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田ノ岡さん初登場:中西文彦DUOシリーズ第2弾

当店初登場のアコーディオン奏者、田ノ岡三郎さん。つい先日、近くまで来たからとお店に寄ってくれた。こうしてライブの事前に顔を合わせる機会があると、人見知り気味で気の遣えない私としては助かるのです。そんな心遣いもライブを成功させる大事な秘訣なんだろうと思いました。

生音だけでも十分に迫力あるアコーディオンの音量。最初の2曲ほど、田ノ岡さんのソロは生音で。その後、中西文彦さんとのDUOは、P.A.から音を出す中西さんのギターとの「なじみ」も含めて、マイク2本でアコーディオンを拾った。

前半、リバーブの調子が悪くて使えなかったのは、単なる私のミスだった。申し訳ありません。後半はギターに奥行きを加えることができた。中西さんはもう少し生っぽい音のリバーブをご所望のようだったが、デジタル・リバーブをまだまだ上手く使いこなせていないのでした。

選曲はお二人の持ち曲をお互いに合わせながら。過去の共演曲などに加えて、「おいしい水」のような「ベタ」なボサノバも意外に好かったです。中西さんの秘技「ビリンバウ奏法」もバッチリ決まっていました。

日本中を回っている「旅するアコーディオニスト」田ノ岡さん、旅先のエピソードを交えたトークも面白く、和やかな雰囲気でライブを楽しみました。以前に藤沢や鎌倉での演奏を見たことのあるお客さんも多く、初めてなのは私だけだったかもしれないほど、田ノ岡さんはよく知られた方なのでした。

一方、藤沢ではおなじみの中西さん。当店は6月のシャンゴーズとウミネコ楽団の後は、大口純一郎さんとのDuo、今回、そして8月には寺田町さんとのDuoとDUOシリーズが3回続きます。藤沢周辺でもいろいろなお店でライブをやっている中西さんですが、どうやら当店は異種格闘技担当のようで、チャレンジングでエキサイティングなミュージシャン、演目を選んで、当店に持ってきてくれています。

そこに通底しているのは、中西さんと私に共通する脱ジャンルで超ジャンル的なワールド音楽の感覚なんだと思います。「初めてCane'sに来たとき、君は何をかけたか憶えているか?」と中西さんに以前に聞かれたことがあります。私は憶えてないのですがそれはキング・サニー・アデだったそうなんです。それからマーク・リボーの「偽キューバ人」とかチカーノ・ロックとかSABAレーベルのワールド・ジャズなど。当時好きだった、世界のちょっとヘンテコな音楽を片っ端からかけてたんでしょう。

中西さんがどうやら、ただのブラジルど真ん中、できることならブラジル人に生まれたかったです的ブラジリアン・ギタリストではないことに、私はなぜだか最初から気づいていたんですね。実際、中西さんはブラジル音楽を仲立ちにオリジナルなものを生み出そうとしているんだと思います。このお店をそのような場所と捉えて、いろいろと刺激的なミュージシャンを連れてきてくれることは、私にとってこの上ない喜びなのです。

次回8/18(日)は、DUOシリーズ第3弾「酔いどれ詩人と酔拳guitar」とのサブタイトルで、ダミ声のシンガーソングライター寺田町さんを迎えます。ガットギターの弾き語りだそうです。そこにどう加わるか中西さんは、エレキも弾くかもだそうです。お楽しみに!
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by barcanes | 2013-07-31 05:43 | 日記 | Trackback | Comments(0)

決勝戦

テレビで高校野球神奈川県大会決勝を観戦。横浜高が平塚学園を下した。好い試合だった。横浜隼人、桐光学園、東海大相模、平学と、甲子園出場校に次々と当たる激戦の山を勝ち上がって、2年生主体の横高は一戦毎に力を付けていった感があった。神奈川はまさに激戦区。たまたま見たある関東地区の決勝なんて、神奈川で言えば準々々決勝ぐらいのレベルじゃないだろうか。

