<   2013年 10月 ( 25 )   > この月の画像一覧

グレーとヒーロー

我々の社会からはグレー・ゾーンがどんどん無くなっている。白か黒かの境目をはっきりさせられてしまうと、人は白の世界の方に生き残りを掛けて必死にならざるを得ない。ところが世界はおそらく相変わらず濃淡の入り交じったグレーなので、白だけではうまくいくわけがない。黒が入り込まざるを得ない。白にはグレーのうちはまだしも、黒には対処できないから、それを駆逐するか外に追いやろうとして、白の世界をいっそう守ろうとする。そしてその内側にしがみつき、いっそうグレーを外に、黒の方に追いやる。ますますグレーが無くなっていく。

灰色のアニキは福祉の仕事をしている。出かける前に「ブラックジャック」を一話だけ読んでいく。仕事の最中にグレーな出来事が起きる。白い社内ルールでは対処できないか、できたとしても手遅れになる。そこで彼は仕方なく勇気を持って黒い技を施す。当然、上役から叱られる。それでも彼は目の前で苦しむ入所者を見て、黒は黒へ白は白へと簡単に分けてしまうことができない。

若い後輩たちはそんなグレーに手を突っ込む勇気がないし、実際施設は優しさだけでない、そんな勇気によって支えられているのに、そんなものは危険なものとして排除されているため、そもそも勇気など挫かれるように設計されてしまっている。白いだけの世界にどんな正義があるのか。正義のない世界でどのように闘えばいいのか。灰色のアニキはヒーローどころか悪役に処されてしまうのだ。

そんな灰色アニキの最近の興味は、昭和のヒーローものの主題歌が歌っている正義とは何か、ということにあるようだ。ヒーローはそれぞれ各々の正義を持っていて、それは往々にして社会の正しさと、ある一点においてしかマッチしていない。だからこそ特別の事象に誰よりも力を発揮したりする。

ヒーローはたいてい外からやってくる。内側にいる場合も変身が必要だったり、一度外に出てから戻ってきたりする。民族学や歴史学でいう「悪」や「悪党」とは、社会の外、外側にいる人を意味する。逆に言えば、外がなければ内がないように社会は悪を必要としているのである。そうやって内側を守っている。悪党とヒーローは同じ外側にいて、それでも時折内側に現れるのである。なぜ?彼らも内側を助けるために現れるのだ。

中流時代の子として育った我々はどこかグレーの幻想の中で生きている。社会は白だとしてもグレーを含んでいるはずだと。我々の正義はもはや、グレーを保つことにあるのかもしれない。それは今の社会ではもはや正しくないことなのだろう。それでも、グレーの無くなってしまう社会の中で生きるなら、どうしたって片足を黒に、もう片足を白に突っ込んでいないといけない。半分は悪党でいなければ、自分の中のちっぽけな正義は維持できないのだ。

白いヒーローが白い人たちにもてはやされるが、それはちっともヒーローではなく、悪党はその裏に隠れて文章を書き、それを白いヒーローが棒読みしている。そしてそのキレイゴトの棒読みを、グレーより白くて良いじゃないか、分かりやすいじゃないかと認めている。白いだけのものを怪しむ感性は失われていないにせよ、それ自身がグレーな感性なため、社会の表には出にくくなる。我々はそんな社会を自ら望んで形作ってきたのだ。なぜなら現実の社会にはもう黒いヒーローは存在しないので、ヒーロー頼みの社会は作れないからだ。黒いヒーローを駆逐したのは、我々自身なのである。

なぜだろう。我々は戦いを駆逐したのではないだろうか。戦わずして成り立つ世界を平和として夢見たのだ。戦争はない方がいい。しかし戦いはいたる次元で日常的に起きている。グレーな事象に対面するたびに、我々は決断や行動を強いられる。つまり問題は日々起きている。

・問題を無くせば解決しなくて済む。
・そのことによって解決力を無くすことになる。
・そのことによってまた新たな問題が起きる。
・解決力を無くした人々にはそれを解決できない。
・だから問題を無くすことは解決にはならない。
という五段論法によって、我々は戦いを駆逐することでは平和が得られないということになる。

70年代のヒーローもの主題歌集のレコードに入っていた、ロボット・アニメ「超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)」の主題歌はこんなことを歌っている。

