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今西太一/Kayo with さいとうりょうじ


太一さんを追いかけてバイクで旅をしながら写真を撮っている米倉さんという方がいらっしゃいまして、今回は彼が撮りためた太一さんの写真を店内に展示し、さらにプロジェクターでスライドショーを流して雰囲気を盛り上げようという趣向。カウンターの上と通路の壁を一面に太一さんのナイスショットが埋め尽くした。

そしてCane's初登場のKayoちゃん。9月の「アコースティック・キャンプ」で前座的に一番手で登場し、インパクトあるパフォーマンスをかましていて、朝から足柄のキャンプ場でドリンク係として準備して、ステージ後方でまったりしていた私の眠気をすっかり晴らしてくれたのだった。着ていたTシャツが太一さんの「モヒT」だったのでつい声をかけてしまい、今度の太一さんのライブの時にでも歌いに来てよ、なんて軽くお誘いしてしまったのだった。後日関係者に相談したら、前座じゃダメです、2マンにしてください、と叱られた。失礼しました。

そもそも、今回の太一さんのニュー・アルバムをプロデュースしたさいとうりょうじ君が、Kayoちゃんのバンドのパートナーだというから、話はうまくまとまった。しかもKayoちゃんも太一さんのアルバムに参加してるそうなので、なんだよー知らないのは俺だけー、みんなファミリーじゃん、というわけだ。

ということで、迫力ある歌と瀬川瑛子かよっていうMCのギャップ芸で楽しませてくれつつ、途中から参加したさいとうりょうじ君のストラト一発のギターが素晴らしかった。あいつはギターだけは素晴らしいのだ、と太一さんが言ってた、その意味するところはよく知らないが、見かけによらず酒が飲めずコーラをがぶ飲みしてたところだけ察しても、なかなかにバランスを偏らせることによって個性的かつエキセントリックな表現を勝ち得ている、いいギターだった。

もうすぐお子さまが誕生する太一さんは、関東ツアーの最終日とのことで声もガラガラのリハだったが、いつものように気合いのこもった声を聞かせてくれて、新譜からの曲も披露してくれた。それでも、今しか歌えないだろう「とおちゃんになる」がやはり染みた。

「バカボンのパパが空を飛ぶ 雲が流れて これでいいのだ」「盆栽が揺れとる」

それだけが太一さんの今のリアルな気がした。
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by barcanes | 2015-11-30 06:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)

11月のイベント

11月のイベント予定です。

11/3(火祝)
「第6回大人の文化祭」@ロケットデリ

 Open 16:30 / start 17:00
Cane'sバンドで参加します。
お店はその後開けます。

11/7(土) 来たる!ポスポス秋の2連発!!
 Scanning Disk Presents 「窓の領域vol.18」

 open 19:30 / start 20:00
 charge:投げ銭
【出演】鶯色、MELODY KOGA、
ポスポス大谷+Augustus Browning
 相模原の山奥からホーミー・シンガーソングライター、ポスポス久しぶりの湘南下山。脱構築的で基礎研究的で、脱音階的で即興的、チャレンジングでそれでいてプラクティカル。要するにへんてこな音楽が好きな方、ぜひ。
 以下、ポスポス大谷による出演者の紹介です。「私の企画は口で説明するのが難しい人が多いと言っておきますが。」
【鶯色】
 天才奇才の山田民族と鈴木美紀子によるフォーク歌物デュオ。4畳半の中に居ながらなぜか意識は何処か架空の世界の美しい南の島をドライブでもしてるのか、と思うとまったく違う荒廃しきった町の中に飛び込んでしまったかのような錯覚を感じるようなサウンド。サイケ感もリアル。二人ともまだまだ余裕すら感じるような懐の深さ。歌詞も最高な歌物ユニットです。
【MELODY KOGA】
 現代社会というすべてが飽和しすぎた日常の混濁の中で結晶化してしまった詩人。と??あえて言っておきます。日本語という言葉を使った表現のまさにオルタナティブ?なのかもしれません。誰でもやるようなデザイン感覚を使った詩の世界とは全く違い、詩のツボそのものが駄洒落やミニマル感といった激しい意味不明に襲われます。一回のセットで100曲近くをやるのが当たり前というギネス記録になってもおかしくないピアノの弾き語りです。
【ポスポス大谷(私)とAugustus Browning】
 Augustus Browningは元々サンフランシスコ出身のスクリーンプリント作家。70年代にはSun Raアーケストラのメンバーでもあったり、ナイジェリアで美術の先生やったりととにかく変わった経歴の持ち主。今回は私と二人でサンフランシスコの曇った空のような静かな暗い感じの?電気音楽をやろうと一応は?思ってます。