試合終了後のインタビューで横高の監督は、レギュラーただ一人の3年生であるキャプテンを讃えた。3年生はよく我慢してくれた、それをよくまとめてくれた、と。それを場内で聞いてたかそうでもないのか、テレビカメラに映されたキャプテンは記念撮影に整列しながら泣いていた。涙に弱い年頃の私としては、そんなことに昔かいたはずの心の汗を今さらにじませるものである。

2年生主体ということは、来年に向けて今年は諦めていたということだ。そこにジクジたる思いの3年生たち。しかし今年は松井投手の桐光学園という大きく、しかも明確な目標があった。明確に具体的な目標があるということはラッキーなことである。そんな具体的な目標があったからこそ、それに向かって一致団結することができたのではないだろうか。

そうするとやはり、桐光あってこその横高優勝ということになる。準々決勝で負けた桐光も悔しいだろう。準決勝、前半は互角だったのにコールドで負けた相模も悔しかったろう。平学も投手で4番の熊谷君を中心に好いチームだった。それに比べて県外留学生だらけの横高には、アンチ・ジャイアンツ的な感情をかき立てられるところがあるのだけれど、それでも激戦区神奈川を勝ち抜いていった連戦を観てしまうと、なにかつい応援したくなってしまうような思い入れも入ってしまうものである。

店の方は今日は全くヒマで、負け抜けて南口の「大新」に繰り出し、餃子やラーメンを食べて満腹で帰る我らの決勝戦。決勝に残った精鋭には言及しないことにしよう。
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by barcanes | 2013-07-30 04:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

パブリック・スペース

美味しいものを出す。それが飲食店としての基本である。しかしそんなことは当たり前なのか、それともそういうことはどうでもよくなってしまうのか、お客はそれ以外のものを求めるものである。例えば私は今これを不味いコーヒーを出す安い喫茶店で書いているが、美味しいものよりもそれ以外の価値を得てここに来ている。喫茶店もそうだがバーにもそういう面があり、一言で言えば人それぞれの、その時々の「居心地の良さ」を求めるのだろう。

一人で来づらい、飲みたいものを頼みづらい、との意見を女性客からいただいた。すると横にいたアニキが「ゲンちゃんは威圧的だからね。女性にはキビシいよ」とつぶやく。その向こうにいた飲食業の男は「喜んで帰ってもらわなきゃね」と。でもほっといてくれて本が読めるようなバーもいいよね、とも言う。

客人を迎え入れもてなす店。もてなすやり方にもいろいろある、という言い方もできるだろう。しかし僕はどこか、自分のこの店は自分のものではなく、パブリックな場所(まさにパブ)というような感覚を持っており、それは少々無責任な印象にもつながるのかもしれない。

バーは飲みたいものを飲む場所である。そして基本的にはやりたいことをやりたいようにやっていい場所である。もちろん限度はある。そこにどんな人がいてどんなタイミングなのかによってその限度は変わってくるから、とりあえずおとなしくどこかに席を見つけて座っていただき、まずは何を飲もうかと思案するのが作法ではある。

そこから先は自由と責任がみなさんに託されているので、この店を居心地の好い空間にするのも堅苦しいものにするのも、みなさん次第なのだ。なんて書くとまた非難されそうだが、要するにバーはエンターテイメントなどではないし、受け身なのはお客さんではなくむしろ店の人間の方なのである。

何かを期待してお店の扉を開ける。かわいい女の子でもいたらいいなとか、誰かに会いたいなと思うかもしれない。旨い酒や好い音楽なんて、あまり期待しないかもしれないが、思いがけず何か見つけるかもしれない。楽しいことやメンドクサいことにブチ当たるかもしれない。

私はそれらを何ひとつ明確には打ち出していないかもしれないが、同時にそれら全てのタネを潜ませながら、そのいずれかの芽を誰かが摘み上げることを待ち受けている。その芽が伸びて枝葉が広がればささやかな喜び。花でも咲けば万々歳。だから一番楽しませてもらっているのはこの私で、なぜならこの野山に一番多く通っている客と言えばこの私だからだ。

