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イエス

レコーディングがずっと続いていたというミュージシャンがミックスしたばかりの音源を持って来て、一緒に聴かせてくれた。うちでかけるとどんな感じで聞こえるかチェックしに来たんだそうだ。こういうの系でいうと何系?と聞けば、カフェ系っていうんですかね。あるいは草食系?とか言ってた。確かにオシャレなサウンドだ。今時っぽいという音があるとすればこういうサウンドか、と勉強になる。でも個人的にはもう少しザラッとした質感がほしい気もする。

さて昨日の続きでラノワのインタビューから。「メンバーを励ましてより良い音楽を引き出す」ことについて。

「(前略)あらゆるアイデアに対して「イエス」と言うことだ。人に対して「ノー」と言ってはいけない。とりあえず「イエス」と言うんだ。そのアイデアがうまく行くこともあれば、行かないこともある。そこは判断しないといけないけどね。人を手引きしたければ、僕の場合は「それは良いアイデアだけど、まずはこっちを仕上げようか?そっちは後でやってみよう」と言うかもしれない。人のために何かする場合は、中庸でないといけないんだ。バランスをうまくとって、持ち寄られたアイデアをそのままにしておかないことだよ。」(Sound & Reording Magazine 2012年3月号)

我々のような客商売にはとっても参考になるアドバイスでございます。「ノー」と言ってはいけない、そうです。

今日で4月も終わり。家賃を二カ所分支払い、銀行の残高がまた随分と目減りしたなあと思ったら、国民年金が一年分一括で引き落とされていた。税金を払わない分、こんな私でも年金ぐらいは払い続けてますよ。年をとって返ってくるなんて信じている人がいたらそんな酔狂なことはない。こんなものは払わなくたっていいんです。税金だと思えばいいんですよ。見返りのないものを払い続けるんです。イエス。
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by barcanes | 2013-04-30 22:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ツリーハウスとヴォイス

今日は早起きして大磯まで。ツリーハウスでチャリティー・ライブをするというまえかわとりえちゃんを見に子供を連れて行ってきた。マイクなしの生楽器生声で、遠くまで届かないだろうけど、みんな静かに、子供たちもおとなしく聞いていた。改めてまえかわは自分の声を持っているなあと思った。

自分だけのサウンド、あるいはヴォイスを持つということが、耳目を集めるという点で大事なことなんじゃないかと最近ますます思う。それは上手いとかキレイということとは少し違う次元で、またメロディーとか歌詞がどうかとかいうこととも関係なくはないけど違う。

おそらく、楽譜というやつにはサウンドに関する指示がない。あってもずいぶんと抽象的なものでしかない。楽譜が読めないミュージシャンというのが成り立つのは、楽譜が音楽の大事な要素の一面しか伝えていないからだと言うこともできるだろう。

それだけ音楽には楽譜以外のものが大事だということであるが、そのひとつがサウンド、いわゆる音色、楽器や機材の音、あるいは音響的な要素。そしてなによりその人の声や楽器のタッチ。その肌触り、息づかい、つまりはその人の生活や生き様ってやつだ。

私はまだ買ったばかりのダニエル・ラノワの自伝をちびりちびりと勿体なさそうに読んでるので、その本について言及できないのだが、その代わりと言ってはなんだが、雑誌に載ってたインタビューを抜粋。

日本で音楽制作をするクリエイターにアドバイスを、と問われて応えるラノワ。
「自分の心に従うこと。他人の心には従わないこと(笑)。技を身に付けたら、ユニークな自分のアプローチを見つけることが一歩抜きん出る際に大いに役に立つ。"finding your own voice"という言い回しがあるんだけど、これは単に歌うことではなく、自分が最も情熱を傾けられるものを見付けるということなんだ。自分にとって新鮮で気に入ったものがあれば、ユニークな方法が見つかるはずだ。誰だってオリジネイターが好きなものさ。コピーするのは簡単だけど、結局僕たちはそれまで聴いたことのないものに反応する。そういったものに魅了されるんだよ。」(Sound & Recording Magazine 2012年3月号)