11/11(水) 「かわECM #5」
 9pm- No Charge
【カウンターDJ】川合治療院、tsk
 ドイツのジャズ・レーベル「ECM」好き柔道整復師かわい君が好きなECMなどの曲を店主に聞かせてくれる、ぐらいの気楽な平日カウンターDJ企画が小さな人気を集め、第5回。相方(ボケ担当)のtskが違った方面の曲で茶々を入れながら、ジャンルとしての「ジャズ」というものを無化しています。
 5回目の今回のテーマは、「ベース&ドラム特集」ということで一応。

11/15(日) 「アイリッシュ・セッション#14」
 4pm- No Charge
昨年11月に始めたフィドル椎野さん主宰のマンスリー夕方セッション。早くも2年目に突入!

11/21(土)
「Voices Inside #93」 ブルー・アイド・ソウル特集

 9pm- No Charge
【DJ】二見潤、関根雅晴、
大野正雄 【今月のゲスト】
山田順之(Hot Vinyl)、広瀬達朗

11/23(月祝)
「SOUL KINGFISHER vol.4」
Fujisawa Northern Soul One-nighter

open 18:30 / start 19:00
Admission 500yen
【DJ】Gustavmod, Banno,
Yamada (Yokohama Hot Vinyl)
 南口某所から北口へ。踊れるノーザン・ソウル。山田さん、連チャンすね。

11月末は、定休日挟んで
ライブ5連チャン・スペシャル!

11/25(水)
『GYU-GYUと夜2』

open 19:30 / start 20:00 (2set)
チャージ:投げ銭!
【出演】E.B. 大澤”gyugyu”イツト、KEY. 中村新史、DR. 宮良直哉 
 まあまあ在湘南トリオでまあまあ黒い系のインストをやります。着席してムズムズしてください。

11/27(金) 「カルマン 関東ツアー2015」
 open 19:30 / start 20:00
 予約2500円/当日3000円
【カルマン(Karman)】
 岡林立哉(馬頭琴)
 小松崎健(ハンマーダルシマー)
 トシバウロン(バウロン)
 モンゴルの大草原に一瞬で誘われるような馬頭琴と喉歌ホーミーの響き。誰もがその音色の虜になってしまう中世ヨーロッパの楽器ハンマーダルシマー。そしてアイルランドの太鼓バウロン。それは鼓動の音に喩えられる。
 ”カルマン”ー気象用語の「カルマン渦」より。流れのなかに障害物を置いたとき、または流体中で個体を動かしたときにその後方に交互にできる渦の列のことをいう。
 モンゴルやアイルランドの伝統音楽をベースに新たなアイデアや実験を加え個性的かつ普遍的音楽を目指す。ダルシマー、馬頭琴、バウロンという倍音を多く含む珍しい楽器を使い、モンゴルの伝統的な唱法ホーミーを大胆に取り入れ、音響的にもユ ニークな音楽を創造する。(HPより)

11/28(土) 来たる!ポスポス秋の2連発!!
 Scanning Disk Presents 「窓の領域vol.19」

 open 19:30 / start 20:00
 charge:投げ銭
【出演】
 ポスポス大谷+Marcos Fernandes、
 野村和孝(PWRFLPower)、Saf
 ポスポス奇跡の11月第2弾。アヴァンガルドな即興芸術家、集う。