何かを期待してこの店のドアを開けているのは、実は私だということになる。自分の店にないものがある店は他にいくらでもある。しかし自分が一番楽しみにして行く店は、何かが起こりそうなパブリックな場所なのだ。自分が威圧的だと映るとしたら、それは私がこの店の主のように振る舞っているからかもしれない。

この店は私だけのものではなく、私はむしろ管理人のようなもの。この店の売り上げは管理料金だ。そりゃあ儲かるまい。いつだったかこの店を「部室」に例えた輩がいたが、それならば私は部長なので、たまには仕方なしに威圧的になることもあるかもしれない。
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by barcanes | 2013-07-29 20:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)

我が心のたまり場/友人の結婚の知らせ

夜、店に行く支度をしていると大学の友人から久しぶりの電話。結婚することになったからパーティーに来てくれと。あまり会話も進まずに電話を切ったけど、あとからしみじみ嬉しさがこみ上げてきた。嬉しさというか彼には感謝だ。誘ってくれてありがとう。

彼は親の残した一軒家に一人で住んでいた。大学から比較的近いこともあって、僕ら仲間のたまり場と化した。入学して初めて会ったとき、長髪にウェスタンブーツ、幅広のブーツカットにフリンジの付いたジャケットを着てた。彼の家にはいつでもブルースとブルース・ロックが流れていた。僕らはすぐさま、ブルース・バンドを組むことになった。

学校は好きだけど授業が嫌いだった僕は、単位なんて一つも取れるわけもなく、学校でぶらぶら暇をつぶしてから彼の家に通っては居座っていた。大学を辞めるなんて言って実家を飛び出した後、行くところは彼の家しかなかったから簡単に見つけられて、「オフクロさんから電話だぞ」って彼に受話器を渡された。彼は母親を亡くしていることを知っていたから、なんか恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになったことを憶えている。

いろんな人たちに励ましてもらい、ただ恥ずかしさだけが自分を意固地にさせていることに気付いた僕は、その後の2年間で上限いっぱいの単位を取って、なんとか卒業することができた。何かのメッセージに彼が書いてくれた言葉は、「同じ犬に二度手を噛まれるな」。一度は噛まれてみろってことさ。それはそのまま僕の励句となっている。

留年して最後の最後の単位、このレポートを明日出さないと卒業できないっていう日、南関東に大雪が降った。電車が止まり、学校に遅くまで残ってもレポートが終わらず、一時間ぐらい歩いて彼の家に行った。朝まで寝ずにやって、その間彼は濡れた服を乾かしてくれ、リンゴを剥いてくれた。翌朝も電車は止まったままで、ようやくつかまえたタクシーは交差点でスリップして一回転した。

締め切りの提出時間は大雪を考慮して何時間か遅らされたことで、なんとか間に合った。これですべて終わったのだと、雪も融け始めた実家への帰途、雲の隙間から照らし出された多摩センターの夕焼けを忘れられない。その後何年も「やべっ。今日このレポート出さないと卒業できないのにやってない!」なんて悪夢を見続けることになるのだが。

卒業後も彼によく会いに行っていたが、夜の世界に足を踏み入れるにつれ疎遠になってしまった。酒の弱かった僕は酒を飲むようになり、酒の飲めない彼はブルースを聴かなくなった。そのすり傷だらけのCDは僕がまとめて借り受けたまま、今もうちの店の棚の2列ぐらいを占めている。彼に教わったマジック・サムやジミー・リード、バディ・ガイやハウンドドッグ・テイラー、オールマン・ブラザーズやダグ・ザームは僕の地肉となり、この店の音となっている。

彼の家にももう随分と行っていないし、彼ももうそこには住んでいないのかもしれない。だが子供の頃に住んだ家や高校の部室と同じように、何かを残してきてしまったままのような、僕の心の中の「たまり場」として今もある。

彼におめでとうを言いに行ける機会ができてよかった。僕はその言葉にありがとうの意味を込めたいと思う。
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by barcanes | 2013-07-28 00:42 | 日記 | Trackback | Comments(0)

藤沢の歌謡会

歌謡曲を主題にした、かずまっくすさん主宰のイベント第2回。ラジオ形式で、ゲストの選曲についてホストがお相手をつとめながら話を聞いていく。40分ずつの6本番組という構成だ。