彼はヴォイスと言っている。それは声であるとともに何を言おうとしている声かということでもあるし、それは情熱や熱意と呼ばれるようなものでもある。そしてそれは「ユニークな方法」という意味さえ含んでいる。

まえかわの弾き語りには、それまで聴いたことのないようなものがあり、つまり彼女はヴォイスを持っているっていうことだと思う。

海の見える森」というところはもとは別荘だか保養所だったという立派な建物と森を、今は障害を持った子供たちのためのショートステイの施設として使っているそうで、日本で初めての子供のためのホスピスということだ。裏山の斜面に立派な椎の木?があって、見事なツリーハウスが架けられていた。娘のなっちゃんもこのツリーハウスが気に入ったようで、随分と長い時間居座ってお昼ご飯を食べたりした後は、暖炉のあるホールで中西文彦さんの生音でのソロギターを聴いた。

6月にはまえかわと中西さんの二人による「The Xangos2/3」のライブもあるし、中西さんとジャズ・ピアノの巨匠と言ってもおかしくない大口純一郎さんとのデュオのライブもやります。6/2の「Potluckナイト」にはまえかわも来てくれるそうなので、なにかおもしろいものが聞けるかな。
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写真はツリーハウスのふもとで演奏するまえかわともことパーカッションの宮武理恵。子供たちはりえちゃんのパーカッション群に眼を奪われてます。
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てっぺんの小屋からは大磯の海が見えました。なっちゃんは階段やはしごを何度も登りたがり、靴まで飛ばしました。
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by barcanes | 2013-04-29 21:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)

藤沢のディープな歌謡会

「ほほえみ歌謡ナイト」に続く新企画「藤沢歌謡会」第一回目。シンセ・ドラム「シモンズ」を使った曲をテーマにした「シモンズ歌謡」は主宰カズマックス。つづく大野さんは1980~83年という時代の音をテーマに「ニューウェーブ歌謡」。一風堂やプラスティックスなど、新鮮に響きました。

3番手のテツさんは「ボッサ歌謡」から「ジャズ歌謡」、そして「AOR歌謡」へ。民謡から大野雄二、布施明にストリート・スライダースと、幅広い選曲に会場は大いに盛り上がりました。そして最後はゴールデンウィーク後半に大阪で行われる「春一番」コンサートに4日間通し券で行くという気合いの入った御大、浅見大先生。「木漏れ陽ロック和モノ編」と題して、なんと昨日いらしたBUZZの「朝」から今度5/12にも来る今西太一「春だよ」で締めるというCane's絡みのイキな選曲。

日本の「歌謡曲」を深堀りするこの企画は、今後も斬新な切り口で新たな「和モノ」の魅力を切り拓いていくことになるでしょう。私の考えた切り口としては、長調vs短調で紅白ばりに対決する「長短歌合戦」、関西vs横浜の「ブルース対決」、阿木耀子などの作詞家特集、そしてずばり「上原ユカリ歌謡」などなど。私の担当はどうやら「ムード歌謡」になりそうだ。

次回に乞う御期待。新たなゲストを加えて、また7月頃にやりましょう。
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最初から最後までトークの聞き役になってくれたホストのカズマックスと大野さん。
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今日の選曲はやはりYMO関係が多くなったのですが、もうすぐ命日のキヨシロー絡みでアッコさんの「Japanese Girl」がこの日の一枚かなと。
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by barcanes | 2013-04-28 02:31 | 日記 | Trackback | Comments(0)

楽しみな時間、プロの仕事

先月に貸切イベントをやっていただいた還暦デュオ「T42(Tea For Two)」のライブが早くも2回目。今回もゲストにBUZZの東郷さん。そしてお客さんも40人近い満員!集客力とそして飲みっぷりもスゴい!若い人たち、全然負けてますよ!!