とびだそう たたかいの空へ
まもろうよ たたかいの庭を

彼らは戦いが続くことを求めていて、むしろ戦いが続く状態を守ろうとしているのかもしれない。ヒーローには戦いが必要で、そうでなければ彼らの存在意義がない。しかしこの歌詞が言おうとしているのはそれだけではない。彼らが求めているのは「戦いの場」である。すなわち、グレー・ゾーンを守ろうとしているのだ。

おっと、これは国防などとは関係ない話のはずだが。

自分が戦えないからヒーローを望む。しかし悪と同時にヒーローが生息する領域をも破壊してしまった以上、ヒーローは現れない。ヒーローとは他者なのだ。他者を自らの隣人としなければ助からないし、自らが他者とならなければならない。若者は白いルールの中に留まっていてはいけないし、勇気を持って逸脱しなければ、つまらないロボットになってしまうよ。だからたまには日常生活を脱して、こんな夜の片隅のちょっとした魔界に、意外に健全な悪の巣窟に、寄ってみた方がいいと、灰色のアニキは主張するのである。
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by barcanes | 2013-10-30 20:50 | 日記 | Trackback | Comments(0)

西海岸ビールまたまた入荷

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もう何度目かの入荷。今回の新入りは、左端の

・Green Flash, Green Bullet Triple IPA

「トリプルIPA」という名の通り、ホップの苦みと10%というアルコール度数がかなりキてます。スゴいのを求めてる方に。

・Lagunitas, Maximus IPA

これまで入荷した中で最もバランスよく、かつ味わい深いと店主が感じているIPA。「ダブルIPA」というカテゴリーになっています。ゴールドの色合いもキレイで、ほのかな甘みのコクを感じます。

・Ballast Point, Big Eye IPA

「ビッグアイ」とはメバチマグロのことだそうで、そのイラストがラベルになっています。色は濃いめで味わいも重め。苦みも強め。先日の入荷のモノよりフレッシュな感じ。

・North Coast, Brother Thelonious Belgian Style Abbey Ale

これも今回初入荷。店主の大好きなセロニアス・モンクがラベルになっているのは、ベルギー・ビールのトラピスト(修道院)ビールの修道僧と「モンク」を掛けているだけはない。「モントレー・ジャズ・フェス」などの多くのジャズ・フェスで公式スポンサーになっているばかりか、これを飲むと「Thlonious Monk Institute of Jazz」に寄付される仕組みになっているそうで、ジャズ教育支援に一役買っているということである。色は深いアンバーで、甘みと複雑な味わいが楽しめる。

・North Coast, Old Rasputin Russian Imperial Stout

「インペリアル・ストウト」はもともとロシアの皇帝が好んだと言われる、アルコール度数の強めのスタウトのことと記憶しているが、これは9%、甘味と濃厚な舌触りの後に苦みもしっかりと効いて、黒ビール好きにはたまらない、王者の風格さえ漂うフルフレイバーのスタウトになっています。

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今日は雨の一日。ヒマな中、昨日レコーディングしたばかりという若手ミュージシャンが、そのラフ・ミックスを聞かせてくれた。決して上手いとは言えないのだが、その揺らぎには確かにどこか魅力がある。いわゆる「ヘタウマ」というのとも違う。

下手だからこそ伝わる思いというものがあり、上手いとキレイになりすぎたりする。魅力とは、上手い人はその上手さを超えたところにようやく出てくるような人間らしい揺らぎであるのだろう。とある上手い人が「おまえらは下手でいいな」と言ったのを思い出す。つまりは上手くても下手でも、どちらにしろ揺らぎが人の心を揺さぶるっていうことなのだろう。

とは言え、演奏も意外にしっかりしていて、ほとんど一発で録ったそうだ。意外に、というのは失礼かもしれないが確かに少しナメていたのだった。意外にも感心してしまったのである。歌声にも不思議な魅力があった。たいしたものだ。亡くなったビッグ・ネームの最後のマネージャーが目をかけてくれてるというから、もしかしたらもしかしちゃうのかもしれない。
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by barcanes | 2013-10-29 20:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ルー・リードを聞く

偉大なアーティストが亡くなったといっても、私は悲しめない。本人と知り合いでもないし、作品や演奏を通してしか知らないっていうのは冷たい言い方だろうか。もう新しいものが生み出されない、という意味では悲しむべきなのかもしれないが、毎回新作やライブを楽しみにしているぐらいでもなければ、悲しむのもおこがましい。利用していた店がなくなったら人は残念がるけど、それは悲しいのではなくて困るのである。死んだら困る人の死は悲しい。悲しむのは人の勝手かもしれないが、人が死んだからって自動的に悲しむのは、虫が良すぎるっちゅう話である。