一番手はかずまっくすさんで「飛行機」をテーマに。2番手は大野さんで「CM」など。ボブ船長は「あるいじめられっ子の音楽遍歴」、まきちゃん「J.I.(稲垣潤一)特集」、バタンQことテツさん「作詞家阿木燿子(A面)特集」、浅見さん「GS特集」といった具合でした。普段しゃべらないでDJしてる人たちが音楽について語るというのはなかなかの面白さですよ。

私としては、私も大好きな阿木燿子特集が特に出物でしたが、女性の二面性をあからさまにも対比してみせる歌詞を並べ読んでみれば、怖くて嫌いになっちゃいそうでした。美しい女性というのは概して怖いものですね。なんか足蹴にされそうで。

ゆるやかな流れでみなさんのお話を聞きながら、懐かしい曲や初めて聴く歌など、全体を通して楽しませてもらいました。世代としては、私ぐらいがテレビの歌番組で演歌も聴いていた歌謡曲世代の最後かもしれません。

エレキのロックバンドが初めてオリジナル曲を演奏したのが、ムッシュかまやつのGSの時代で、テレビに出ないのがカッコいいとされた時代を経て、歌や演奏のしっかりとした録音が少しずつ衰退していく。プロフェッショナルな仕事の歌謡曲の時代とは意外と短かったのかもしれません。

いつもは洋楽を中心にDJなどしているメンバーも、当然ながら最初は歌謡曲から音楽に入ってきたわけで、そのリアルタイムな体験をふまえた選曲にはまだまだ掘り下げる余地が残されている、奥深い世界なのだと思います。若い人にはちょっとついてこれない企画かもしれませんが、これからも面白がりながら定期的に続けていきたいと思います。USTREAM中継の方も、多くの方に聴いていただけたようでした。

目標は藤沢在住の伝説的セッション・ドラマーをゲストに呼ぶことでしょうか。みなさん、今後ともよろしくお願いします。
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そして今日は夕方にCM撮影をしました。そちらも出来上がりをどうぞお楽しみに!
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by barcanes | 2013-07-27 21:31 | 日記 | Trackback | Comments(1)

夢見る奄美

奄美に旅行に行ってきたという方がお土産を持ってきてくれた。酒蔵を巡るツアーだという。「まんこい」「れんと」「龍宮」、喜界島の「朝日」「くろちゅう」などを見てきたそうだ。うらやましい。

もちろん、その中でも蔵元の規模ももっとも小さい「龍宮」がサイコーだったそうだ。当然である。「冨田酒造場」、僕も一番好きな蔵元だ。
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(焼酎がだいぶ減ってしまった当店ですが、それでも冨田のお酒だけは今でも各種揃っております。「らんかん」「まーらん舟」「宝もん」。「あ」で始まって「ん」で終わる命名にこだわりがあるらしい。)

どこかの酒屋さんで店のオジさんが歓迎にサンシンを弾いてくれた。奄美のシマウタは裏声を使って、沖縄とは違うんだよね。と言うから、ちとせちゃんの高校生の時のCDを久しぶりにかけた。

私も10年ほど前、お店を始めたばかりの頃に黒糖焼酎と奄美の民謡にハマって、それでも奄美に行けなかった。あの時に行っとけばよかったと思うのだが、なぜか行けなかった。いろいろ下調べもしたし、奄美と名の付く店やイベントに通ったりした。でも結局、休みを取るってことができなくて、島の地を踏むことができなかった。

ある人には簡単なことが、またある人には簡単ではないってことが、あるものなのでしょう。

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そんな頃には奄美を夢見て、店で民謡のCDを聴きながら黒糖焼酎を啜ったものである。特にちとせちゃんの清々しい歌声には、冨田酒造場の「かめ仕込40度」の熟成の若い、青々しくキリッと度数の効いた飲み口と香ばしい後口がよく似合った。いつか、彼の地へ。

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歴代の「かめ仕込40度」。この酒には愛着がありまして、ビンテージが2001から2004まで残っております。社長直筆というラベルの文字はほぼ一定しております。