11/29(日) 
「今西太一/Kayo 2マン」

 open 19:30 / start 20:00
 charge ¥2,000
 今西太一New Album「50」発売ツアー。先日の「アコキャン」で飛び入り的に登場し、最も印象的だったKayoちゃん。太一さんTシャツを着ていたので、気合の入ったギター弾き語り競演してもらうことになりました。

11/30(月)
「セッションエチオピア#9」

 20:00~ チャージ:投げ銭
【出演】中西文彦(g)&阿部紀彦(p)
 超ブラジリアン・ギタリスト中西文彦が送る音の実験室。今回のゲストは湘南のジャズピアノの重鎮、阿部紀彦さん!いつもお客さんが少ないけど続いています。来てね。

12/5(土) 「藤沢歌謡会 #15」
 8pm- No Charge
【DJ】カズマっクス、大野耕介、
バタンQ、浅見卓也a.k.a.ダメ男、
追川譲二

12/6(日)
「よみきかせ・のみきかせ#11」

 4pm- チャージ:投げ銭
【出演】ますいあらた、てづかのぶえ、
ちかだしんぺー、はらまさこ

12/13(日)
「アイリッシュ・セッション#15」

 4pm- No Charge

12/18(金) TBA(ヤク/AZUMI)
(12/12から日程変更になりました。)AZUMIさんプロデュースのヤクの初ソロCD発売記念!

12/19(土)
「So-Soクリスマス・ライブ」

 Open 16:30 / Start 17:00
 (19時ごろまでです。)
 チャージ ¥2000
【出演】 松下恵美&塩塚博

12/19(土) 「Voices Inside #94」
 9pm- No Charge
【DJ】二見潤、関根雅晴、
大野正雄 【ゲスト】Tetchan

12/23(水祝)
TBA(ブラック・クリスマス)


12/26(土) 「~ リクオのケインズ 忘年会ライブ 2015 ~」
 開場 19:00 / 開演20:00
 前売り¥3500 / 当日¥4000
【出演】リクオ with 橋本歩(チェロ)、阿部美緒(ヴァイオリン)
【ゲスト】金 佑龍(キムウリョン)
【DJ】二見 潤(Voices Inside)、
宮井 章裕(Sandfish Records)

12/29(火) TBA(かつら浜#5)

1/30(土) TBA(ファーマーズ 竹田信吾、樽谷慎二)

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by barcanes | 2015-11-30 04:41 | イベント | Trackback | Comments(0)

safと窓の領域#19


奇跡の一ヶ月2回公演の「窓の領域」。主宰のポスポス、前回はガスさんとのセットでインプロ気味で歌もの少な目だった。今回はマルコス・フェルナンデスさんのパーカッションに乗って、ビート感ある歌もので勝負。

PWRFL Powerこと野村和孝くんは2011年10月、ポスポスがCane's初登場した時の共演者で、それ以来の出演。アメリカで活動して現在はNZオークランド在住。北海道出身の30歳。若くして海外でぶちかましてるという逞しいヤツ。全編英詞ということで日本は生ぬるいのだろう。前日に友達と交換したという未調整のテレキャスターで、帰省ついでといった感じのラフな演奏。僕にはその良さがあんまり分からなかった。酒飲みに来たみたいだったので、酒代もらった。

さて今回の白眉は、一組目に出た「saf」という若い男女の二人組。アコギ、エレキ、チェロを二人で持ち替えながら、シンプルなコード使いで面白いトーンを重ね合わせていた。HERONのような牧歌的野外感かつ部屋に閉じこもってるような。あるいは狭いはずの部屋の壁が溶けてイギリス的丘陵に広がってゆくような、そんな雰囲気。声の不安定さも魅力のうち。プレイの抑揚がつけばもっと素晴らしくなっちゃうのだろうけど、伸びシロがたくさんあって若さってばホント素晴らしい。手作りの手書きのCDR500円を買った。ラフな録音がなおさら無調整の、調整不能の若さそのままに、素晴らしく聞こえてくる。
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終演後、ポスポスと遅くまで話して楽しかった。ポスポスの話はいつも刺激的で、ローカルかつワールドワイド(そういうの「グローカル」なんて言ったけど死語ですね)で面白い。そんな中、リバーブとは主観と客観の照合の芸術なのだと思った。

