からの仲間のように感じてきました。年に一度こうしてまたみんなが集まってくれることが嬉しいのです。今回はさらに、彼らの学生時代からの仲間であるゆかこちゃんが参加してくれるということで、なおさらに楽しみにしております。


2/26(日)Cane's16周年&田火田14周年
合わせて30周年記念!
「Cane'sバンドVS田火田バンド」
詳細未定

両バンドともライブに向けての練習はほとんどできなさそうなので、まあ大したものにはならないと思います。誰も期待してないでしょうけど。やり直しありの練習の延長でいいと思ってます。完全に内輪です。楽しくやりましょう。

ちなみに田尻は田火田バンド在籍です。 我々は現在7人編成。さらに刺客Saxプレイヤーもやって来るかも!


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by barcanes | 2017-01-30 21:35 | イベント | Trackback | Comments(0)

70年代前半リアルタイム50曲

1/27(金)

「Voices Inside」の顧問としてもおなじみの関根さんがご自分の音楽経験を振り返り、60年代から70年代を何回かに分けてトレースしてゆくシリーズ3回目。関根さんの「カンコン金vol.3」です。

1回目は音楽に目覚めた頃の横浜の街、喫茶店のジュークボックスやTVなどで聞いていた曲を取り上げて、関根さんの6歳から15歳、1960年~69年までを振り返っていただきました。2回目の前回は、一歩戻って68年から72年という濃厚な5年間。ゴールデンカップスや洋楽ロックからブルーズやソウルにどっぷり傾倒してゆく関根少年、まだ10代のまま。

そして今回はまた5歩進んで2歩下がりまして、1970年あたりから76年ぐらいまでのソウルを、年代順に構わずかけてゆくというもの。関根さんがサーフィンにハマってしょっちゅう湘南に遊びに来ていたaroundハタチ頃、リアルタイムで買っていたレコードたち。ソウルがシングル中心からアルバムで聞かせるようになっていった時代。

ニューソウルとサザンソウル、フィリーにコーラス・グループ、スウィート・ソウル、ファンクやブラック・シネマもの、そして産業ディスコけばけばしくなる以前のディスコ・ソウル華やかなるソウル全盛期。ああ、70年代前半。憧れの時代に青春時代を送っていた関根さんが心底羨ましくなるこのシリーズです。それでは今夜のプレイリストをどうぞ。

1. It's A Shame / The Spinners
2. Psychedelic Shack / The Temptations
3. Mercy Mercy Me (The Ecology) / Marvin Gaye
4. Quiet Storm / Smokey Robinson
5. I've Been Lonely For So Long / Fredderick Knight
6. Don't Take My Sunshine / Soul Children
7. Let's Stay Together / Al Green
8. Trying To Live My Life Without You / Otis Clay
9. Hooked On A Feeling / The Ovations
10. I'd Rather Go Blind / Spencer Wiggins
11. Stand By Your Man / Candi Staton
12. Ask Me / Ecstasy, Passion & Pain
13. I Love Music / O'jays
14. Wake Up Everybody / Harold Melvin & The Blue Notes
15. If You Don't Know Me By Now / Harold Melvin & The Blue Notes
16. Me & Mrs. Jones / Billy Paul
17. When We Get Married / The Intruders
18. Determination / The Ebonys
19. Higher Ground / Stevie Wonder
20. That Lady Part 1 / The Isley Brothers
21. Lowrider / War
22. Jungle Boogie / Kool & The Gang
23. Talkin' Loud And Sayin' Nothing / James Brown
24. (Shake, Shake, Shake) Shake Your Booty / K.C. & The Sunshine Band
25. Rock Your Baby / George McCrae
26. Smarty Pants / First Choice
27. Cherish What Is Dear To You / Freda Payne
28. Want Ads / Honey Cone
29. What A Difeerence A Day Makes / Esther Phillips
30. Misty Blue / Dorothy Moore
31. Thank God It's Friday / Love And Kisses
32. Theme From Shaft / Isaac Hayes
33. Superfly / Curtis Mayfield
34. Across The 110th Street / Bobby Womack
35. Are You Man Enough / The Four Tops
36. What A Shame / The Dynamics
37. With You / The Moments
38. Blind Over You / Black Ice
39. Pillow Talk / Sylvia
40. Breezin' / Gabor Szabo & Bobby Womack
41. Walk Away From Love / David Ruffin
42. Vanishing Love / John Edwards
43. Hangin On In There Baby / Johnny Bristol
44. You're Everything I Need / Major Lance
45. Since I Lost My Baby / The Perfections
46. Give Your Baby A Standing Ovation / The Dells
47. Loving Power / The Impressions
48. Harry Hippie / Bobby Womack

encore
49. A Letter To Myself / The Chi-Lites
50. Mary Jane On My Mind / The Platters