ルー・リードが死んだという。この日レコード店では彼のレコードが、しかも高値のものがよく売れたそうだ。それは不謹慎なことじゃない。ネット上にもたくさんのお悔やみが流れ、そしてうちにも何人かが彼の音楽を聴きに来てくれた。一晩ずっと、片っ端から聞いていった。こんなことでもなければ、滅多に彼のレコードをちゃんと聞かないという人もいるだろう。そうして新たな発見があり、彼の音楽はなにかに生まれ変わってゆく。

この日初めて、新しい曲の歌詞を書いたという人がいた。ルーが死んで、そしてその人は歌詞を書いた。悲しんだけれど、悲しさだけがそれを書かせたわけではない。それはルーの魂のほんの幾ばくかの生まれ変わりなのだと、私には思える。そうしてアーティストの魂は無数のかけらとなって散らばり転生する。それは死後と同様に、生前もそうであっただけのことだ。だから悲しむことではない。むしろ喜ぶべきことかもしれない。なにも終わることはなく、むしろまた始まるのだ。

だから私は悲しまないのではなく、悲しめないのだ。私は人の死が苦手だ。坊主や墓地経営者でもなければ人の死が得意な人なんていないだろうけど、自分には他人を悲しむだけの資格がないような気がしてしまう。それだけのことをしてきただろうか。悲しめるだけの優しさを持っていただろうか。だから冷酷でズルい人間は、来世を望み転生を信じようとする。死んだらおしまいよ、と自分に対してだけではなく、他人にも言おうとする。だけどなにも残さずに死ぬのは難しい。死んだ後に始まってしまうことがあり、それを喜べるなら悲しむよりはまだマシなんだろう。

私はたかだか数年前からルー・リードを聞き始めたぐらいだから、まだまだ始まったばかりなのだ。だからこれからもいろいろ勝手に教えてもらいますよ。
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by barcanes | 2013-10-28 00:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)

内田マナベ/てづかのぶえ/たかはしようへい

自由すぎるシンガーソングライター、内田マナベ。彼の自由への「闘争あるいは逃走」((c)竹原ピストル)はどこへ向かうのか。

もはや音楽は時間や空間を支配する責任から解放され、支配と隷属、ステージと客席、主体と客体の構造を無意味化した。これはもはやショーの破壊、破壊の芸である。無生物やイモリの想像力を歌い、モノを擬人化させ、常識や固定観念など気にせず、形式や構造を破壊する。これほどまでに徹底した自由の表現を、私は見たことがない。

しかし率直に言えば、普通にマイクの前から逃げずに、真心の彼の歌が聞きたいと思う。恐らく彼の破壊の矛先は、次に自由へと向かうのではないか。自由に対する抵抗、自由であることへの反抗。それがどのような形を取るのか。フォームを破壊した後、どのように再構築されるのか。それを見たい気がする。

ウクレレの弾き語りで古い昭和歌謡を歌うてづかさん。細い高音の歌声と、意外にも力強いウクレレの音の響きが印象的でした。レパートリーも幅広く、集客にも力を使っていただき、今日のイベントを作ってくれました。

このお二人に加えて私がブッキングさせてもらったのが、たかはしようへい君。偶然にもマナベさんとは古い知り合いだった。彼は毎週金曜の夜に藤沢駅の構内で路上ライブをやっていて、そこで偶然てづかさんにも知り合った。きょうはそんな縁も手伝ってくれたイベントになった。

もじゃもじゃ頭にベルボトム、古いギブソン・ギターをかき鳴らすようへい君は、どこか昔の時代のフォーク・シンガーを彷彿とさせるところがある。彼の真摯な歌声は少しマジメすぎるぐらいかもしれないけど、軟派なロックに対する硬派なフォークというイメージが重なって、つい応援したくなるミュージシャンだ。さいかやさんのイベントなど各所で歌っているので、みなさんもぜひお聞きになって下さい。

そしてBGM係として、普通にシングル盤のDJをプレイしてくれた我らが二見潤にも感謝します。
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一番手のようへい君。
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てづかさんのパイナップル形のウクレレ、いい音だったな。
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声量のあるマナベさんにはそもそもマイクなど必要ないんですけどね。
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by barcanes | 2013-10-26 00:50 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ある一日のプレイリスト