演者の発した音の跳ね返り。聴衆の耳に届く他者の音に含まれる残響。その両者を統合して制御することにおける美の一点とは。その現実的な施工の美学に哲学あるやなしや。誰に気づくか気づかれないか、ぐらいの領域で。そして一瞬で消えゆく。そこに固執する我あり。バーのカウンター越しの空間(ここにはルームエコーが含まれる)に漂う残響の関係性に似ているからだろう。余韻は大きすぎてもいけないし、しかし残らなければ何も残らないのだ。素敵な残響には主客まみえた認識論が関係しているのだろう。


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by barcanes | 2015-11-29 06:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「カルマン」


ハンマー・ダルシマーの小松崎さんは北海道から、馬頭琴&ホーミーの岡林さんは四国から、そして所在不明のトシバウロンは幼少を横浜で過ごしたらしい。そんなお三人が一同に会すにはギャラも費用もかかるということで、毎月開催のアイリッシュ・セッションのメンバーが尽力くださって多くの方が集まってくださいました。特に若くして求心的な資質を見せ始めているノエルちゃん母娘に感謝いたします。

さて演奏の方は、生楽器の生演奏、生音に勝るものなし。適切な空間規模に適度な反響があれば、電気やマイクを使う要請はないわけです。特に弱音のアンサンブルなど、さらっとやりすぎて良さが分かりづらいのでは。いや、みなさん分かっておられる。その良さが分かってないのはきっと私の方だ。

私なんかは、トシさんの歌う分かりやすくてヘタクソな歌なんかが好みだ。「朝から晩まで働いて/落ち着いたときにはすっかり老け込んだ/こんな母ちゃんにも幸せあるんだよ」なんて。トラディショナルに小松崎さんの詞の付いた「かあちゃんの唄」だそうです。いい歌だったなあ。

あり得ないような楽器の組み合わせでバランスを得る、という状態が、あまりにも自然に行われていると、逆に違和感というかね、もうちょっとゴツゴツした違和感感じさせてくれよ!なんていう屈折した欲求が出てしまうのは、「あり得ない感」を欲してしまってるんでしょうね。たとえ歴史的に、あるいは民俗的にあり得なかったものでも、ここに現前しているだけで、これはあり得ているわけです。まして素晴らしいアンサンブルになっている。奇妙奇抜な見せ物的になど全くする必要がない。

それでも私にとって一番印象に残ったのは、馬頭琴が奏でるアイリッシュのメロディの、ゴリゴリした感じだった。違和感やあり得なさを越えた、あり得た上でのガサガサした摩擦感に、何か求めているようなものを感じた。


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by barcanes | 2015-11-28 06:45 | 日記 | Trackback | Comments(0)

諸所に光るセッション「ギューギューと夜2」


定休日を挟んで、なんとライブ5連チャン。こんなこともあるものか、たまたま重なったのだ。せっかくだから秋の文化祭みたいにひとまとめにしてスペシャル・ウィークとか銘打ってみてもよかったのだ。それにしても濃いイベントが並んだ。さながらCane'sの世界音楽博覧会、あるいは音楽動物園。全部見に来てくれたら何かプレゼントでもしようかと思ったけど、結果としては全部どころか、複数日来てくれた人さえ皆無。店主ひとりっきりの文化祭となった。嗚呼、予想通り。メゲてないぞ。メゲないぞ。

まずは、「龍麿3」「小野瀬雅生ショウ」「CANTO」その他、雑食性豊かに活躍中の肉食ベーシスト大澤逸人またある人たちの間ではぎゅーぎゅーさんが、新バンド結成?しかもリーダー・バンド?ということで模索中の2度目のライブを組んでくれた。それで「ギューギューと夜2」。

ピアニストの中村新史さんは「山彦マイク」というピアノの響板の裏側に挟み込んで振動を拾うタイプのピックアップ・マイクを持ってこられて、これが素晴らしかった。ややエレピっぽい硬い音なのだが、ハウリングの心配も要らず、V字に配置したNORDのキーボードとのマッチングも良かった。