音楽イベントは上手い下手ではなく、キャリアや知名度でももちろんなく、それが楽しみかどうかなんだろうな、とこういうとき思うんです。同級生や息子(80代のお母さん方もご来場)の演奏やおしゃべりをみなさん楽しみにしてらっしゃるんですね。

普段の飲み屋っていうのはそういわけでもなく、飲まずにはいられない、どこか寄らずには帰れないっていう人たちのための場所という役目もあるわけです。いつでも、誰にとってもの楽しみな場所というわけでは必ずしもない。でもイベントの時には、やはりいかに楽しみな時間にできるかということなんだと思うんです。

ミュージシャンや演者は自分たちが何をするか、どんなことができるかを考えるわけですが、それがどのような楽しみにつながっていくのかを考えることもしなくちゃいけないとなると、それは大変なことです。一緒に楽しいことを考えてイベントなど企画してくださる方を当店はいつでもお待ちしてます。

さて今日は、たまたま休みでヒマだからさ、と手伝いに来てくれたのはプロのPAマンのアニキ。早い時間から来てくれて、まずはデジタル・リバーブの設定から。舌打ち音を出しながら各種数値をパッパッと決めていく手際の良さにヤラれました。

リバーブを効かせた状態でグライコをザクっと決めて(なだらかなカーブを作るより、どこかひとつのバンドをザックリ落とす方が元の音のロスを少なくすることができる)、マイクスタンドにすべてのマイクをセットしてハウリングのチェックをし、ピアノのマイキングもして、その合間にはマイクスタンドのネジの締めを確認しケーブル類を丁寧に巻き直し、イスを並べたり空いたグラスを下げてくれたりまでも。その技の全てを盗もうと狙っていたのですが、とうてい叶うわけもなく。
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せめて今日のセッティングをそのままにしておいてくださいとお願いして、残されたグライコの仕事の後がコレ。普段プロの怖い人からアイドルや外タレまでを相手にしている人が、アマチュアのライブにでも丁寧に真摯に裏方に徹してくれる、その姿勢に打たれたのであります。

そして「いいイベントだったね」と言い残して。ホントにね、プロもアマも関係なく、音楽が好きだし音楽をナメてないんですよ。音楽はこういう裏方によって、良いものになるんです。ありがとう、アニキ。長い付き合いですが、初めて仕事っぷりを垣間見させてもらいました。

イベント終了後の深夜にはレコーディング・エンジニアもやるピアニストとライブPAもやるスタジオ店主が来て、今日のイコライジングをネタに機材の話で盛り上がる。僕も詳しくはないがそういう話が大好き。彼らにはいつも勉強させてもらっています。

「T42」の貸切イベントは、また6/8(土)に予定しています。当店ではアマチュアの方のライブなど、貸切イベントをやりたいという方をお待ちしています。ライブに限らず、プロジェクターを使った映像のイベントや、DJのイベントなども可能です。フードのケータリングなどもできます。人数や予算など、ぜひお問い合わせください。
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by barcanes | 2013-04-27 21:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

予知夢

珍しく見た夢をはっきりと憶えていたので枕元の手帳に書いておいたほどだった。卒業後たぶん一度も会っていない部活の仲間、藤岡君が店に来たんだ。そして同じ部活の仲間、高山君もちょうど店に現れる。おー、誰か呼ぼうぜ。浴衣を着た山中君も来る。藤岡、君はどこで何をしてたんだい。長野の大学に行って、勉強もスポーツもせず雀荘に入り浸ってたな。

そうか、みんな会いたがってるんだから連絡したらいいよ。ハガキでも出したらいい。秩父の武甲山の絵はがきが寒中見舞いで届いた。俺たちは山小屋のようなところで話してた。じゃあ俺は帰るよ。俺は山小屋を後にして、青い星雲のような夜空に低く出ているでっかい月に照らされた、急な山道を下りていた。