今回のミスタイプなしの完璧な書記は潤君でした。約3時間で48曲、アンコールが入ってちょうど50曲。みんなが知ってる名曲から全然知らない曲まで、これ全部aroundハタチですからね。私なんかこの数年で知った曲がほとんどですから。

それにしても国内盤の7インチ・ジャケは面白いですね。「ハロメル」ってどんな略し方やねん。「東南西北」ってどんな順番やねん。トンナンシャーペーか。「ドロシーの演歌に涙してくれ!」演歌ですか。でも彼女は80年代に伊勢佐木町の場末のキャバレーで歌ったこともあるそうです。「エディもう少し考えろ」がB面の「スーパーフライ」のカタカナのロゴもいいですね。"If You Don't Know Me By Now"は「二人の絆」ですもんね。昭和歌謡ですよこれじゃ。チ・ライツから「チャイ・ライツ」に表記が変わって、最後はつのださんの「メリー・ジェーン」これこそまさに昭和歌謡。その他この時期に多かった黒人女性ジャケなど。
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次回はまた、大人になった関根さんがディスコにやられていく70年代をどうサヴァイヴしていったのか、70年代後半にタッチしていただきたいなと思っております。よろしくお願いします!


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by barcanes | 2017-01-28 20:20 | 日記 | Trackback | Comments(0)

美しく生きる

1/24(火)

高校の同級生がヨメさんの小学生の時の卒業文集を読んでその文面の優等生っぷりに大笑いしたという話を聞いて、取り出したるは茶ばんだ藁半紙。我々の高3の時、進路希望を匿名で書かされそれを並べたものが配られた。とは言っても筆跡で分かっちゃうかもしれないので匿名性が高いとは言えない。私は自分が何を書いたか憶えていて、ほぼその通りになった。「自由業」と書いたから。

同級生はそんなものが存在したことを忘れていて、当然何を書いたかなど憶えていない。だがパッと見て、その筆跡に目が留まった。友人の筆跡って分かるものである。私のは最も倦むべきものとしてその紙面の一番右下隅に追いやられており、彼のはその少し上、「美しく生きる」と書いてあった。二人とも一人分の半枠扱いである。教師の悪意が感じられなくもない。

先日あるミュージシャン(60代)が同窓会に出席した話をしていた。「みんなもう髪の毛はないしさ、でも子供の時の顔と職業が一致するんだよ。ワシは子供の頃から一切の役職(なんとか委員とか)を拒んできた。」彼の音楽はジャンル不問の、言わばフリー・ミュージックである。それを聞いて、そう言えば僕も「自由業」って書いたなって思い出したのだ。

25年前の県立進学校には夢も野望もなく、ただ既存のサラリーマン社会に飲み込まれて行くぐらいの展望しか思い描けなかった者ばかりであったことが見て取れる。母校はかつてのエリート校としてのイメージを保っているかもしれないが、それも私の知る限り私の6つ上、今の50歳前後のOBOGぐらいまで。我々はいわゆるバブル崩壊と就職難が始まるともつゆ知らず、しかし世の中がこのまま進んで行くとも思えないが、かと言って受け入れるまま何も考えることもできないベビーブーマー世代の塊であった。

なんとなく農学部志望のクラスを選んだのはバレーボールと音楽の他に好きなものが見つからないから、しかたなく子供の頃によく連れて行ってもらった山に関連して林業を連想したというぐらいであって、当然理系の大学には入れなかったし入れる気もしなかった。でもそこで「何も考えてない」とか「とりあえず大学入ってサラリーマン」みたいなことを書かず、未知の領域「自由業」と書いた私の先見の明には我ながら感心する。というか、予見通りになってしまった。少年の日の顔つきが、というのはやはりその通りなのだろう。

「美しく生きる」同級生は大卒入社から再度大学に入り直し、努力してようやく40を超えて独立したがその苦労の陰も見せず、美しいヨメさんをもらい、予見の通り美しく生きている。他の同級生が何を書いて何をすることになったのか分からないが、言葉数の多かったヤツはきっと言葉数の多い人生を送っていることだろう。
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by barcanes | 2017-01-27 18:31 | 日記 | Trackback | Comments(0)