営業中にかけた音楽を並べてみると、なんともトリトメのない店だということがお分かりいただけると思いますが、まあこんな日ばかりじゃございません。ある一例です。今日は来客に伴った選曲選盤が記憶に残りました。

最近のテデスキ・トラックス・バンドの映像なんかつい見ちゃったので、しばらく治まっていたデレクちゃん熱が久々にぶり返して、今日はDerek Trucks Band「Already Free」からスタート。今度来日するらしい。ツイン・ドラムにホーン・セクション。観に行きたいなあ。Youtubeに出ている13歳の時のデレクちゃんのスライドの映像、あれヤバいです。スゴい音出してますよ。そっか、デレクちゃんはいわゆる「中二病」のスゴいヤツとも言えるかもしれませんね。


本日口開けの来客は、先日のライブに来てくれた方とSASAKLA「Spring Has Come」アナログ盤、SASAKLA & John John Festival「Trek Trek」、笹倉慎介「Country Made」の3枚。演奏終わってどうしたらいいか分からなくてすぐ帰っちゃったんだけど、こんなに近くでライブを見たのは初めてですごく良かった、ライブはCDや映像とも全然違うね、と感想を言いに来てくれました。

以前にジャズのレコードを大きい音でかけて喜んでいただいたお客さんとキヤノンボール、コルトレーン、エヴァンスがバンドにいた頃の「1958Miles」。池田満寿夫がジャケットのヤツ。隣にいた方が、ジャズは詳しくないけどこの曲が大好きなんだ、と「What A Wonderful World」の入ったサッチモのべスト。

次に若者が、はーいでほー、と口ずさんで入ってきたのでCarole King「Tapestry」。先ほどのお客さんに好きなアーティストは誰か聞いてみたところ、なんとジェフ・ベックとブキャナン!Jeff Beck「Wired」、Roy Buchanan「Live Stock」そして「メシアが再び」。

バンドでのライブを終えたミュージシャンが、何か聞いたことのない西海岸ものと言うので、これを聞け!とばかりにJackson Browne「Running On Empty」。でもまともに聞かずに帰っちまった。なんだよ。まあいい。ライブ盤続きでCrusaders「Scratch」のB面。さっきクラプトンの来日の話してたからEric Clapton「Slow Hand」。これすごく久しぶりに聞いた。

さてここから変な展開に。まあもう2時なのでいいでしょう。ウルトラマン・シリーズの軍歌的なマーチのリズムをバンドに取り入れるべきという話で、主題歌集のカセット・テープを探し出してきて聞く。マーチからBメロで8ビートへ、またマーチでサビ、転調と展開とキメのフレーズの嵐といった曲の構成と演奏力、改めて聞くとスゴいもんです。2ビートを基調としながら、時代が進むにつれて4ビートからGS調、8から16ビートを取り込んでいます。

カセット・テープのB面は仮面ライダー曲集。国を挙げて戦っているウルトラマンに対して、やはりライダーは組織からアブレた個人で戦っているので軍歌調にはならないんですね。ここ大事なとこ。刑事ドラマの系譜につながるようなマイナー調のエレキギターが効いたブラス・ロック、ソウル系です。しかもバイク乗りだからかテンポが速い。ライダー・シリーズでティンパニを叩いている方、誰なんでしょうか。スゴいです。スゴいことになってます!

まあそんなようなマーチ的なリズムを取り入れてるのがクロマニヨンズだとその方は主張するので、Youtubeでいろいろ聞いていたら、ちょうどテレビではアラバキFesのダイジェストをやってて、クロマニヨンズが映ったりする。池畑さんと渡辺圭一さんのバックでモーサムの百々さんがギター弾いてたりする博多ロックのセッションがあったり、キヨシローのセッションで奇妙君が歌ってたりした。

そしてクロマニヨンズからハイローズ、ブルーハーツと、ヒロト&マーシーの歌作り、特に歌詞の世界に感心しきりで、時にジーンときて、そして朝になってしまいました。「日曜日よりの使者」と「情熱の薔薇」を歌いながら、外は台風の風雨で沈没。なぜだか夢に学生の頃好きだった女の子が出てきて、いい夢だったな。