ドラムの宮良直哉さんは普段はなんとレゲエ・バンドをやっていると言うのだが、確かにジャンルなんか関係ないといったタイプの、バチ裁きの細かい、僕個人的に好きな感じのドラミングだった。お二人とも自分と同い年ということで、同い年ミュージシャンの知り合いがほとんどいない中で、よけい親近感がわいてしまいました。

さて、ぎゅーぎゅーさんは久しぶりに引っ張り出してきたという5弦のエレキベースで、その演奏は、ソウル・カバーなどを交えながらのジャズ・ファンクと、中村さんのオリジナルなどエモーショナルなピアノを聞かせるものに大別されたかと思う。全体として荒削りなセッションではあったのだが、そこかしこに光る瞬間があり、マルチ・トラックで録音していた私としては、この日の閉店後にミックスしながら、リバーブを乗せたりして楽しむに十分であった。

激しく降り始めた雨のなか3人を見送り、嬉々として明るくなるまでラフミックスしてみた録音を、後日ぎゅーぎゅーさんに送ると、当人はそんなものなのでしょうけど、まあ苦いお返事であった。
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by barcanes | 2015-11-26 06:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

修験ダンシング・ソウル「Soul Kingfisher」


「踊れるノーザン・ソウル」ということで、南口の某バーから北口に場所を移して、通算4回目というDJイベント「Soul Kingfisher」。ライブの時のようにフロアを広くして、大きい音で踊りたいということで当店が選ばれたらしい。

さて「ノーザン・ソウル」とは。開催4,5時間の間、僕の知ってる曲は1曲ぐらいしかかからなかった。Voices主宰の二見潤氏でさえ、ほとんど聞いたことがない曲ばかりというからスゴい。同じ時代の60年代70年代の7インチシングルのソウル好きでも、アメリカ目線とイギリス目線はこうも違うのか。その分、何かの曲に似ている同じようなテンポの曲が何曲も続いてゆく。

その時代のロンドンあたりのクラブで、好きなテンポ、好きなリズム、好きなテイストの曲で延々と踊りたい人たちがいたのだろう。ハウス的でもあるけど、もっとゆったりと一定のテンポだから、ジョギングのように省エネで踊り続けられるのだと、DJ兼ダンサーbanno氏が言っていた。これでオシャレな女の子でも踊っていてくれたら、目の保養にもなるのだが、いかんせんマニアックすぎる。マニア気質のVoicesメンバーでさえそう思うのだが、この日のDJのもう一人Yamada氏もおそらく自認している。それで踊るのが最高にヒップでそしてちょっぴりスノッブで、カッコいいのだ。
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主宰のGustavmod氏は参加者にワッペンを配っていて、僕にも一枚くださった。「NO PASARAN」とは1930年代のスペイン内戦で使われた「奴らを通すな!」という標語だそうで、同じ意味の言葉が第一次大戦時のフランスなどにもある。また同じ時代のイギリスの反ファシストたちにも使われた。G氏は現在のレイシズムに対するカウンター活動にも参加されているそうで、差別主義者は入ってきてほしくない、という意味でこれを配っているという。

ヘイトな暴力を、ほっとくのではなく抗議する、という堅固な誠意の活動の一方で、反対者を閉め出し、このような音楽の楽園の時間を築くことは必要なことだろうと思う。しかしそれが、同質性の音楽の楽園だとしたら、それはそれで閉鎖的でもある。だからこそ、その中での純度を高めてゆくような求道的な精神が成立するのだ。「ノーザン・ソウル」とは、なかなかに女人禁制的修験ダンシング・ソウルであった。その先達たるG氏はなんてったって中学の先輩だというので、怖くて何も言えませんでした。


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by barcanes | 2015-11-24 06:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ブルー・アイド・ソウル特集「Voices Inside 第93回」


「Voices Inside」第93回はBlue-Eyed Soul特集。いわゆるブルーアイド(白人)だけではなく、チカーノ、イタリア系ドゥーワップ、イギリス人のソウル、カントリー・ソウル、スワンプ・ロックなど「黒人音楽に心奪われた非黒人のソウル表現」といった切り口を設定したわけですが、これはやってみたらかなり膨大で肥沃な領域だったことが分かったのでした。その分いつものボイセズより幅の広い選曲で、同種のものに偏りすぎない音楽を楽しめた気がします。