アドバイス

1/23(月)

ちょっとした夫婦の諍い、というか積もり積もった私の至らなさなのでしょうが、話が行き詰まってカミさんが風呂に行くとなっちゃんが近づいてきて言った。

「ちょっと話があるんだけど聞いてくれない?なっちゃんはお父さんともお母さんとも親子で、お父さんとばあばも親子だけど、お父さんとお母さんは違うよね。だから愛が違うんだよ。お母さんはご飯作ったりなっちゃんのお世話をしたり仕事に行ったり、疲れてるんだよ。お父さんはお風呂入ってご飯食べてお店に行くだけじゃん。だからたまには一緒にご飯作ったりさ、お手伝してあげて。分かった?お願いね。お話おしまい。」そう言って去って行った。この日は僕とお風呂に入ってくれなかった。

まあ、全然笑えません。子供というのは生まれた時から、親になりたての者たちなんかよりよっぽど自分の育てられ方を知っていて、我々はその要求に従って子育てを学ぶわけです。指図していろいろなことを教えるのは子供の方なんですね。なぜだか分からないけど(なぜだか分からないのは大人だから)、子供の方がよく分かっている。それは今までもそうでしたし、これからもきっとそうなのでしょう。「なっちゃんはお父さんのお母さんだからね」と二人きりの時にはよく言われています。完全に敷かれております。

それにしても、こういうセリフをどこで覚えてくるのか、大方はお母さんやばあばが私について言っていることなんでしょうけど、それだけとは思えないようなことを言うんですよ。引用をうまく使いながらオリジナリティを挟み込んでくる。思いつきの口まかせの中で本質を突いてくるようなことを言ってくるから感心します。ラッパーの面白い人もそういうものなんじゃないかと思うし、音楽もそうですよね。どこかで聞いたことのあるようなメロディやサウンドを引用しながら、ちょっとしたオリジナリティが出せればそれでいい、というかそんなものだと思うんです。

そういうことを無意識にやっている、例えば子供の絵のようなものを大人がやるには、それを意識してやれないと芸術にはならない。なんて言われるが、子供の絵は芸術じゃなくて構わなくて、それは芸術というよりFunkです。先人の音楽を大して知らないでやっている音楽が面白くないことが多いのはアート(アートとはほとんどアート史における文脈のこと)になっていないからなのでしょうが、それでもグッとくるものがあるとすれば、それは子供のように無邪気に核心を突いてくるような、今ここでの必然性みたいなもの、つまりFunkが感じられたかどうか、ということになるのではないでしょうか。

夜は冷え込んで、2台の灯油ストーブでこの冬を越せるか不安になる。電気屋の客人が来たので相談。エアコンの電気的な仕組みなどレクチャーしてもらった。「インバーター」という回路が入った電化製品は省エネ省電力との触れ込みだが、果たしてそうなのか。オンとオフの間をなだらかに結ぶことによって無駄を省いていることになっているらしいが、スイッチのオンとオフならわずか1ビットの情報量であるものが、インバーターが効いている間ずっと電算処理をしていることになり、電気的な構造は複雑となる。故障すれば修理するより買い直した方が安いなんてことになると、それは総じて本当に省エネなんだろうかと。

悲鳴をあげてくれたら、その故障部分が特定できて交換修理が可能である。先日も家で使っていた掃除機を修理した。故障部位は電源コードのモーター側とコンセント側と、その両方の接触不良だった。半田と100円ほどのパーツで直ったので、とりあえず買い直さなくて済んだ。

でも悲鳴をあげてくれてもダメなものはダメだし、修理不能なら騙し騙し、優しく使わないといけない。こびりついていると思われる心の汚れ、いや油汚れを落としてくれるかもしれない、ブレーキクリーナーをぶっかけてみよ、とのアドバイスに従ってみることにする。

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先日バンド練習のために採譜していたら、なっちゃんも楽譜かきたいと言って音符を使った絵を描いてくれました。

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by barcanes | 2017-01-27 17:04 | 日記 | Trackback | Comments(0)

スリ傷のソウル

1/21(土)