それからコレはおまけ。「やればいい」っていうヒロトのインタビューで、こんなこと言ってた。

何かをやる為には、ついでに「やらなければいけないこと」がくっついてくる。子どもの時は「やらなければいけないこと」が克服できない。だから、やりたいことも我慢しないといけない。だけど、大人になって何が違うかというと「やりたい」ことにくっついてくる「やらなければいけないこと」を克服できるパワーが備わってきて、それを全部解決して、「やりたい」ことをやるというところに到達できるんだ。

やりたいことは、子どものころから変わってない。それができるようになるのが大人だからさ。だから、たとえば10代の頃できなかったからって諦めなくていいと思う。ハタチになった、三十歳になった、40歳になった時に、あの時できなかったこと、今ならできるという大人になってるかもしれないじゃないか。
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by barcanes | 2013-10-25 21:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今日はワインについて

私は嫌いじゃないんですがね、どうも興味がわかないままきちゃったんです。それ以外のお酒はだいたい分かるんです。どういうのが美味い味なのかとか、風味の分布図というか味わいの全体像は掴めるんです。しかしワインってやつは分からない。ワインにはハマれなかったんです。理由はよく分かりません。でもまあ理由の分からないことがあってもよいかなと。いや、理由の分からないことだらけですが。

それで近年はワイン屋さんにお任せして、自然派の赤ワインを選んでもらっています。藤沢石上の「ロックス・オフ」さんです。いつもグラスでお飲みいただけるようにしています。自然派っていうのは、保存料など添加物をなるべく加えていないワインなのだそうです。ですから無添加というわけでもないし、無農薬とか有機なんちゃらとか、そういうわけではないらしい。

らしい、っていうのは自分で調べてないので、よく知らない。でも舌触りが良い気がする。気が。もちろん、悪酔いなんてしない。たぶん。化粧バリバリの美人じゃなくて、素朴でかわいい、その辺にいそうな子って感じ。特にこの子っていうのはないけど、みんないい子。一度出会ったけど、もう会うことはないかもしれない、名前も連絡先も聞かなかった、あ、写真に写ってるかも。みたいな。

今日も2本ほど選んできてもらいました。なるべく個性的なやつにしてもらっている。銘柄は、よく分かりません。名前覚えられない。たぶん、いい子。写真、撮った。
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今日は独り者のお客さんから彼女ができたという話を聞いた。そんな話、年に何度もあることじゃないのに、今日は一日で二人から聞いた。珍しいことがあるものだ。

そして今日は活躍中の若手ミュージシャンが久しぶりにふらっと一人で飲みに来てくれた。ライブに来てくれたお客さんには元気になって社会に帰ってほしいという気持ちでやっている、という言葉が印象に残った。元気になるって言ったかどうか忘れたけど、何か感じること気づくことが他人から与えられるのだけど、そんなことによって元気になるのは自分でしかなれないんだよね。そういう気概でやっていれば、そりゃヒッパリダコにもなるよ。
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by barcanes | 2013-10-22 20:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)

バーの日本酒

すっかり夜も冷えてきました。燗酒のうまい季節です。うちはバーなので意外に思われることもまだたまにありますが、夏でも冷酒を少なくとも一本、冬には燗酒を少なくとも2、3種は置いています。和洋「酒」折衷が当店のテーマでもあります。

店主の日本酒の好みは、まず「ツマミのいらない純米酒」。ほとんどの酒蔵さんは食事との相性を考えた「食中酒」を目指してますでしょうから矛盾するようですけど、私としては酒の最高のツマミは水なんですよ。だから酒は酒で自立しているものがいいんです。

これにはなにかひと味足りないな、とか、これに合う食べ物はなにかな、と想像しながらお酒を飲む楽しみもあるでしょう。マリアージュの夢想、想像恋愛みたいなもんです。ですからみなさん、恋愛がお好きなように食べ合わせ飲み合わせっていうのがお好きなんでしょうねえ。この料理にはこのワインが、なんて言ったり言われたりして喜んでいるのは、恋愛占いみたいなもんです。

私はそういう食と酒のマリアージュってやつを信じてませんでしてね、ですから「ゲンさんは結婚を信じてないんですね」なんて言われた日々もあったのですが、そんな私でも結婚できたのでね、ひと味もふた味も足りないようなお酒というものの良さも分かってきたような気がします。

