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10月のイベント予定

10/3(土)「藤沢歌謡会 #15」
8pm- No Charge
【DJ】カズマっクス、大野耕介、バタンQ、
浅見卓也a.k.a.ダメ男、追川譲二
 ラジオ・スタイルの和モノ・ナイト。メンバーそれぞれの小特集で攻めます。

10/16(金) 「高満洋子and上原ユカリ裕duo バースデー・ワンマン!」
open 19:30 / start 20:00
charge ¥2500
 ピアノ/ボーカルとレジェンド・ドラマーという魅惑のデュオ。今なお挑戦を続けるユカリさんのドラムは必見です。この日は洋子さんの誕生日だそうです!

10/17(土)「Voices Inside #92 デトロイト特集」
9pm- No Charge
【DJ】二見潤、関根雅晴、大野正雄、他
 毎月休まず続けて92回。ブラック・ミュージックのシングル盤を聞く夜。今回はMotown、Invictusなどを中心に。

10/18(日) 「アイリッシュ・セッション#13」
4pm- No Charge
 フィドル椎野さん主宰のマンスリー・セッション。2年目に突入!

10/25(日) 「よみきかせ・のみきかせ#10」
4pm- チャージ:投げ銭
【出演】ますいあらた、てづかのぶえ、
ちかだしんぺー、はらまさこ
 隔月で開催している夕方イベント。絵本の読み聞かせを中心に、うたなどもあります。お父さんお母さんもたまには飲みつつ、お子さんと一緒にお話を聞きましょう。

10/31(土)「After h'Our Rock #2」
【DJ】makizoo、他
 和製英語の誉れ高きアダルト・オリエンテッドなロックという言葉、AORの新たな解釈を試みるこの企画。何をロックと感じるかは人それぞれ、多種多様。それが我々のAOR。

11/7(土) 来たる!ポスポス秋の2連発!!
Scanning Disk Presents 「窓の領域vol.18」

【出演】鶯色、MELODY KOGA、
ポスポス大谷+Augustus Browning
open 19:30 / start 20:00
charge:投げ銭
 相模原の山奥からホーミー・シンガーソングライター、ポスポス久しぶりの湘南下山。脱構築的で基礎研究的で、脱音階的で即興的、チャレンジングでそれでいてプラクティカル。要するにへんてこな音楽が好きな方、ぜひ。ホントは音楽やってるミュージシャン諸氏にはみんな来てほしい。何かしら気づかされることがあると思うから。

11/11(水)「かわECM #5」
9pm- No Charge
【カウンターDJ】川合治療院、tsk
 ドイツのジャズ・レーベル「ECM」好き柔道整復師かわい君が好きなECMなどの曲を店主に聞かせてくれる、ぐらいの気楽な平日カウンターDJ企画が小さな人気を集め、第5回。相方(ボケ担当)のtskが違った方面の曲で茶々を入れながら、ジャンルとしての「ジャズ」というものを無化しています。

11/15(日) 「アイリッシュ・セッション#14」
4pm- No Charge

11/21(土) 「Voices Inside #93」
9pm- No Charge
 ブルーアイドソウル特集の予定。

11/27(金) 「カルマン関東ツアー2015」
open 19:30 / start 20:00
charge 予約2500円/当日3000円
【カルマン(Karman)】
岡林立哉(馬頭琴)
小松崎健(ハンマーダルシマー)
トシバウロン(バウロン)
 モンゴルの大草原に一瞬で誘われるような馬頭琴と喉歌ホーミーの響き。誰もがその音色の虜になってしまう中世ヨーロッパの楽器ハンマーダルシマー。そしてアイルランドの太鼓バウロン。それは鼓動の音に喩えられる。
 ”カルマン”ー気象用語の「カルマン渦」より。流れのなかに障害物を置いたとき、または流体中で個体を動かしたときにその後方に交互にできる渦の列のことをいう。
 モンゴルやアイルランドの伝統音楽をベースに新たなアイデアや実験を加え個性的かつ普遍的音楽を目指す。ダルシマー、馬頭琴、バウロンという倍音を多く含む珍しい楽器を使い、モンゴルの伝統的な唱法ホーミーを大胆に取り入れ、音響的にもユ ニークな音楽を創造する。(HPより)