毎月欠かさず107回目の「Voices Inside」は、主宰二見潤の45歳の誕生日間近ということで、45回転シングルを45枚かけようというもの。テーマ別に15曲ずつ3セット。まずゴリラからポニーまで、動物ものも多かった”Dance”、そして得意分野かつ最も盛り上がった”Tears”、最後にロッキンな”Blues”。何度もかけてる定番の曲、みんな知ってる有名曲、潤君が若い頃にロック・カバーから知ってオリジナルに辿った思い出ある曲などにマニアックな選曲をバランス良く混じえた、渾身の45枚であった。

レジュメも用意されて何がかかるか分かっていても楽しめてしまうのは、厳選された曲の素晴らしさもさることながら、曲間の自嘲含みの小話である。曲を面白く聞かせるにはやはり体験が、耳と脳ミソだけでなく体を通り抜けているかどうかが重要である。心に届くとは、心を痛めることと同義なのだ。心を痛めたことのある体験と曲とが共感し合って我々聞く者に届くとき、我々自身もいつか傷ついたことを思い出して、つまり少しばかり傷ついているのである。だから笑ってしまうのだ。少しばかりの失敗をやらかしてしまった時のように。

二見潤とはそのような共感力を持った人間でありDJである。音楽を聞くときかけるとき、そうでない時でも頭の中に音楽が流れていれば、いつでも傷ついている。ソウル・ミュージックに与えられた使命であるかのように、スリ傷にまみれたレコードをスリ傷ごと聞かせる男。それが彼を"King of Broken-Hearted"と言わしめる理由なのである。

ゲストなしの今回、レギュラーのマサオさんは裏テーマでIke Turner特集。さすがにオリジナル・シングル盤は揃わないとのことでCDからの選曲であったが、まさに目からウロコであった。トレモロ・アームを効かせた変態ギターのイメージが強かったが、彼はピアニストから始まった。"The King of The Piano"との称号さえ与えられている。

51年、19歳の時の最初の録音”Rocket 88”がいきなりNo.1ヒット。後に花開くロックンロールの方法論に気づいてしまっていたのかもしれない。10代のままハウリン・ウルフ、BBキング、ボビー・ブランドなどの初期の録音に参加している。ジュニア・パーカーやエルモア・ジェイムズの初録音にもアイクのピアノが欠かせなかった。53年にはプロデューサーとしてのクレジットが与えられ、ほどなくギターも弾き始めている。

アイクといえばストラトキャスターのトレモロ・アームを大胆に使った変態奏法がトレードマークというイメージだが、考えてみればストラトの発売は54年だから、その楽器としてのポテンシャルを最大限に引き出した最初期の一人なのかもしれない。音数の少ない、いわゆる「ヘタウマ」ギターと言えるだろうが、それは元々ピアニストであったことや、プロデューサーとしての裏方的な発想から出たものなのかもしれない、などと思ってみた。以前から気になっていたアイク研究に着手するきっかけをいただいた気がする。なにせ変態音楽家が気になってしまうタチなのだ。マサオさんからアイクのコンピレーションをお借りした。

レギュラー顧問の関根さんは、訃報があったばかりのフリーマン・ブラウンものをかけてくれた。マッスル・ショールズの歴史に埋もれた黒人「ゴースト」ドラマー。彼のことも、このVoicesのマッスル・ショールズ特集で好きになった。その他、潤君やマサオさんのテーマをフォローしつつその間を埋めるような選曲。リアルタイムではワイワイしちゃってあまりちゃんと聞けなかったので、録音したものを今これを書きながら聞いてます。はい。再放送可能ですので、聞きたい方がいらっしゃいましたらお申し付けくださいませ。

さて来月の「Voices Inside」は2/18(土)、Funk Up Brass Bandをライブ・ゲストに迎えてのNew Orleans特集です。その前にはカウンターDJ「Free Friday」シリーズで2/3(金)に二見潤の「潤金#6」があります。そして2/11(土)には年に一度の「SP盤SP」、ジャンル不問でSP盤だけを聞く会です。

2/11(土)「SP盤SP vol.2」
open : 18:30 / start : 19:00
no charge
Disc Jockey: 文屋章、関根雅晴(Voices Inside)、
大野正雄(Voices Inside)、阿仁敬堂

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動物ダンス・コーナーでかかっていた”The Monkey Time” 歌っているMajor Lanceはこの曲の作者であるCurtis Mayfieldと同じ高校に通っていたとか。Bruce Springsteenの2ndアルバム収録曲"The E Street Shuffle"のイントロのギター・リフにはソウルの元ネタがあるんだろうな、とずっと思っていたのですが、これだったんですね。曲の進行なども似てますが、パクリというようなレベルではありませんね。ネットで調べるとよく知られたことのようでしたが。この曲が好きだったことには、そんなシカゴ・ソウルの出汁が効いていたという理由があったわけでした。
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デビューからの7年間だけでcd4枚組!