それでもやはり酒は濃いもの、フル・フレーバーのものが好きです。なにかの味が突出していても、それを打ち消す必要はありません。我々には水というスーパー・アイテムがあるのですよ。酒にはチェイサーを合わせていただければそれでいいんです。

日本酒では例えば辛口、酸味、原酒、低精白、山廃あるいは生もと、というのがキーワードになってきます。酒米も山田錦や雄町といった有名なものよりも、名前の聞いたことのないような地方米みたいなものの方が味わいが面白かったりします。燗酒では熟成酒もいいですね。夏には微発泡の濁りの入った冷酒もいい。

ひとまとめに言うとキワモノが好きなんですね。ですから食中酒を否定しているわけではなくて、食中酒としての日本酒文化の中からつい生まれてきてしまうようなキワモノたち、そういうものが「ツマミのいらない酒」であり、バーに合う日本酒ということになるわけです。バーというのは人だけではなく、酒についてもキワモノが集まってきてしまう場所なんですね。
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さて、今日のお酒はどうでしょうか。

・玉櫻 きもと純米酒

島根県邑智(おうち)郡邑南(おうなん)町の玉櫻酒造。初めて見ました。買ってみました。精米70%、一年熟成。お燗で。酸が利いてしっかりした旨味があるのにさらっと薄口。これはいい食中酒になります。

・篠峯 辛々 雄町 純米吟醸 一火原酒 ひやおろし

奈良県御所市の千代酒造。秋のお酒「ひやおろし」で選んできました。純吟で辛口、しかも「辛々」っていうのがいいですね。確かに辛口です。

いろいろ書いてきましたが、二本とも良い酒です。キワモノに出会うのは、なかなか至難の道なのです。
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by barcanes | 2013-10-21 20:14 | お酒 | Trackback | Comments(0)

音楽の自由を楽しむ/雨の「窓の領域」

(寄稿)

雨だ。ポスポス大谷のイベント「窓の領域」の日は、以前も雨だった気がする。伊豆大島では今日もたくさん降ってるらしいし、夕方には僕の街でもかなり降っていた。濡れてまで見に行くこともないかもしれない。それでも出かけることにしよう。行かないと何か損をした気になるかもしれないし、実際僕はこのイベントを楽しみにしているのだ。

7時半からのイベントとなっているが焦ることはない。藤沢あたりの客の集まりはいつも悪い。始まるのは8時ぐらいだろう。雨で何かと手間取り、店に着いたのは8時を少し過ぎてしまった。それでもまだライブは始まってなかった。意外にもトニー・ジョー・ホワイトのレコードが流れていた。じめっと濡れた足元からブルーズのフィーリングが、ディープにしかし楽しげに感じられた。

まずはポスポスの弾き語りから。ハムバッカーのピックアップをつけたテイラーのミニギターをフェンダーの真空管アンプで鳴らしていた。不思議なオープン・チューニングの響きが、軽くドライブしたアンプの柔らかいサウンドに乗って、古いカントリー・ブルーズのようなハイ・ゲインの音を出していて、ポスポスの低音の唸り声によく合っていた。
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以前見たときのアコーディオンの弾き語りも良かったが、あのふわっとしたドローンの響きの中に浮かんでいるような感じに比べると、もっと低いところから出てきているような感じだ。声も低音が厚く出ていて、地面のサウンドという気がする。それは彼が山奥に引っ越して、地面をいじくったりしていることにも関係しているのかもしれない。

実際ディランが好きというポスポスだが、「時代は変わる」を彷彿とさせるような三拍子のコード・ストロークの曲もあり、ギター弾き語りのスタイルも板に付いてきたようだ。最後は立ち上がって口琴のソロ。これもとても良かった。
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休憩を挟み、BGMはデレク・ベイリーとシロ・バプティスタのインプロヴィゼーション。このような音楽がしっくりくるイベントが僕にはたまらない。ステージには数多くのパーカッション類や訳の分からないものが並べられ、ギターアンプの上には小ブタが整列している。

3人組のメタファーズは基本的にはサム・ベネットがアンプを通した不思議な弦楽器を弾きながら壊れたブルーズのような歌を歌い、マルコス・フェルナンデスと清水博志がパーカッション。しかし3人とも曲ごとに名前も分からないようないろいろな楽器をとっかえひっかえ、様々に不思議でへんてこな音を出している。決められたアレンジがあるようでもなく即興的に曲が進んでいくが、むしろどこか統制されたようなまとまりがある。
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音楽遍歴の長いサムさんはパーカッショニストであるとともに良いパフォーマーでもあり、客を飽きさせずに聞かせる術を持っている。声量のある歌声で空間を支配しながら、あらゆるものを音楽の道具にすると同時にあらゆる材料を音楽にまとめあげる力量を持っているのだろう。