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左上より、ベテランなら武下和平「立神」、築地俊造「と~とがなし」、UAが一曲歌っていた朝崎郁恵「うたばうたゆん」。若手なら中村瑞希「うたの果実」、中孝介「諸鈍」、などよく聴いたものである。伝統的なサンシン弾き語りに合いの手が入るスタイルもいいが、ピアノなどのコードが入ったアレンジものも良いものがある。
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by barcanes | 2013-07-26 20:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Ry Cooderウィーク

選挙特集「Election Special」というアルバムが近作のこともあって、最近は久しぶりにRy Cooderをよく聴いた。スライド・ギターの名手として知られているが、いわゆる左翼的と言うか、若い頃から貧しい人たち、虐げられた人々の歌を取り上げ、アメリカにおける差別やマイノリティをテーマにした音楽を発表している。

一方で、ワールド・ミュージックの取り上げ方にアメリカ的とも言える自己中心的な「利用」をしているという批判もないわけではない。取り上げることが利用となってしまうのだ。差別批判が逆差別に陥ってしまうという面も否定できないのが、Ry Cooderの複雑な立ち位置とも言えるだろう。

それでも彼の音楽をずっと聞いてきたし、その斬新とも言える手法に感化もされてきた。ある提案をすれば批判にさらされるのは当然のことで、政治的かと言われれば、彼の視点は上にも下にも、異種多様の音楽が混ざり合ってハイブリッドし、奇妙なものさえも生まれるようなスタンスにあるのだと思える。

言ってみれば、オウセンティックでスタイリッシュな形式的音楽に対する、反権威主義の音楽とでも言えるのではないだろうか。自分が無意識にも利用しているのは既に存在している形式であって、それに従うにも反するにしても、それを意識してるか否か、という点において権威的にもなりうる。我々の周りにも蔓延する「無自覚的な保守」、それ自体が悪いとは言えないが、それに対するアンチテーゼ。それが手法や形式におけるオリジナリティとして彼の表現になっているのだと思う。いや、そうでもないか。

ということでRy Cooderの、ちゃんと買ったもののあまり熱心に聞いたとは言えない2000年代以降の近作を。

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左上より、
Election Special 2012年
Pull Up Some Dust And Sit Down 2011年
San Patricio (The Chieftains Featuring Ry Cooder) 2010年
I, Flathead / The Songs Of Kash Buk And The Klowns 2008年
Chavez Ravine 2005年
Mambo Sinuendo (Ry Cooder & Manuel Galbán) 2003年
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by barcanes | 2013-07-25 20:35 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ソマリランド(続き)

さて前置きが長くなってしまったが、テーマはここから。このように依然混乱が続く南部ソマリアと違って、北部のソマリランドがどのようにして超民主的と筆者が言うような国家を作り上げてきたのか。本書のほぼ全体はそのドキュメントになっているのだが、興味深いのは本書の最後部、その作り上げた政治体制である。

まず政党の数が三つに限定されている。無数にある氏族や分家を基盤に政党を作ってしまわないようになっている。議員を選ぶ前に政党を三つに絞る選挙を、10年に一度行うことになっている。全土を6つの選挙区に分け、得票率の上位3党が公認政党となる。しかも6つの選挙区のうち最低4つの選挙区で20%以上の得票率を得ることが必要とされている。つまり特定のエリアだけで支持があってもいけないようになっている。

議員の選挙は政党単位で行われ、無所属はない。これとは別に大統領選があり、各党から一人ずつ候補者を出す。そして議会とは別に、氏族の長老からなるグルティ(長老院)があり、一見アメリカの「大統領、上院、下院」と似たような構造になっている。

長老院は氏族や分家レベルの長だけが参加できる。貴族院のようなものである。長老院の賛意がなければ法案は成立せず、議会に差し戻され、修正を加えられる。しかし財政や予算などには関与しない。ポピュラリズムを監視し、また議会の扱わない議題を提出することもある。