とは言え、マニアックと言えばマニアック。ゲストの横浜のレコード店主「Hot Vinyl」山田順之さんがかけたセットの、クリス・バーバーが歌うブルースなんていうのは面白かったですね。私はルイ・ジョーダンとの共演アルバムしか持ってないですけど、イギリスのスキッフルの人なんですね。ちょうどこの二日後にやる予定のノーザン・ソウルのイベント「Soul Kingfisher」は山田さんもメンバーなのですが、いわゆるロンドンあたりのソウル解釈という意味で、今回はこの二つのイベントがセットのような感じでした。

そして終盤にはアラン・トゥーサン追悼小特集。各地で追悼イベントが行われているようですが、それでもかけてもかけてもかけ尽くせないほどの音源が残されておるそうで、当イベントとしても1月に特集を組むことになりました。私としては特に、アルバート・キングの「New Orleans Heat」、ジョー・コッカー「Laxury You Can Afford」(共に1978年)はトゥーサン・プロデュース・アルバムとして思い入れがあります。

そしてVoicesレギュラーの大野正雄氏からはこの機会にと、CDでしか持っていなかった「Southern Nights」(1975)と、「King Biscuit Boy」(1974)をプレゼントしていただきました。カナダの才気あるハーモニカ奏者兼ブルーズ・シンガーという後者のアルバム、あまり面白い印象がなかったのですが、こうしてトゥーサンの作品として聞いてみますと、当然スタジオもミュージシャンもほぼ一緒で、トゥーサンのあの歌声もかなり入っており、ほとんどセットのような趣があります。
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by barcanes | 2015-11-22 06:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)

火曜歌謡会


隔月で開催している「藤沢歌謡会」のスピンオフということで、平日に気楽に歌謡曲をかけたいねという試験的企画。カウンターにターンテーブルを載せて、若いお客さんに「なに聞きたい?」なんて投げかけながらレコードを中心に聞いた。ついでに以前にいただいて未整理のままの段ボール数箱分のドーナツ盤を仕分けしつつ、気になったものをかけてもらう。桜田淳子、榊原郁恵、ピンク・レディー、キャンディーズ、山口百恵、研ナオコ、などの女性ものが多かった。

歌謡曲、あるいは「和モノ」なんて言ったりしますが、日本のポップスを提供するのは幅が広すぎてなかなかに難しい。90年代なども含めた上での「懐メロ」的なヒット曲から、裏方ミュージシャンをとっかかりにした分析系、シンガーソングライターから現代のインディーものに至る流れ、民謡から演歌にジャンプする大衆歌、ジャズやシャンソン、ブルースなどの西洋ポップスの歌謡化したもの、ディスコ歌謡や最近までのいわゆるEDM、和洋絡んだロック、レアものキワもの「やヴァイナル」系まで、80年代までのアナログ音源と90年代以降のデジタル・メディアを使い分けながら、どのように聞かせるのか。ジャンルはひとつ、切り口は無限。


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by barcanes | 2015-11-18 06:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

国旗と異文化音楽


「アイリッシュ・セッション#14」今月で2年目に突入。毎月(だいたい第2か第3が多いけど不定の)日曜の夕方4時から続けてくれております。今回はブルーグラスのバンジョー弾きのおじさんが初めて参加してくれました。ルーツに関わり合いのある音楽同士。主宰の椎野さんも問題なく輪に交えてしまいました。

野球の「プレミア12」という国際大会、日本の商業主義のための大会のように見えますが、ベネズエラとの予選最終戦、逆転に次ぐ逆転でサヨナラ勝ちともなると、俄然熱くなってしまいます。日本プロ野球のオールスター・チームという面で楽しんでますが、国旗を振るのはどうも苦手。選手たちは日の丸を背負ってこそ燃える、というものもあるとは思うのですが、気楽に闘っているように見える外国選手の方が微笑ましく思えたりもします。オリンピックなどは個人競技に限定したらいいのに、というのが私の意見です。