音楽の楽しみは無限であり、つまり音楽は無限であるということを表現するための無限のアイデアを持ち、そしてそれを集め続け、いつも感じ取っているような人なんだろう。清水さんのフライパンや磁石やスプリング、手箒などを使った様々なアイデアも楽しかった。マルコスさんとのとっかえひっかえの様々なコンビネーションも面白かった。

クラシックを極致とするような「型にはまった」音楽にも表現の深みや演奏の至芸といった素晴らしさがもちろんある。今日のような音楽はその対極かもしれない。しかし例えば型にはまったような楽器や奏法を組み合わせたシンガー・ソング・ライターの音楽には、そのどちらの極にも届かないばかりか、音楽の自由さえ奪われているようなところがあるようにも感じる。そういったものにつまらなさを感じるとしたら、それはこちらまで身動きのとれないような気分になってくるからではないだろうか。つまり、むしろ不自由を表現しているということになる。そしてそれには、それなりに不自由を愛するファンがつくのかもしれない。

しかし音楽は自由であってほしい。そのためには人は自由でなければいけない。しかし逆に言うなら自由を奪われた人間がやる音楽は、良くも悪くも型にはまったものになる。狭められた枠の中にこそ自由があるかもしれないし、身動きのとれない中から自由を見つけていかなければいけない。しかし与えられたような自由にとおりいっぺんの楽しさを感じて満足しているような音楽は、言葉は悪いが大抵がファックなのである。

楽器を持てば誰だって自由になれる。しかしその自由は楽器に与えられた自由なのだ。そこから自分で自由を作り出さなければならない。それができないならアーティストを名乗るべきではない。だから、その辺の自称ミュージシャン諸氏にこそ、このようなオリジナリティーある音楽のパフォーマンスを見ていただきたいと思う。我々が聞きたいのは、オリジナルのサウンドなのだ。

帰る頃には雨は止んでいた。あとで聞けばポスポスはヒドい雨男で、これまで野外イベントを二つ潰したことがあるそうだ。屋外のイベントにはオレを呼ばない方がいいよ、と言っていた。そしてマルコスさんもまた雨男を自称しているそうなので、そりゃあ雨にもなるというものであった。終演後にはトム・ウェイツの3枚組「Orphans」の、これまた美しくも壊れたブルーズが霧雨の雨音のように流れていた。
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アンプに並んでた子ブタは楽器でしたか。
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by barcanes | 2013-10-20 03:19 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Modsと我々の愛するR&B/Voices Inside vol.68

メインゲストSister MのかけるModsのレコードからは客の歓声が聞こえてくる。音楽そのものよりもむしろ歓声の方が主役かと思うぐらいだ。インストの曲やライブ・ヴァージョンの曲も多い。UK独特のモコモコした低音が効いて、Modsたちが愛したR&Bの曲がハードにカバーされる。Modsとは音楽そのものというよりそのまわりのもの、当時の若者たちの音楽への愛や熱狂、そして楽しむ工夫が感じられる。

ゲストと言うより「顧問」的な準レギュラー関根さんの2ndセットは、60年代に若者だったご本人が集めた、当時の日本盤のジャケットに包まれたシングル盤の数々。当時の横浜あたりの店のジューク・ボックスに入っていたヒット・ソング、まさに「Juke Box Music」に圧倒された。

「ノーザン・ソウル」という言葉は、60年代のUKのModsたちが好んだアメリカのソウル・ミュージックのことを言うのだと最近知ったのだが、当時から現在に至る我々日本の者が好きな60's R&Bは「Far East Soul」と言ったところか。そのようなテーマで選曲の幅は広かったが、やはりダンスホール的というかアップテンポの曲が多かった気がした。二見潤の2ndセットの朗読ショーでは、その辺のところをうまくまとめ上げた。恋愛を山に例えて、一気に上り詰め成就したかに見えたところから始まるという、いつもとは違う失恋パターンだった。