11/28(土) 来たる!ポスポス秋の2連発!!
Scanning Disk Presents 「窓の領域vol.19」

【出演】
ポスポス大谷+Marcos Fernandes、
野村和孝(PWRFLPower)、Saf
open 19:30 / start 20:00
charge:投げ銭

11/29(日) TBA(今西太一、Kayo)
11/30(月) TBA(中西文彦セッシオン・エチオピア)

12/18(金) TBA(ヤク/AZUMI)
(12/12から日程変更になりました。)

12/19(土) 「Voices Inside #94」
12/26(土) TBA(RIKUO with Strings、キム・ウリョン)

(TBA=To Be Announced)
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by barcanes | 2015-10-31 20:45 | イベント | Trackback | Comments(0)

easy


定休日にぐっすり寝て、久しぶりに朝から起きて月末の所用を済ませる。今期最初の灯油を買い、燗酒を選ぶ。羅臼の干物も届いた。冬の準備という感じだ。

それでも天気の良い午後には幼稚園から帰ってきた娘と辻堂の交通公園に行って、自転車に乗る練習をした。補助輪付きの16インチに初めて乗って、最初は背中にでも触れていないと不安だったのが、最後にはブレーキをかけ自転車から降り、押して歩いてお母さんのマネ、とかやっていた。

公園にはハロウィンの仮装をした子供たちがわらわら遊んでいて、その中にその日の服装も同じような色合いの、二本縛りの髪の毛の、顔の雰囲気もそっくりな一回り小さい女の子がいた。娘を見失ったと思ったら、逆方向からその子が出てくるのでビックリしたのだ。

疲れたのだろう、帰りの海沿いサイクリングロードでは後ろのシートですぐに寝てしまい、まだ外していない前のチャイルド・シートに乗せた。もう耐過重オーバーだ。抱っこヒモで自転車に乗るのも今日で最後かな、と思ったのもついこの間のこと。季節が移ろうのも早い。帰って夏物をしまった。あっという間に衣替えは終わる。自分の荷物は一段と少なくなり、その何倍もの娘の衣装が仕舞いきれず増えてゆく。

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私の職場には3つ部署があるんだけどね。仮に1部、2部、3部としよう。2部の部長が急死した。昨年は1部の部長が亡くなった。ともに50代。来年は3部の部長である私の番だと、今夜の通夜で笑われたよ。笑えないね。お祓い?俺だけお祓いしてもダメなんじゃないかな。

前回お店に来た後にバイクで事故ったんです。交差点で右折車両に突っ込まれて。ボンネットの上を一回転するのに何十秒もかかった気がしました。でもちょうど背中に着替えをたくさん詰め込んだリュックを背負っていて、怪我は足首の捻挫だけ。おまけに事故現場の目の前が消防署。悪運強いんですかね。酒飲みにも出られなかったから、次のバイクは何にしようか考えてましたよ。

みんなその大ビンのビール飲んでるの?あたしもそれにしようかな。でも飲み切れなさそうだから半分あげる。さっき違う人にオゴってもらったから。ね、大人になったでしょ?

僕もその大ビンのIPAにします。コレ、効きますね。明日早いのになんでコレにしちゃったんだろ。今かかってるのなんですか?アレックス・チルトンのね、今年出た昔のライブ。編集前のラフなミックスとか好きなんですけど、こういうのでいいんですよね。透明で。なんでこういうのないんだろう。んー、明日に残りそうだな。

俺らのイベント、今後どうしていこうか。最初に思ってたようなこと、じゃあ新しくやろっか。いいじゃん、文句は言わない。気楽にいこうよ。


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by barcanes | 2015-10-31 06:42 | 日記 | Trackback | Comments(0)