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by barcanes | 2017-01-27 13:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ピアノバトルとアップライトな夜

1/20(金)

水曜日の興奮冷めやらぬ沢田穣治スペシャル2Daysの2日目。沢田さんは髪を切って現れた。先に到着した田尻はいつになくリラックスした様子で、指慣らし&サウンドチェックにピアノを鳴らしている。今日の室内にはナチュラル・リバーブが効いていて、ピアノの高音鍵がいい感じだ。すぐさまアップライト・ベースをケースから抜き出し、低音弦をはじき始める沢田さん。先手有利か後攻めか。今夜はバトルである。

二夜連続の方も少なくない来客がいつものように開演時間を過ぎてから集まり始め、40分遅れでスタート。先行は田尻有太。当店おなじみの変態ピアノ王子である。フリー・ソロ、オリジナル曲、そしてドビュッシー。ピアノは生音で、リバーブ音を少しだけ乗せた。聴客のみなさんが静寂の中で音に耳を傾けている。このようなライブは当店ではあまりないのだが、静かだけど緊迫感ではなくむしろ和やかであり、何が起きるかを見届けようという期待感にあふれた、良い時間が流れていた。

後攻めに、沢田さんが譜面を手にして自作曲を2曲。こちらはリバーブなしの完全生音。亡くなったシバリエさんに捧げられた曲が印象的だった。優しい打鍵の音が柔らかく響いていた。決して力強い方のタッチではないと思っていた田尻のピアノを、粗暴にも感じさせる作戦か?清濁の混在した静寂。それにしても、二人のピアノは似ているように思う。

もう一度田尻のソロがあって前半は終了。むしろ強いアタックの連打や音量のダイナミクスで、田尻は持ち味を出していたと思う。後半はギターの馬場さん、ドラムの沼さんも到着して、リハなしのセッション。沢田さんは「本職」のコントラバスだ。この3人の組み合わせは初とのこと。空間的なギターの映える、静かめジャジーなサウンド。途中からまえかわさんが入り「カツヲ」のレパートリーなど。水曜に速すぎた”Zappa’s Mode”のリベンジも、トロンボーン不在の分の熱量ある力技感が面白かった。

最後に田尻が加わって、全員でのフリーも良かった。沢田さんは目指すものを提示しているわけではないのだが、ちょっとした舵取りと言うか、何かモチーフのようなものを差し出しているのだろうか、バンドはそういうものに反応し合って非直線的に進んで行く。真っ直ぐ進んでいるように見えて、横から見ると縦方向に大きく蛇行しているような。例えば10分の曲でもそれは数十秒ほどの出来事を拡大して引き伸ばした時間であるような、そんな直進しない指揮官である。あ、感想には個人差があります。
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この日のP.A.としてはウッド・ベースの超低音が出ていてマイク拾いでは制御が難しく、一方ドラムの音がやや小さくて、ライブではもうひとつ上手くできなかったのだが(だってサウンドチェックなしだしー)、後で聞くと録音ではうまく録れていたから不思議である。むしろ録音の方が良いくらい。神ってきたなー、オレのマイキング。

終演後にはさっそくゴールデンウィークに「カツヲスペシャル」のライブと、沢田さん沼さん田尻のトリオも決めてくれた。略して「沢田沼田尻」。略してないか。田尻のことを気に入ってくれて嬉しい。作曲やアレンジングや、さらに変態性についての秘伝が伝授されることだろう。そして変態性についての理解を認めてもらえたのか、沢田さんのこれまでに関わったアルバムにして200枚にも及ぶ録音作品を振り返りながら聞く会をやりたいとおっしゃった。タイトルは「沢田穣治の仕事」。もちろんやりましょう!とお答えしたがちょっと我々では役不足の感もある。

沢田作品としては私はリアルタイムで買ったショーロ・クラブの2枚など、わずかなものしか聞いていない。まあそんなことどうでもいいのでしょうけど。でもこの日も過去の作品を聞かせてもらったりCDを一枚頂いたりして、沢田ワールドに対する興味が俄然湧いてきましたので、ちょっとずつ聞いてみたいと思います。イベントとしては我々がやってる「かわECM」の番外編として受け止めてみたいと考えております。