著者がソマリランドの友人に日本の衆議院・参議院の仕組みを説明すると、「それは意味がない」と言われてしまった。「両方政治家がやっているじゃないか。もし与党が両方の議会で多数派なら、自動的に法案は可決されてしまう。もし上の議会(参院)で与党が少数派なら法案は通らない。もし下の議会(衆院)で多数派が3分の2以上なら上の議会はいらない。どっちにしても意味がない。」

ご存じのように、参院で否決されても、再度衆院で3分の2以上の賛成があれば可決する。そうでない場合、法案の修正するのではなく、取引によって人数合わせをする我が国のやり方は、明らかにソマリランドより進んでいるとは言えないのではないか。

その他、弱小野党が乱立して一党独裁を下支えするような我が国の政党制のあり方や選挙の仕組みなど、知られざる独立国家ソマリランドに学ぶところもあるのではないだろうか。憲法を見直すというのなら、選挙や政治体制のあり方によって政治の権力に制限を与えるようなことの方を考えるべきではないかと思ったのでした。

その他この本では、海賊がレンタルで船や武器を集め、裏情報を得て船を襲う話や、若い女性の敏腕ジャーナリスト、「カート」という覚醒植物である合法ドラッグなど、興味深い話が満載である。ソマリ人の複雑な氏族体系を日本の戦国武将の抗争に例えて説明しているのも面白かった。まさに日本でいうところの何百年前の戦国時代が、アフリカの片隅ではこの半世紀の間にも続いていたのである。

これをとって、だからアフリカ人は遅れてる、なんていう話ではない。むしろハイパーなのだ。昔のものと今のものが直にハイブリッドして、新しいものになってしまうのだ。「戦国自衛隊」どころではない。戦国民主主義、とでも言っておこうか。帯には「西欧民主主義、敗れたり!!」と書かれている。
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by barcanes | 2013-07-24 20:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ソマリランド

白いアイリッシュの宣教師(仮名)からお借りしていた本を読み終えた。「謎の独立国家ソマリランド~そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」(高野秀行著、本の雑誌社、2013年)という500ページ厚版のルポルタージュだ。著者は早稲田の探検部のOBで、数々のノンフィクションを残しているそうだが、いずれも未読。
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自衛隊が沿岸地域に派遣もされているソマリアは、大方のみなさんには海賊がウヨウヨしていて危ない国、というようなイメージしかないと思う。実は我々が「ソマリア」と思っている国(のようなもの)は大きく分けて3つのエリアに分かれており、海賊が謳歌しているのは主に北東部の「プントランド」という自称国家である。

それ以外でソマリアと言えば、アメリカの軍用ヘリコプター「ブラックホーク」が撃ち落とされたことが知られていると思うが、それはイタリアが旧宗主国であった「南部ソマリア」のことである。首都モガディショが位置し、氏族同士の内戦やイスラム過激派アル・シャバーブなどが割拠して、最近でも戦闘状態が続いているそうである。

その他ソマリ人と呼ばれる人たちは、隣国のジブチ、ケニア、エチオピアの難民キャンプなど、アフリカ東端に広く暮らしている。古くは遊牧民であったソマリ人は土地に従属するのではなく、「氏族」のつながりに属している。住所ではなく、氏族とその分家、分々家、分々々家、分々々々家、分々々々々家、というように辿っていくことで、その人間がどの村のどの家族なのかが分かるようになっている。

悪いことをすれば、その一族同士が清算する。例えば男を一人殺したらラクダ100頭、あるいはそれに相当する金額、というような「掟」が各氏族に共有されているそうだ。なので警察が要らない。

南部ソマリアの旧宗主国イタリアは、その氏族の文化を壊し、それらの「掟」のシステムも破壊してしまった。それによって氏族同士の争いを自分たちの手で収束させられなくなってしまった。

それに対してソマリア北部のイギリスが統治したエリアは氏族と長老の文化が残っていたため、長く続いた内戦の時代を自分たちの話し合いで解決し、超民主的な国家を作り上げたというのだ。それが「ソマリランド」である。