開けてよかった


体調悪くて調子が出ない。そんなときでもとりあえずお店に行き、馴染みのお客さんなんかとちょっと喋ったりすると元気が出たりする。そんな風にして乗り切ってこれた30代。自分にパワーがあったというよりは、お客さんたちに元気があったのかもしれない。まわりの人たちの元気をもらってやってこれたのは、ラッキーだったのだろう。

しかし他人の元気をあてにして、というかラッキーをあてにして店を続けるというのも調子のいい話。自分がネガティブだとお店もネガティブなオーラを発し、お客さんに嫌な思いをさせたりトラブルを招いたり、余計に嫌われたりしてお店にとって何もいいことにならない。無理して開けない方がお店にとって得策かもしれない。

グダグダして調子が戻ってくるのを待つ。そのまま永遠に調子が出なかったらどうしよう。全てが潰れてしまうなあ。とお先真っ暗な気分からまいっかと自暴自棄な感じに諦めがついてきたら、ふとひと眠りしてしまったのか、はたと目が覚めてよしそろそろだと店を開けると、ぞぞぞっとお客さんがそぞろにカウンターを埋めて、ああ休まないで開けてよかった。

なんか嬉しい気分だったところにちょうど、CSNって何ですか?と問われたので、ちょうど余っていた「デジャヴ」のCDをプレゼントし、ついでに横にあったCDも2枚持ってたからあげた。ついでのついでに映像見た方がいいんじゃないと思って、みんなで「ウッドストック」の昔VHSに撮ったやつを見た。ほとんどみんなの共通認識で、リッチー・ヘヴンスとジョー・コッカー&グリース・バンドがやっぱりカッコよかった。

VHSは途中飛ばして曲のところで頭出しするのがメンドクサいから、「ウッドストック」はDVDがいいんじゃないか。学生の頃、未発表映像がレーザー・ディスクで出たのを図書室で入れてもらって見た。あれはDVDになってないのだろうか。「ウッドストック」も大教室の大画面で見たのが最初だった。リッチー・ヘヴンスの奏法を研究してマネしたりしたし、その後ロンドンの小さなライブハウスで、一番前のかぶり付きで彼を見た。ギルドのギターにあのストローク。そしてあの三角ピックを拾ったけど、どこへしまってしまっただろう。

94年は大学2年生。その年にBSで生中継した25周年の「ウッドストック'94」のボブ・ディランのビデオをその後見た。一緒に見てたアニキは、94年の来日のディランを横浜文化体育館に見に行った。僕もそこにいた。初めてのディランは、どれがどの曲か全く何も分からなかった。それでもまだ、よく知られたような代表曲をちゃんと歌っている。最近のディランに比べたら、かなり。長く続けるということの、変遷のひとつの形。変わっていくことと変わらない部分。


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by barcanes | 2015-10-29 06:12 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「君住む街へ」


中学の音楽の授業が終わった後、なぜか先生に歌わされた記憶がある。音楽室に残った数人の男女生徒と一緒だった。歌の好きそうなヤツに声をかけたのか、どうだったかな。中学の合唱部には女子生徒しかいなくて、年に一度の市の合唱大会には混声で出場するために3年生の男子がかり出された。僕もその一員でバレー部の仲間も多く選ばれていた。ちなみに合唱部には二つ下の妹がいて、我々は兄妹出場であった。

女性の先生はオフコースが好きだったんだろうし、確かTOTOとかが好きって言ってた気がする。調べてみるとこの曲は88年1月発売のシングル曲だから、中3当時の新曲だったということになる。先生は歌詞を印刷したものをくれて、ハモリのところを簡素にパート分けして、ピアノの伴奏で僕らは歌った。歌詞の内容はともかく、ハモリが気持ちよかった。合唱とは違う、少人数のハモリの気持ちよさを知ったのは、もしかしたらその時なのかもしれない。そしてその先生は、授業では教えられないそういうことを知ってほしかったのかなと、今となって思ったりした。