遅い時間まで、この二日間の録音を残ったメンバーで聞き直したりして、沢田さんは「ピアノバトルとしては俺の負けやな」と最後に言い残して帰って行きました。若手思いだなあ。さすがプロデューサー。調子に乗せるのが上手い!でも私が田尻をそそのかしてソロピアノを弾くように推してきた「変態ピアノ王子」プロジェクトが次の機会へと繋がったことが、個人的にとても嬉しいのです。小さな果実かもしれないが、これまでやってきた遊びがこうして実を結ぶものである。それにしても濃密な二日間だった。こうして後日にこれを書いているが、もはや過ぎ去ったはるか昔のことのようにも感じられる。

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沢田さんに頂いた1999年のギターとベースのデュオ「Kakusei-Zen-Ya」。エフェクトの効いたアブストラクトな一枚。

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FMでよく流れていたような記憶があるショーロ・クラブの「Brasiliana」(2000年)。これは売れたんじゃないかな。私もよく聞きました。「カツヲスペシャル」でのレパートリー「紅い花」「Sapo Verde」も収録されていました!


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by barcanes | 2017-01-24 04:34 | 日記 | Trackback | Comments(0)

引っ張られるミックス社会論

1/22(日)

数日前からエアコンが頻繁にエラー・サインを出すようになり、業者に見てもらったところ修理不可能とのこと。95年式の中古で15年使い続けてきたが、その前には中華料理屋についていたものだったらしい。この数日の寒さで一気にオーバーヒートというところだろう。さすがにもう高価な業務用エアコンを買うことはできないかもしれない。とりあえず冬の間は灯油でなんとかしのげると思うけど、夏までになんとかしないと。良いエアコン屋さんとか知っている方いらっしゃいましたらぜひご紹介ください。

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というわけで、とりあえず今までエアコンと併用してきた灯油ファンヒーターに加えて、以前使ってた石油ストーブを引っ張り出してみた。これで冬が越せるだろうかどうだろうか。まあ人が多いのが一番暖かいですけどね。

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暖かい夕方から始まったマンスリーの「アイリッシュ・セッション」は夜が冷え込み始める頃に終わり、なんとなくかけていたチーフタンズのライブ盤「An Irish Evening」(92年)。ロジャー・ダルトリーが歌っているのを聞いて主宰の椎野さんが、歌い方や節回しが完全にアイリッシュだね、と言う。ちょっと調べてみたところロンドン育ちで両親がアイリッシュかどうかなど判らないのだが、不思議なものである。30を超えてからアイリッシュ音楽に興味を持ち演奏するようになったという椎野さんが、若い頃好きでレコードを揃えていたものの一つがThe Whoだったというからだ。

椎野さんに以前いただいた段ボール2箱分のレコードの中に入っていたのは他にDexys Midnight Runnersや矢野顕子など。Dexysには言わずもがなのアイリッシュ・インフルエンスがあるし、矢野顕子も後年にチーフタンズとの共演を果たしている。もしかしたらWhoの、ダルトリーの歌唱に、どこかアイリッシュなフレイバーを感じていたのかもしれない。若い頃に好きで聞いてきた音楽のちょっとした要素に、後年になって引っ張られることもあるのだ。

その後やってきたのは、先日水曜にとあるバンドのライブ録音を依頼されていたアニキ。さっそくミックス途中の音源を持ってきてくれた。ちょうど同じ日、当店の水曜日の「カツヲスペシャル」とほぼ同じ、ベース、ドラム、エフェクターの効いたギター、そしてトロンボーンという編成で、変態的ギタリストがリーダーのインスト・バンド。奇遇過ぎる。私の方の録音と聞かせ合い、録音バトルだ。金曜のピアノやアップライト・ベースの音もお聞かせし、「完敗だなあ」と言ってアニキは帰っていった。まあ先方がどんな人たちだか判らないが、演奏者の技量の差ということになるだろう。

ついでに土曜日の「Voices」の録音も聞いた。特に50年代のブルーズやロックンロールの録音は興味深い。歌モノは歌がドカンと来て、周りの音は明らかに小さいのだが、それで十分に成立している。年代が下るにつれて楽器のソロや周りの音もよく聞こえるようになってくるわけだが、それにしたって主役である歌を頂点としたヒエラルキーと言うか、優先順位があったであろう。つまり録音やミックスとは社会論なのである。