その夜のこと、高山が来て山中はどうしてるかなって言うから、そういえば年末に店に来てくれて、とうとう結婚するって言ってたよ、プロポーズしたんだって、って答えた。そしたら結婚式かパーティーには久しぶりにみんなで集まれるかな。フジは、藤岡は来るかな。っていうところで今朝見た夢を思い出したんだ。

俺、今日ちょうどフジの夢を見たんだよ!山の方にいるらしいよ、きっと。誰も連絡先を知らないんだけど、そろそろ会える気がするよ。

その夜は70日ぶりに帰国した船乗り、小学校の同級生など久しぶりの来客。そして10年ぶりという昔の常連さんは、顔も雰囲気も変わったように見えたけど、名前がすぐに出て来るもんなあ。本名なんて知らなかったんだけど。昨日は休みだというのに昔のお客さんたちが3人で来てくれたそうだし、なんか月に呼ばれたのかな。今日は満月だ。
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by barcanes | 2013-04-26 21:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

休みの日は

休みの木曜には母と子供と一緒に遊びに行くっていうと、辻堂のテラスモールの子供服売場を片っ端から回ることが多いのだけど、今日は少し足を延ばして奄美カレーのお店「カフェ・キョール」に行ってきた。娘のなっちゃんは初めてのお店にもかかわらず一発で気に入ったらしく、店内を歩き回り本棚の本を片っ端から取りだし、お店に流れているアイリッシュ音楽に乗ってご機嫌でくるくる踊ったりしてた。

奥さんのちよりさんは奄美のご出身で自然食にも造詣が深く、嫁や母とも話が合い、すっかりリラックスして楽しませてもらった。ダンナさんのあたたかい手作りの料理も心を落ち着かせてくれるやさしい味。僕は奄美名物の出汁のきいた「油うどん」。上っ面なショッピングモールでは決して味わえないほんわかした気分で家に帰った。また家族で行きます!

なっちゃんをお風呂に入れた後は、南口に一人繰り出して店主たちとイベントの相談など。とある夫婦の馴れ初めから様々な裏話を聞き出して、使えそうなネタを手帳にメモっておきましたとも。

カフェ・キョールのHP
魅惑のメニューの数々は画面左上の「カテゴリ」から「メニュー」を選ぶと見れます。
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by barcanes | 2013-04-25 21:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ヒマでも動く

昨日はとってもヒマだったのに、あちこちから連絡が入り、一日でイベントが4つほど決まった。こんな日もあるものだ。6/2のポットラック・ナイト、6/9のポスポスさん、6/18の中西さんと大口さんDUO、そして5/12の太一さんの日にはドラムのゲンキ君が来てくれることになった。

それから友人の離婚の話も聞いた。今年も早くもいろんな人たちにいろいろあったはずだ。それで雨の今日もヒマの中、またもうひとつイベントを決めた。6/30は今年も上半期の晦日。大祓えの茅の輪くぐりの日だ。そこで「ダメ男大祓えナイト」。上半期の厄を落としたいと思います。

その後深夜には8月の我々のバンド合戦イベントの話。なんだか最近イベントの話ばかりしてる。ようやくお店も少しずつ動き始めてるような気がする。
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by barcanes | 2013-04-24 21:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Richie Havens

リッチー・ヘヴンスが亡くなったというニュースを目にした。映画「WOODSTOCK」の出演者で最初に登場する彼の姿に度肝を抜かれた人は少なくないだろう。汗がにじむオレンジ色のインド綿の服の、足下のサンダルが細かいステップを踏んでいた。

GUILDのドレッドノートをアゴのところまで深く抱えこみ、左手の親指でセーハして弾く独特の奏法。あのチューニングはオープンEだ。ボディーのケツの方からまわし込んだ右手には大柄の三角ピックが握られ、ブリッヂに近いところを素早くかつ距離のあるストロークをすると、硬質の鉄弦の音がGUILDならではの派手さのない箱鳴りの低音と合わさり、サステインの短さを補うような激情がボディーに深くかきむしる傷を残す。