両親がオフコース世代という若いお客さんと一緒に、オフコースの何枚かのレコードと、youtubeで「君住む街へ」を聞いた。歌詞はとてもクサくて、メンバーが交互に歌っていて、まさに先生が学生に歌わせたくなるようなものだったろう。PVに映る雪国の学生たちは、ちょうど僕らの世代の格好や髪型をしていて、懐かしさとちょっと切ないような気がした。似たようなやつらがいたことを思い出した。

オフコースなんて好きなわけじゃなかったはずなのだけど、勝手に耳に入ってきて知らないうちに覚えてしまっているような恐ろしく洗脳的な流行歌謡で、そのうちなんだか好きになってしまったような気がしてしまう。レコードだって自分で買ったわけではなくて、もらったかせいぜい100円コーナーのベスト盤ぐらいのもの。それでもこうして自分の記憶のBGMとして刷り込まれてしまっているのは、この曲をレコードで聞いたのではなくみんなで歌ったということにあるのだろうと思う。

キラキラしたシンセのピアノの音はまさにあの時代の音で、イヤな思い出しかないようなあの頃の、まあ思春期的なうまくいかなさみたいな自分の心象風景と重なってなおさらイヤな音だった。それがイヤじゃなくなるということは、そのころの自分と完全に切断されたオッサンとなった証左なわけだ。それでも今になって、この嘘っぱちで薄っぺらな使い捨て青春商売コピー的な歌詞の中から、悪魔的な一文が闇から響いてくる。

すべてのことが終わるまで

恐ろしい言葉である。いろいろ励ましておいて、とりあえずちょっとだけ頑張ればいいのかと思ったら、そんなこと言われるのである。青春や思春期やイヤな思い出や、落ち込んだり立ち上がれないようなことも、全て切断などされない。ずっと持って行くものなんだよと言い下されるのだ。この一文がこの曲を沈重にしているとも言えるし、このように記憶され続ける原因ともなっているかもしれない。

すべてのことが終わるまで、どのようにやっていけばいいというのか。気分が落ち込むことが一番よくない。そこから負の連鎖が始まる。何もしてないし何の解決にもならないけれど、なんとかなるさ、って思う方がまだマシなのだろう。どんな浅薄な言葉でも、お手軽な息抜きでも、人はそうして生き抜いていくしかないのだ。そう考えてみて、ようやくこの曲の良さが分かってくる。

身体に悪いと分かっていても腹に入れてしまうジャンクな食い物、止めたはずのタバコ、飲み過ぎちゃいけないお酒、口にしない方がいい愚痴や悪口。ちょっとでも気分を良くするためにはどんなことでもするだろう。どんなに絶望的であろうと、もっとヒドい時代はあったのだし、ヒドい時に比べたらまだいい方だ。我々の遺伝子に組み込まれた過去の記憶がそう言う。なんとかなるさ。そうやって人は全てが終わるのを長い時間かけて待つのだ。そんな負のスパイラルにはまらずに生きられる人はラッキーである。ラッキーの原因を考え疑い始めると罠にはまる。深く考えない方がよい。そして深く考えなくてよかった子供の頃を懐かしむ。

考えて生きるには、強くなければならない。そしてこの曲の安易な励ましの言葉に励まされる自分がいたりする。


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by barcanes | 2015-10-27 06:07 | 日記 | Trackback | Comments(0)

入れ替わりながらも


10回目の「よみきかせ・のみきかせ」。ちょうど1ヶ月前に出産したばかりのカヨちゃんは産休でお休み。今回は残りのメンバー、ますいさん、てづかさん、しんぺー、そして一番新しいメンバーのはらさん、の4人でした。そして以前のメンバーで、海外から帰ってきたあずさちゃんが遊びに来てくれました。メンバーがいろいろ入れ替わったりしながらも、隔月でずっと続けてくれて嬉しいです。子供で全部参加しているのはうちのなっちゃんだけなのですが、実はなっちゃん一人だけという回もありました。それでもとにかく継続するということは意味のあることだと、最近よく思います。今回は子供が10人集まってくれて、にぎやかで楽しかった。