一神教的に一点突破をかけてくるようなサウンドは、やはりアメリカのレコード音楽の強さであろう。ドラムやベースが裏方的で陰の存在と思われた時代があったのは、やはりレコードでポップ・ミュージックを聞いてきた影響なのだと思う。そうした歴史の末に、縁の下的な存在であることの不満や平等意識が、楽器をまんべんなく聞かせたいという欲求として表れる。レコード上の自由民権運動である。そこに民主主義的な解決はあり得るだろうか。

ミックス社会論の得意なところは、異質なものを同居させることが可能であることだろう。しかも美しい形での。だからありのままの姿で、というわけにはいかない。しかしたとえ混在に成功したとしても、それだけではダメらしい。グッと来なければならない。グッとくるサウンドとは一体なんで、グッと来る社会のあり方とはなんなのだろうか。ある種の刺激。新しいものと古いもの、異質さや未知のこと。過剰(豊穣)であること。永く聞き続けられるもの。自分が好きで聞いてきた音楽に、そういったミックスにまつわる美意識が表れているだろうから、そういうものに引っ張られてもいいんじゃないかと思う。


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by barcanes | 2017-01-23 22:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「変態」カツヲスペシャル

1/18(水)

当店3回目の「カツヲスペシャル」。と言っても前回10月の当店とその翌日の平塚(ドラムが荒井君に交替)以来のライブということであるから、ほとんどCane's限定企画となっているのかもしれない。嬉しいけれども、もっと多くの方たちに聞かれるべきと思う。きっとそのうち、そんな日も訪れるであろう。

この日も新曲にチャレンジ。速すぎた”Zappa’s Mode”や慎重すぎる演奏の曲もあったが、あとで録音を聞き直してみると良く聞こえる。ライブが良くて録音ではイマイチということは多いが、その逆もあるのだなあ。面白い。沢田さんの「モスラ」もハッチャケて面白かった。さすがアバンギャルド。3回目にしてややリラックスした雰囲気。寒いなか来客も過去最高で、いいライブだった。

沢田さんの作る難解な曲にしても、エレキベースの音色にしても、ほんと変態(褒め言葉です)だなあ、と改めて敬服した。そしてそんな隊長と真剣に取り組む楽隊員たちも、ほんと変態音楽バカです(誉めてます)。

そう考えてみると「変態」っていうのは、例えば変なコード進行を美しいメロディで繋ぐようなこと、あるいはその逆も、なめらかなメロディを様々な分担の仕方に切り分けるようなことの可能性を言うのではないだろうか。つまり異質なものを繋いだり、同質性を分離したりする仕事のことを安易な言葉遣いで「変態」と呼んでいたのである。世の中変態ばかりでも困るけど、変態も必要なのである。まして画一化しつつある時代には。

終演後は沢田さんの最新発売前の録音を聞かせてもらう。ECM風の変態ジャズ。いい音だった。そのうち業界の「カス」な人たちのウラ話など聞かせてもらって面白かったが、「そんな悪いこというの良くないよ」とまえかわさんは気にしてました。毒や愚痴を吐くのも精神的バランスとしてはいいことだと思うんですけどね。うちh酒場ですし。

だいたい「出世欲」なんですよ。自分には「自分欲」しかない。って今日の名言だった。人を使ってうまいことやれるのも才能だけど、人や世間に認められることが優先してしまうと「カス」になってしまう。そんなことより、そして機材にこだわるよりもまず、自分を磨けと。まあ私も出世欲バリバリの人は苦手だなあ。話が、言葉が合わないもの。出世欲な音楽も、きっとそういうことなんだろう。

金曜日は「沢田穣治スペシャル2Days」の2日目。当店おなじみの変態ピアノ王子・田尻有太との「ピアノバトル」の予定でしたが、沢田さんは急遽さらに企画を追加してくれて、2本立てとなりました。この日の「カツヲスペシャル」から和田さん以外の楽隊員が隊長の号令のもと招集され、沢田さんは本職のアップライト・ベースを持ってくるとのこと。つまりアップライト・ピアノとアップライト・ベースので、「アップライトな夜」ということです。沢田さんも沼さんも馬場さんも、楽器置いて帰りました。

沢田さんと田尻が交互にソロピアノを弾く「ピアノバトル」もどんな感じになるか分からないのですが、その後もどうなるのか全く分かりません。明日も音楽は自由で、チャージは自由料金制(投げ銭)です。ぜひお見逃しなく!