先日13日のパリのテロ事件を受けて、Facebook上ではプロフィール画像にトリコロールを被せるのが流行のようです。賛否が分かれたようですが、そもそも国旗を個人に被せることに違和感を感じる、という人の意見が腑に落ちました。国家を越えたテロリズムによる犠牲者は、国のために死んだのでしょうか。

軍人が亡くなると柩が国旗に覆われるようなことを私は望みませんし、例えこの国の国民として生かしてもらえてるのだとしても、そのことに対して支払うものは国に対して総じて対等であるはずなので、ことさら旗を振る必要はないのではないか、振りたい人は振ればよい、と私は思います。恐らく旗に価値を置く人は、旗を振ることで国への対価が示されるのでしょう。

まあ国際大会で他国の旗を振るぐらいの余裕は持ちたいものです。異国の文化に興味を持ち、象徴的に国旗を掲げるのもよいですが、文化は国のものである前に人々のものであるからこそ、アイリッシュ音楽のセッションが遠い異国の、しかもアイリッシュ・パブでもないところで成立するわけです。これはもはや「外国の文化」などではなく、我々の文化でもあるわけで、それは総じていろんな人たちの文化ということでいいんじゃないでしょうか。

逆に最近、世界に広まった日本のものを殊さら主張するような本流主義と言いますか、中途半端な原理主義みたいなのはいかがかなーと思いますね。同様に、本流主義のワールド・ミュージック師弟の人たちにも、あまり魅力を感じなくなってしまいました。それでもある文化の「型」を通して自己を表現したいという欲求は、否定できるものではありません。表現とは上から下まで、なんらかの形式を利用することでしょうから。しかし形式を人の上に掲げ始めると、不信が信仰を生むように、人は旗のようなものを仰ぎ見るようになるのではないでしょうか。


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by barcanes | 2015-11-16 06:32 | 日記 | Trackback | Comments(0)

連綿とする本能


水曜日に訃報のあったアラン・トゥーサンを聞く。なぜかあまりショックに思わなかった。亡くなった晩の最後のステージの映像がYoutubeに上がっていたりして、まだまだ現役という感じだった。たぶん、何枚かしか持っていないのだし、彼の全貌など全くつかめていないのだから、出会ってさえいないとまでは言わなくても、まだ知らないことが多すぎる。そして知れることがたくさんあるだろう。それは悲しいことではないのだと思う。

認知症のご老人の性的問題について、現場のお話を聞いた。具体的な話はここには書けないのだが、性的なものとは人類が何万年と連綿してきたことによる無意識、潜在意識の領域があるのだろう、ということは小さい娘とお風呂に入っていても分かるようなことがある。そして直接的には両親の男女の関係性があり、どのように仲良くしているかを垣間見たり感じたり、それでいて誰かにはっきりと教えてもらえないようなことだ。自宅出産を経験したことのある男性が、いざ子供を取り上げるとなった時どうすればよいか、それは本能で分かる、と言っていたのを思い出した。

例えば恋愛結婚と見合い結婚のような違いについて、両親のやり方と違う方法をとることは、簡単ではないのではないか。性的な関係性と社会的な関係性をどのように合致させていけばよいのか、ということについては、我々は試される世代ということになるのだろう。

良いか悪いか分からない、良くも悪くもないようなことが連綿と続いてゆき、あるいは続けるかどうか選択を迫られるとき、例えば人の死に際して、どのような葬儀の形式をとるのか、形骸化する文化に委ねるのか、リアリズムを貫けるのか。もしかしたら政治における保守か革新か、みたいなことさえも、誰もはっきりと教えられないようなことなのだろう。

性と生殖以外に我々が本能に委ねられることはどこまであり、それに意識のようなものがどのように寄り添っていけるのだろうか。高齢の有権者が若い世代のことよりも自分のことを優先して票を入れちゃうことだけ見ても、業は深いと思える。業とは連綿としてきたものではないだろうか。


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by barcanes | 2015-11-14 06:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)