ハロウィンということで、軽い仮装と飾り付け。絵本もお化けが出てくるものを選んでくれました。「パネルシアター」というものを初めてやってみてくれたりもしました。しんぺーの歌はいつもビミョーですが、そのビミョーさが理解されてきたのかもしれません。なんだかウケていました。

終了後、残ってくれたメンバーたちと話して飲んで、そしてその日はそれっきり。今期一番の冷え込み。熱燗で身体を温めつつラグビー準決勝オーストラリア対アルゼンチンをひとりで観ました。

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ご存知、「はらぺこあおむし」のエンディング。子どもがわらわらしてる。
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なっちゃんもネコの仮装をバアバにしてもらってきたのですが、どう見ても耳がネズミなんですけど。


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by barcanes | 2015-10-26 06:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

スプさん


昼間にバンドの練習。11/3のロケデリのイベント「大人の文化祭」に出してもらう準備で、4曲用意した。たまにはやった方がいいよ、なんて妻がフォローしてくれて助かる。店と家族の他になんの趣味も楽しみも持っていないので、バンドはホントに唯一の、家でも仕事でもない息抜き。ひとりじゃできない遊び。他人と一緒にやれる遊びって、いいもんですね。

持ちネタのうちの一曲は、実はスプリングスティーンのある曲をもとにして作ったのだが、なかなかうまくいかなくて、それで今回あらためて聞いてみたら、全体の構成にしてもリズム感にしてもまあかなり丸パクリでして、それで素直にやってみた方がすんなりいったのでした。所詮マネから始まってマネにならないぐらいのものだなと思いました。それが僕らのパブロック。

ちなみに今回の4曲にはその他、チト河内と中村雅俊、勝新太郎、AZUMIさん、そして得意のクールファイブなどもリスペクトされております。まあ大したもんじゃあございやせんけど。あ、ドラムは下腹ユタカ、ベースはテキサス改め「ブルーベリー・ジャム&ワイン」です。

夜はなんとなくスプリングスティーンの今度出る「RIVER」のBoxセット誰か買わないかなーという話になり、それではと「Born To Run」の30周年Boxに付いてたドキュメンタリーを見て、ラグビーの準決勝を挟んで、遅くには「RIVER」を聞き、勢い余って75年のロンドンLiveのDVDまで見てしまった。

僕が学生の頃はスプリングスティーンといえば「Born in the USA」のイメージであまりに有名で、身近に好きな人なんていなかったから、ひそかに「スプさん」と呼びつつ、こっそり聞くようなものだと思っていた。それが2005年に「Born To Run」の30周年Boxが出た頃から、実はお店のお客さんの、しかもコアな音楽マニアな人たちも意外に好きだということが分かってきた。なんだ、みんな好きなんじゃん。

でも時々若手などに「どこがいいんですか?」と質問されると、答えるのは難しい。はじめは初期3作にあるようなドラマチックで言葉の多い長い曲が好きだったが、次第にシンプルな構成の曲の、反復の中の詞の世界、ブルースや3分間のポップ・ソングのような、にも魅力を感じるようになった。ライブ盤にはソウルのカバーも入っていたし、ロックンロールのメドレーもあり、イギリスのパブ・ロックに相応するようなルーツ感覚、あるいは地元ニュー・ジャージーのローカル感もあったりする。

アメリカのルーツ・ミュージックに憧れたUKのパブ・ロックに対する、ひとまわりしてのアメリカからの返答、といったような捉え方があるとすれば、それは日本語ロックがひとまわりふたまわりして自然となじんでくるような感覚に似てるような気がする。それは近親的な愛と、遠距離的で客観的な愛が同居して、同価値的に自然に混ざりあうような、そのような排除しない愛のかたちの表現なのではないだろうか。