簡単にソマリア地域の歴史を確認しておくと、19世紀にイタリアが南部、イギリスが北部を植民地化。1960年、ソマリランドがイギリスから独立。その5日後にイタリア領も独立して南北が合併し「ソマリア共和国」が成立。内部の氏族の対立、隣国ケニアやエチオピアとの関係、ソ連やアメリカの影響などもあって混乱。ソマリア政府と反政府組織が対立、戦闘が勃発。90年代は内戦の時代に。91年、ソマリランドが分離独立を宣言。93年、アメリカ主導の国連部隊がソマリアに派遣。「ブラックホーク・ダウン事件」を経て95年に国連軍撤退。

96年、ソマリランドは各氏族間で和平交渉の末、内戦終結。憲法制定、武装解除などが行われる。2001年、住民投票で97%が新憲法に賛成。2003年、国民による初の大統領選挙が行われ、民意による初の政権が誕生。2010年、選挙によって平和裡に政権交代が実現。

一方ソマリランド以外の地域では98年、「ソマリア共和国内の独立政府」としてプントランド政府の樹立を宣言。2006年、ソマリア暫定連邦が発足。イスラム勢力の拡大、海賊が活発化、欧米の支援を受けたエチオピア軍の侵攻、南部ではアル・シャバーブが勢力拡張、ウガンダを中心とするアフリカ多国籍軍「アミソム」が平和維持活動などを経て、2011年、エチオピア軍とケニア軍がソマリア侵攻。アル・シャバーブを撃退して2012年、21年ぶりに公式政府「ソマリア連邦共和国」が発足。しかし氏族間の戦闘や暗殺、爆弾テロなどが続いている。(以上、巻末の「近現代史年表」参照)

長くなってしまったので、続きはまた明日。
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by barcanes | 2013-07-23 16:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

参院選、政治権力と「ねじれ」

大方の予想通りだった参院選だが、今日の新聞で衝撃的だったのが、「ネット参考にせず86%」という記事だ(共同通信の出口調査)。ネットを参考にしたのが最も多かった20代でも24%、全体で約1割。ネット上でワイワイやってても、そんなのはホントに一部の少数派なんですね。それも今回初めてのことですから、そのうち変わってくるんでしょうね。

またニュースには「ねじれ解消」という文字が踊った。これには私は違和感を感じる。法案がスムーズに通り、政策が進みやすくなる。これにより改革が進み、経済が加速するという。万が一に暴走でもした場合、それを止められるのは構造上は与党内にいる公明党だけということになる。内部以外の誰にも止められないもの、それが政権、政治権力。嫌な言葉だ。(ですから憲法改変は怖いですね。)

もちろん政権は国民の顔色をうかがい、支持率だとか調査とかネット上のビックデータだとかをいろいろ気にして運営していくのだろうが、要するに国民というのは権力ではなくて「顔色」でしかない。顔色っていうのは言葉ではなく選択肢、色調のない色ですね。少ない選択肢の中から選ばざるを得ない。基本的に選択とはイエスなのだから、大半の人がイエスになるような選択肢を用意しなければ、積極的な決定にはならないはずだ。

だから政権とは、選択肢を狭めてその中からマシな方を選べ、と迫る権力ということになる。国民投票にでもならない限り、Noを言う権力は国民にはない。Noを言う力を政治家に預けて、顔色だけでもの申すしかないのが我々国民というわけだ。(投票率が上がらないのも、選択肢に対するNoの表現だと捉えることもできると思う。)

そして参議院とはなんなのか。衆議院の決定に疑問の余地ありとしてNoを言い、国民の大半がイエスと言えるようになるまで議論を尽くすように差し戻すためのものではないか。それを「ねじれ解消」として、議論を尽くさずに強行できるようになったことを喜ぶかのように表現するのには、強い違和を感じるのだ。それなら参院は本当に必要ないのだし、あるいは政党制とは別の仕組みによって組織されなければいけないのではないだろうか。

確かに、何かを進め加速させるためにはNoのブレーキを無くせばよいのだろうが、それってバブリーな考え方ではないんでしょうか。世の中はちょっとしたバブル気分を求めてるってことでしょうね。
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by barcanes | 2013-07-22 16:44 | 日記 | Trackback | Comments(0)