大学に入ったばかりの頃、教室の大画面のスクリーンに映して見たWOODSTOCKは衝撃的だった。その中でも、彼のこのシーンは繰り返しよく見た。そして彼の奏法をマネしたものである。

動いているリッチー・ヘヴンスの映像を見たのはそれと、Bob Dylanの30周年コンサートの時、「Just Like A Woman」のメジャー7thを活かした見事なカバーぐらいしかない。あのメジャー7thは、2弦から6弦までを親指でセーハし、1弦だけ1フレット下を人差し指で押さえる。ちなみにマイナー・コードは3弦だけ1フレット下を押さえるのだ。その場合、1、2弦は中指か薬指かどっちだったっけか。

しかしその後、私は生で彼のライブを見る機会に遭遇した。しかもわずか1メートルほどの距離で。ロンドンの郊外の小さなライブハウスだった。おそらく97年の冬。情報誌にちょうどそのライブの記事を見つけたのだ。享年72ということだから当時56歳ということになるが、WOODSTOCKそのままの姿だった。少なくとも私にはそれだけの衝撃だった。

弾き語りで、どんな曲をやったか憶えていないが代表曲を何曲かやったと思う。最前列であっけにとられながら彼の大きな鼻の穴を見上げていた私は、終演後ピックを拾った。例の三角型のヤツだ。深夜にバックパックを抱えてそのライブハウスを出て、確かCharing Crossの駅で毛布にくるまって朝まで過ごし、ドーバー行きの列車に乗ったのを憶えてる。

彼のレコードはWOODSTOCK関連であることからロックの棚にあったり、あるいはシンガーソングライターであったり、ブラックであることからソウルのコーナーにあったりもするが、私はなんだかフォークな気がしていた。グリニッヂ・ビレッヂのシーンから出てきてDylanのカバーなどもしていたからだが、ゴスペル・グループで音楽を始めた人だそうである。

いわゆるジャンル分けの難しい人ってやつだ。当時のフォーク・シーンの雑多な要素を持ちながら、伝統的でもなくファッションでもなく、大衆に向けた音楽としてのフォーク・ミュージックなんじゃないかな、という気がする。それよりもなんと言ってもやはり、あの野太い声と「Show-Stopper!」と誇らしげにアルバム・ジャケットに書かれていたような、唯一無二のスタイルを持ったパフォーマーであることに疑いはない。
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72年の2枚組ライブ盤「On Stage」(MGM傘下のStormy Forestレーベル)はジャケットも盤面も傷だらけの廉価だったが、むしろそのノイズがしっくりきていた。その傷が彼のギターを思わせたからだ。Van Morrisonの「Tupelo Honey」から代表曲のひとつ「Just Like A Woman」へのメドレーが素晴らしい。

今日は思わず「WOODSTOCK」のビデオを見てしまい、リッチーとジョー・コッカーとカントリー・ジョーで涙腺が緩んだ。かの「Handsome Johnny」は今でも問いかけてくる。

いつの時代にも「ハンサム・ジョニー」はいて、戦争のために行進をしている。アメリカ独立戦争からベトナム戦争まで、その時代の武器を手にして。それが公民権運動では握り締めた拳に変わることもある。とにかく「ハンサム・ジョニー」は行進を続けている。自由になるまでの長い長い道のりを。

ハンサムなジョニーは正義に篤いのだろうか。この曲の切なさは「行進 Marching」にあると思う。正義だろうが兵役だろうが、デモだろうがお祭りだろうが、甲子園の開会式だろうが子供のマーチング・バンドだろうが、行進なんてクソくらえだ。カーニバルも葬列も。もしかしたらN.O.のブラスバンドでさえも。僕もきっと「ハンサム・ジョニー」だったんだろうと思う。
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by barcanes | 2013-04-23 04:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