75年のライブDVDを見てよく分かったが、ソウル、ロック含めての南部感が感じられるし、ワン・ホーンのグループとしてはキング・カーティスのアトランティック・ソウルやテキサス・ブルースやホンカー、コースターズのようなロックンロールなど様々なインスピレーションがあったのかもしれない。ブラック・ミュージックのショーのスタイルには明らかに影響が感じられる。シンガー・ソング・ライターであったりパワー・ポップであったり、ローカル的でありながら汎アメリカ的であり、決してひとつにはまとまらない。

そしてなにより、あの熱意。どんな音楽にせよ、熱意のない音楽なんて僕らの耳には届けられないのだが、圧倒的な熱意が時に、あるいは人によっては熱苦しいほど。自分に熱意の出ないときなどには、励まされるかあるいは余計に落ち込むか。そういうときは弾き語りなどの落ち着いたヤツを聞けばよい。有名な「ロックンロールの未来」というセリフは、間違ってなかったと思える。未来のうちのひとつ、ポップ・アートに熱意と誠意を同時に込めて押し通すようなやり方のひとつを切り開いたのだろう。商売に例えるなら、・・・やめとこう。

視野を広く保ち、ディランが詩ならスプリングスティーンは小説的というか、同時代の小説や映画表現などに呼応するような文体を研ぎすます。それでいてどこか、「スプさん」と呼んでしまいたくなるような、身近にいそうな親しみやすさがあるような気がしてしまう。


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by barcanes | 2015-10-25 06:32 | 日記 | Trackback | Comments(0)

バーの森の生活


バーは時に森のようだ。浅いところでひとりふたり出会っても、深くなればなるほどひと気がなくなり、冷蔵庫は虫の音、音楽は静寂の響き。動物の気配が感じられ始めると、孤独を楽しむ心細さよりも恐怖が勝ってくることもある。

先日の名言集の一言が気になって、ヘンリー・ソローの「森の生活」を手に取った。ぱらぱらっとめくってみるだけで、のっけからタタみかけてくる。以下引用。

たいていのひとは、比較的自由なこの国に住みながら、単なる無知と誤解から、しなくてもいい心配や余計な労働にわずらわされて、人生のすばらしい果実を摘み取ることができないでいる。(中略)じっさい、働きづめの人間は、毎日を心から誠実に生きる暇などもたない。他人と男らしくつきあっていくゆとりもない。それでは労働の市場価格がさがってしまう。機械になる時間しかないのだ。自分の知識をいつもふりまわしていなくてはならない者が、人間の成長に必要な、あの無知の自覚を、どうしてもちつづけることができようか?(中略)人間のもっともすぐれた資質は、果物の表面についた白い粉とおなじように、細心の注意を払って守らなくてはならない。ところがわれわれは自分をも他人をも、それほどやさしくは扱っていないのである。

いちばんやりきれないのは、自分自身を奴隷にしている奴隷監督がいることだ。(中略)彼は身をすくめ、ひと目をはばかり、終日いわれのない不安にとりつかれている。不滅で神々しいどころか、自己への評価、つまり自己の行為が勝ち取った評判の奴隷となり、囚人となっている。もっとも、世間の評判などは、われわれがひそかにいだく自己への評価に比べれば、気弱な暴君にすぎない。自分というものをどう考えるかが、その人間の運命を決定、もしくは示唆するのである。

たいていの人間は、静かな絶望の生活を送っている。いわゆるあきらめとは、絶望の確認にほかならない。ひとは絶望の都市を出て、絶望の田舎へ行き、ミンクかマスクラット(訳註:罠にかかると、みずからの足を食いちぎって自由になろうとする動物)の勇気に出会ってみずからを慰めるほかはない。人類の競技や娯楽の底にも、きまって無意識の絶望がひそんでいる。そこには歓びがない。歓びは仕事のあとにくるのだから。ともあれ、絶望による行動はしないというのが、知恵のひとつの特徴である。
(岩波文庫 飯田実訳 上巻p.14-17)

店は宣伝と評判の奴隷となりながら、嬉々として素敵なフリをしている。自ら行列に並び決まったものを食わされ、唯一残された文句を言う自由のために喜んでお金を支払う。選択の自由を行使できず、見たことあるものかオススメを飲むハメになる。そんな自己奴隷制は飲食業界に限ったことではないが、バーはそもそもが階層的な構造で、主人が下僕に土間で土足のままねぎらうために酒を飲ませたことから、それを逆手に取った独り飲みの自由として始まった。少なくとも我々の精神構造としては。バーとはアンチ奴隷主義の場なのである。みずからを解放し、飲みたいものを決定せよ!鎖につながれた和を尊ぶなら、同じもので乾杯せよ!