沢田穣治スペシャル2Days!
1/20(金)「沢田尻ピアノバトル&アップライトな夜」
Open 19:00 / Start 20:00
チャージ:自由料金制(投げ銭)

「ピアノバトル」
沢田穣治
田尻有太
「カツヲスペシャル-1」
まえかわとも子(ボイス)
沢田穣治(コントラバス)
馬場孝喜(ギター)
沼直也(ドラム)
➕田尻有太(ピアノ)

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まえかわさんのお土産の野生の金柑。


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by barcanes | 2017-01-20 13:09 | 日記 | Trackback | Comments(0)

愛の問題

1/17(火)

前日の続きでクルセイダーズを聞いていたら、お借りしていたマイクを取りに来てくれたアニキ。翌日にまたトロンボーンの録音があるという。「いい音だなあ。」クルセイダーズはサックスとトロンボーンの2管である。私も翌日には「カツヲスペシャル」で和田さんのトロンボーンを聞ける。

"2nd Crusade"あたりの音の秘密のひとつはやはり録音、名高き西海岸のウォーリー・ハイダー・スタジオ。CCR、CSN&Y、デッドなど有名盤も数知れず。トム・ウェイツの2nd「土曜日の夜」などもそう。4th ”Small Change”ではオーケストラを含めた全演奏をダイレクトにステレオ2チャンネル・テープに録音した、と書いてある。ウォーリー・ハイダーでは71年の時点で24トラックを2台同期させて48トラック録音を実現させていたというから、75年のトムさんチームはその最新技術をむしろ逆手にとって、旧式の録音方法にチャレンジしたのだろう。

便利なものがいい結果を生むとは限らない、ということに既に気づいていたのだ。スリリングな一発勝負とそのための入念な準備が生みだした、このアルバムを特に愛聴盤としてきた者は、このような「旧式」サウンドにやられる運命にあったのかもしれない。

変態プログレ・フュージョン師匠から4枚ずつお借りしているフランク・ザッパのレコードを聞いているところで、マサオさんが翌日のDJの仕込みに来た。「明日もこんな感じでいくことにしました。」そこからしばらく変態系ジャズものを一曲ずつ、明日録音のアニキと、そのミックス具合や音域具合をあやかや言いながら聞いてゆく。

なんだかトロンボーンがやけに耳に入ってくる。なぜだろう、ファンク〜変態系にはトロンボーンが多く使われるのだろうか。先ほどのZappa & The Mothers ”The Grand Wazoo”(72年)もトロンボーンの嵐だったし。この忘れられたデトロイト・ジャズ”Tribe”レーベルのコンピレーションは、なんとフルートとトロンボーンのユニゾンだ!素晴らしいジャケ。
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「明日の録音の前にさ、気合い入れに来たんだよね。」アニキが言った。そうだ。録音は気持ちの、つまるところ愛の問題なのだ。まんべんなく、過不足なく、ノータッチに愛することなどできない。レコードはそもそも電化製品を売るためのソフトであったという歴史を紐解くまでもなく、レコードは工業製品としての標準化の枠内にある。ソフトがデジタル・データに取って代わっても、電気を使ってスピーカーを震わせていることには変わりがない。

愛とはそのような引き継がれる標準化との戦い、あるいは妥協だ。思い入れや思い込みで、できることしかできずできないこともやってみるけど、そんなメリハリを効かせたような音こそ愛なのではないか。だから嫌われることがあっても仕方がない。

「なっちゃん魔法使いでお父さんは王子さまね。だってお父さんカッコイイしさ、ご飯もたまに作ってくれるし美味しいしさ、それにお母さんのお手伝いもするでしょ、だから愛してるんだよね。」実際には月に1回か2回ぐらいしかご飯は作らないし、しかも選択肢の限られた一品料理である。なっちゃんは励ましてくれているんだと思う。でも「愛してる」なんて言われたのは初めて(お母さんとは毎日言い合ってるらしい)だったのでビックリした。

愛とは全体的で包括的な、言わば仏教的なものでもあるかもしれないが、あるがままの録音や再生は不可能であり、そのままでいいよーではグッとこない。(だから仏教的な作品表現としては削ぎ落とすしかないのだろう。)受け止める愛より投げかける愛である。あるいは励ます愛か。モテない恥ずかしがり屋のダメ男には不得手なところである。


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by barcanes | 2017-01-20 11:52 | 日記 | Trackback | Comments(0)