望郷歌

Bob DylanのラジオをMDに録っておいたのをお店で聞いていた。「Drinking」の回だったか、Merle Haggardの曲がかかった。僕は彼のその名も「Drinking」というコンピCDを持っている。それからLoretta Lynnの曲もかかった。確か浪人している頃、テレビの深夜放送で彼女の伝記映画を観て感激して、レコードを探しに行ったんだった。

ラジオの後、彼らのレコードを聴いた。3コードしか使っていないような非常にシンプルな曲のオンパレード。似たような曲ばかりだけど、それがいいんだよな。それを一緒に聴いていたアニキが「こういうカントリーはもともと望郷歌なんだよね」と言った。そっか、望郷歌か。と僕は思った。

アメリカは移民の国だ。もはや故郷を知らない世代の人も望郷の歌を歌い続ける。そのうち故郷が別の場所に置き換えられ、望郷の気持ちだけが残ってゆくかもしれない。私もまた故郷を知らず、故郷を忘れた民の一人であり、残された望郷の気持ちがどこかを故郷と定めようとする。この街を自分のローカルとして居場所を見つけ、居座りながらもどこか愛しきれないような気持ちというのは、愛郷心というよりは望郷の心なのかもしれない。

それならば僕らの望郷歌とは、どんなものなんだろうか。まだ見ぬ街がこの街にもあり、故郷は失っても、あるいは失ったからこそ心の中にあるもの。その両端の間で揺れ動くからといって、それを愛郷や愛国心と言ってしまうのはちょっと違うんだろう。

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by barcanes | 2013-04-22 09:05 | 日記 | Comments(0)

石上の死神祭

夕方より南口「ロケット・デリ」にて死神祭。石上のイシガミとシニガミをかけたイベントだ。(ホントはいつも賑わってる店だけど、)石上に人がいないというのは死神に呪われてるからじゃないの、ということなのである。

確かに、石上という地はもともと境川の氾濫地なので、ロケデリの辺りも昔は河川敷のような場所だったんだと思う。僕は以前、石上について書いたことがあり、今でもブログのヒットが多いのだが、石上には渡し船の石神とも言える地蔵が今でも立っているのである。

その地蔵は、今の東京ガスの裏手にある上山本橋に流れている境川がもう少し西寄りに流れていた頃(つまり江戸時代まで)、大水が多くて橋が架けられなくて渡し船があった頃に、旅の安全を願って祭られたという。洪水のたびに流され無くなったが、下流で見つかったりして何度も元に戻された地蔵で、おそらく何度も世代交代しているその地蔵は、今でも石上の入り組んだ住宅地のある宅地の駐車場の片隅に置かれているはずである。

「死神祭」のシニガミは、僕が思うにその地蔵に関係しているのだが、そんなことは普通は誰も考えもしないことだ。しかし、僕にとってこのイベントは、この地蔵が置かれたことに関する、ある種の地鎮祭のようなものなのである。

死神とはワザワイをもたらすだけではなく、ワザワイから守ってくれる神でもある。身代わりのお守りっていうのと同じ作用である。ワザワイをもたらすのも遠ざけるのも死神しだい、死神へのお祭りしだいなのだ。

思うに歌や音楽は何かに対する奉納なのだ。自己満足の音楽ではなしに何か誰かのために奉納されるようなとき、その音楽はどこかに届こうとするので、そのついでに誰かにも届くかもしれないのだ。何が届くのかは知らないけれど。

そういうときにはアマチュアもプロも関係ない。僕のような素人にも歌わせてくれるこのイベントが僕は大好きで、おそらく一番楽しんだのは僕だろう。飲みに来てくれた詩人や、遊びに来ていた女性シンガーも思わず飛び入りして何かやりたくなっちゃう、そんな雰囲気なのだ。おそらくそれは僕ら素人が焚きつけたんだろうけど。願わくばもう少し奉納の気持ちが篤ければ、もっと準備してもう少し上手になれるのかもしれない。まだまだ死神さんには感謝が足りないのだろう。
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by barcanes | 2013-04-21 01:44 | 日記 | Trackback | Comments(0)