バーの仕事が歓びを生むとすれば、それはやはり人との関わりである。滅多に人と出会わない森の中だからこその、人との関わり合い方があるのだと思う。歓びの第一義としては、美味いものを飲ませて喜ばれることであるが、森の中ならそこに水が流れているだけでご馳走である。私の仕事とは、やはり暗い階段を上った深い森の奥の、山小屋の管理人、ということになるのだろう。静かな絶望の森の中で、さあ仕事をしよう。来ぬかも知れぬものを待つことが私の仕事だ。


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by barcanes | 2015-10-22 06:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

リクオさんの年末イベントのお知らせ

昨年末に続きまして、今年もリクオさんの年末イベントをやってくれることになりました。告知いたします。

12/26(土)
「~ リクオのケインズ忘年会ライブ 2015 ~」

出演:リクオ with 橋本歩(チェロ)、阿部美緒(ヴァイオリン)
ゲスト:金 佑龍(キムウリョン)
DJ:二見 潤(Voices Inside)、宮井 章裕(Sandfish Records)

開場 19:00 / 開演20:00
前売り¥3500 当日¥4000 (ドリンク代別途)

メール予約は11月3日(火祝)より受付
master@barcanes.com
☆件名を「12/26藤沢」と必ず明記し、ご予約氏名、枚数、連絡先を本文に掲載の上送信して下さい。ご予約受付メールが届きましたら受付完了です。携帯からのご予約の方はメール受信設定をご確認の上でお申し込み下さい。
お問い合わせ BarCane's(バーケインズ)TEL.0466-28-5584(営業時間のみ)
mail:master@barcanes.com

この日はまたしても都内のHEATWAVEのライブと重なり、藤沢のみなさまは踏み絵を踏まされることになりますな。
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by barcanes | 2015-10-21 21:55 | イベント | Trackback | Comments(0)

ピアノバー?


何日か前にひらめいて、外の階段のスピーカーを鳴らす手段を思いついた。以前のは調子悪くなって音が出なくなったり突然爆音になったり、気付かないまま爆音が鳴り響きっぱなしになったりしてたから、ライブ以外でご近所に迷惑をかけるのもいけないなと、外のスピーカーを鳴らすの止めてみた。それで印象でも良くなればまだしも、余計に来客が減った気がするので、せめてお店やってますよーって感じでも出しといた方がいいかなと思って、使ってない機材で音を出す方法を突然思いついたのだ。まあ簡単なことなんですけど。

それでもしばらく使ってなかったアンプのせいか、スイッチ入れっぱなが安定しない。音量の調整が難しい。元気の良いお姐さま方が元気良く入っていらした。「ここ、ピアノバー?」いえ、そういうわけでは。東北地方の言葉の響きが可愛らしく聞こえてきた。しばらくして常連の子。「今日ライブかと思いましたよ。おっきい音出てるから。」え?外に出てみたら爆音だった。

それでもせっかくピアノの音で入ってくれた方がいたので、しばらくピアノ・ジャズのレコードをかけていた。初めてと思しき若い男性。やはり「ピアノバーですか?」と。あれ?(笑)まだデカかったか。所用で藤沢に立ち寄った方。こんなこともあるなら、爆音も悪くない、か。

遅い時間にはECM好き治療師が最近入手したCDを持ってきてくれて聞いた。前の晩には彼とLINEしながらネットで調べた変態ECM系なヤツを奴にポチッとさせてしまった。それも今度聞かせてね!ていうか次回のECMナイト「かわECM」は11/11(水)です。よろしくお願いします。