さて来月はお待ちかねの「マッスル・ショールズ大特集」。特別ゲストの鈴木啓志さんを迎え、いつもより早い7時から始めますのでご留意を。ソウル評論家の第一人者である鈴木さんは、サザン・ソウルの中心地であるアラバマ州マッスル・ショールズをテーマにした問題の書「ゴースト・ミュージシャン」(DU BOOKS)を出したばかりで、その世界では論争を巻き起こすほどの渾身の作品である。その火種の熱いうちに当店に来てもらえることなり、店主は興奮しております。

そしてもう一人のゲストは「ニュー・オーリンズ・ミュージック・ガイド・ブック」(P-Vine Books)監修者で音楽ライターの文屋章さん。この「ダブル・ダイナマイト」をホスト二見潤と「顧問」関根雅晴さんが迎え撃ちます。相当にディープな夜になること間違いなし。藤沢にサザン・ソウルの熱い波がやってきます。どうぞお見逃し、お聞き逃しなく!
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by barcanes | 2013-10-19 23:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今週末のイベント

10/19(土)
「Voices Inside vol.68 "Mods meet R&B"」
Disc Jockey:二見潤
今月のゲスト:Sister M、関根雅晴


21:00~ No Charge
USTREAM中継します。
www.ustream.tv/channel/channel-canes

毎月第3土曜日はシングル盤を中心にアナログ・レコードで60年代までのブラック・ミュージックとそれにまつわる音楽を聞くディープな夜。

今回はメインゲストでは初となる女性DJを迎え、モッズと彼等が愛したノーザン中心の60's Soul、そしてその頃にラジオから流れていたヒット曲などを、パワーアップしたサウンド・システムによる迫力ある音でお届けします。

ホストDJ二見潤の2ndセットは、毎回のテーマに沿った選曲をストーリー仕立てで聞かせる朗読ショー。フラれっぱなしの男が愛を探して音楽の旅をします。次はどんな失恋をするのか?これは聞き物です。

ソウル好きの方から若い人たちまで、音楽を愛するみなさまに音を浴びていただきたいイベントです。ぜひお越しください。
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↑ pic.二見潤(2013/3/17)

10/20(日)
「窓の領域vol.13」
【出演】ポスポス大谷、The Metaphors(Samm Bennette, Marcos Fernandes, Shimizu Hiroshi)


7時半スタート チャージ:投げ銭

鎌倉出身山奥在住のホーミー・シンガーソングライター、ポスポス大谷が主宰する、超ユニークかつモンドで奥深いアーティストが次々に登場するライブ・イベント。地底から宇宙まで、非楽音から集団即興まで、注目を浴びずともこの世とあの世には不可欠の不思議な音楽たちがひっそりとしかし強烈に生息しています。あなたもそんな顕微鏡と望遠鏡の「のぞき窓」の世界、あるいは「世界の窓」を覗きに来ませんか?

今回のゲストは以前に一度出演したマルコス・フェルナンデスさんが参加するバンド「The Metaphors」メタファーズとお読みするのでしょうか。即興的かつ「無垢で統制のとれた」パーカッション群をバックに、壊れたブルースのような歌唱が入る、不思議な音楽です。即興音楽のようでもあり、私にはブルーズに聞こえます。

中心メンバーのサム・ベネットさんは経歴の長い方のようで、数々の楽器群、音楽遍歴を経由して現在は日本で活動しているそうです。巻上浩一、ソウルフラワーユニオンなどとの共演もあるそうです。

そしてもはや説明不要のポスポスですが、見たことない方にはぜひ一度見ていただきたい唯一無二のアーティストですし、アコーディオン弾き語りを見たことある方には最近の弦楽器を使ったポスポスも見ていただきたいと思います。

Sam Bennettさんのバイオグラフィー。写真に写っている楽器の変遷も面白いです。
http://www.polarityrecords.com/samm-bennett-biography.html
The Metaphorsのページ。動画がいろいろ見れます。
http://www.polarityrecords.com/the-metaphors.html

ポスポス大谷のHP。「アメリカのルーツ音楽とかブルース等に興味在る方にもおすすめかな。もちろんそれだけじゃないけど。リズムあり、即興あり、歌ありの夜です。歌物近未来系ですよ。ぜひ見に来てください。湘南じゃ、なかなか見れませんよ。」とポスポス氏は申しております。
http://posuposuotani.blogspot.jp/
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↑ pic.ポスポス大谷(2013/8/10)
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by barcanes | 2013-10-19 23:23 | イベント | Trackback | Comments(0)