明るい音楽ならまだしも、暗そうな音楽を外のスピーカーに流すのはいかがなものなのだろうか、と思ったりしたこともあったけど、もうそんなことは気にしない。気にした方がいいと思うけど。暗い音楽を聞いて暗くなるようなネクラから、暗い音楽を聞いてホッとするようなネクラに深化してきた気がする。暗い音楽の中に繊細な美しさを表現してくれる人たちがいてくれて、助かりますホント。日本も総活躍とか景気とか成長とか、明るいイメージで頑張りたいのも分からなくもないですけど、いいじゃないですかね、低成長総ネクラ社会とか。その中にも美しさはありますよ。美しい国ニッポン。死語か。
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Jakob Bro 「Gefion」2014年ECM 気に入ってます。


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by barcanes | 2015-10-21 06:52 | 日記 | Trackback | Comments(0)

言葉の記述


ライブをやるのに下見しておきたいという方々と打ち合わせ。踊れるソウルのDJイベントをやりたいという面々。それから月末のDJイベントの確認と、前向きになれそうな話が続き、久しぶりの来客など月曜にもかかわらずたくさんの方に会えた。ようやく盛り上がってきたかと嬉しくなった。一喜一憂なのだが。最後は朝5時までなんかいろいろ喋ったけど、ほとんど忘れてしまった。

世界を旅する彼は、各地の歴史の教科書を入手するのを密かな趣味としている。世界の歴史の記述は、当然ながらバラバラだ。歴史的な真実などどこにもないように思える、というかどこかにありそうに思わせてどこにもないことが真実だ。

さて一方、我々日本語を使う人々の言葉の記述にまつわる近況は、ネット上でスピーディーかつ簡単に流れ去ってゆく言説として頻繁である。それも、テレビや新聞やマスコミの言説もそもそも似たようなものだったんだと気付くためのようなものだったのかもしれない。そして歴史の言説さえも。言葉の記述に真実などあるわけがないのだ。

語学堪能な分だけ日本語にあまり自信がないという彼は、だから言葉を読んだり聞いたりするだけでは信用できず、足を運び人に会い話を聞き、自分の感じたものを大事にするという。ただし。過去には行けない。だから過去を想像する。言葉の記述はそのためのヒントにはなりうる。

多くの人がネット上の短文に触れることの多い昨今、言葉の記述は会話文的なものになる。会話のような言葉は、対面して何かを共有しているから成り立つような隙間を持っており、その省略された空間を想像力で補わなければならない。だから恣意的な写真が添付されたりする。言葉は変わってゆくものだから、日本語の衰退など大昔から言われ続けていること。我々の読み書きしてきた言葉も直に古語となってゆくのだろう。

政治の言葉も嘘とまやかしだらけなのは今に始まったことではないだろうが、それも新たなフェイズに入った感がある。言葉の意味が確実に変わっている、というか意味をなくしている。謝れと言われて口先だけでも「ごめんなさい」と言えばどこか心が痛むものでも、「遺憾」には痛みはない。言葉と心を切り離すような言葉の術が流行なのだろうか。細かい注意書きだらけで誰も読まなくなったマニュアルが厚みを増し、ついには印刷さえされなくなるように。モノに気持ちを込めるより批判をおそれるような仕事しかできなくなった我々は、ついには言葉にも気持ちを込めることができなくなっていくのだろう。

この流行の後、言葉はどうなってゆくのだろう。言葉を記述するということは、未来に過去を振り返る人が読むための特殊な技能ということになるのかもしれない。確かに記述とはそもそもそういうものだったのだろう。言葉なんてそもそも何の意味もないものだ。忘れていく。忘れてたけどそういえば、こうして書いてみると、そんな言葉の記述の話になったんだった。

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by barcanes | 2015-10-20 06:42 | 日記 | Trackback | Comments(0)