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結婚パーティーを終え

17日に八幡宮で神前式というものをやった。身内だけで、貸し衣装なんかも着なかった。みすぼらしい格好なもんだから(唯一着の安物スーツ)、担当の神職さんに「ところで新郎新婦はまだですか?」と言われてしまった。それでもおそらく金額分のことはしっかりやってくれた。新郎は神前で祝詞を読まされるのだが、これはこれまでの朗読の成果が出て、比較的うまく読めた。大神様に全身全幅の信頼を寄せますというような内容で(たぶん)、僕は神道信者でもなんでもないが、それは教会でやろうがどこでやろうが同じことで、郷に入っては郷に従えである。つまりは仲介者のやり方に合わせるということだ。その仲介者が友達でもいいし、仲人のようなものになるのかもしれないし、あるいは庶民の歴史とすればそれは家やムラみたいなことになるのだろう。要するに、何かに合わせるということなのだ。人に合わせることが苦手な者としては、たいした進歩である。

両家が対等であるという立場であるとするならば、なんらかの仲介が必要で、そうでなければどちらかの家が、たいていは新郎の方の家のやり方に合わせることになり、それはどことなく人身取引のような風合いが結納などの形式に残されているように思える。唯一違う結婚の仕方があるとすれば、それは本人たち二人だけでするということになるのだろう。仲介者もいらないし、結局は本人同士がどうにかしていかなきゃならない問題だからだ。

しかし実際のところ、幸い両方とも家族がいて、それなり(それなり、というのがなかなか難しい、結局は一番の問題ではある)のことをしようとすると、それらのすべての要素が少しずつ絡み合うということになる。「好きなようにしなさい」と言ってくれても、そこから常識のズレが明らかになり、自分がいかに常識がない人間かということが思い知らされると同時に、家族の中に潜在的に存在していた意識のズレが表面化するのだ。そもそも結婚式をどうすればよいかなどという問題は家族の中で話し合われることなんてないし、そのようなシキタリから逃れてきたような我々の親の世代でさえ、どこかでシキタリのような共通の基盤を必要としているのだろう。何らかの仲介性を。

我々が親となって、子供の結婚を迎えるというようなときがきたら、どのように対処するだろう。自分のことを棚に上げずに考えるなら、どんなに滅茶苦茶な相手だろうが反対も文句も言えないのだろう。ただ受け入れるしかない。合わせてあげるしかないのだろう。その「なにか」に。

というわけで、とにかくも両家族そろって、そんなよくわからない「なにか」に合わせてくれて、なんとか無事に終えることができた。実はそこに唯一家族以外のA君がカメラマンとして来てくれていて、終わってみれば彼の存在がとても重要であったことに気づいた。神社からカメラマンの許可証の「札」を首から下げるように言われ、神殿の外側の回廊まで入ることが許されるのだが、その札が結構デカい。A4かB5サイズぐらいある。ちゃんとスーツを着てきてくれて、その上にB5をぶら下げて、式の間じゅう視界の隅に入ってくるその姿が、なかなか笑わせてくれるのだ。

そんなことはさておき、彼の存在そのものが仲介者の立場であったことだ。彼はそこではピエロや狂言回しの立ち位置であり、仲人とも神様とも同じような場所にいたのだ。要するに我々にはそのような役割が必要ということなのだ。その存在は僕の気分を和らげてくれて、心底ほっとしたのである。彼は実際プロの裏方稼業で、そのような立場を意識せずとも心得ているのだろう。とてもありがたかった。

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ようやくひと山を越えて、その三日後に結婚パーティーを自分の店でやらせてもらった。結婚というのはどんなことかということと、式やパーティーをどのようにするかというのは、別のことのようでもありやはり切り離せない問題でもあるように思えた。何しろ我々は順番が滅茶苦茶であったし、自分で言うのもなんだが電撃的なところもあったので、自分たちのことで精一杯でありながら、周りの人たちが必要であったのだ。それは随分と身勝手な必要であったと思う。自分のことしか考えていないのに、助けてくれと言っているようなものだからだ。

しかし自分たちのことを考えずに人に助けを乞うなんていうのは、自助努力をせずに救援を待つだけの遭難者みたいなものだし、初冬の頃に不十分な装備で山に入る不慣れなハイカーや、道も分からず地図も持たずに探検の旅に出るようなもので、そんなものは周りの人間からすれば迷惑でしかないのだ。なんにせよ消耗しダメージを負い、心配をかけるようなこと、そんなことするぐらいならそもそもしなきゃいいのに。そうだ。人はなぜ好き好んで結婚したり子供を育てようとなんかするのだろう。そんなこと相変わらず疑ってしまえば、キリがないことだ。

逆に言えば、道順のしっかりしたハイキングコースをたどるように、どうしてもっと気楽にあまり考えずに結婚したり子供を産んだりできないのだろう。もちろんハイキングコースにも落とし穴はあり、天候の如何やちょっとした不注意によって、なんでこんなところで、というようなことで人は簡単に失敗をする。基本的な体力の差や経験の有無によって、簡単なことが難しい人もいる。ひょっとしてそれは才能の問題かもしれないし感性の問題かも。音楽の素晴らしさに気づかないどころか興味さえない人がいるように。どんなに頑張っても一流の選手になれないどころか、ちっともコツがつかめずにイヤになってしまうスポーツがあるように。

自然になんなくできるようになる人もいれば、よーく考えなければなんとかならない人もいる。どう考えたって僕は後者の方だ。失敗を恐れずに、ということと違って、どうしたって失敗が許されない場合には人はどうしたって慎重になってしまう。そうして無駄な力が入って余計に失敗を招き入れることになってしまう。要するにチキンなのだ。臆病なんだ。そしてそのことをくよくよ考える。考え続けるために失敗をし続けるようなものだ。ちいさな失敗を。

しかし、いい加減いい年にもなってきて、もうあんまり失敗もしたくなくなってくるから、失敗を先回りして考えるようになる。小さな失敗を恐れて、気づかない間に大きな失敗に巻き取られていくことがないように、慎重かつ大胆に。とは言っても僕は慎重な方でもないし、そのうえ大胆と言えるような代物でもない。そうして僕は自分と自分の伴侶についてよく考えていくしかないことになる。突き詰めないようそしてやや臆病に。慎重でもなくかつ大胆でもなく。遭難の救援を呼ぶ前に、まず自分が本当に遭難しているのかどうかを考えなくてはならない。究極的に遭難しているのか、それともまだ余裕がある段階なのか。でも本当は、遭難なんかする前に、もっと早くに誰かに声をかけとけば良かったんだ。だって僕らはそんなべらぼうな山に登ってるわけじゃない。誰だって、とは言えないまでも、多くの人が上っている山だし、この後にも上ってくる山なのだ。ただみんなちょっとずつ違う道をとり、道のない場所をとったりしてるだけなんだ。

そんなことで、お前なんかにこの山が登れるわけがない、とか、あんたのやり方じゃ応援なんかできない、などと言われたりして、それでも登るのは我々なのだから、とにかく自分たちが登っていかないことには始まらないのだから、自分たちのことしか考えていないのかもしれないけど、まずはそうすることで突破していかないといけなかったのだ。そうして夏から、このパーティーまででようやく一区切り、突破できたのであります。

まさか結婚できるとは思っても思われてもいなかったわけだし、同時に子供も授かったので、それだけで喜んでもらえるんじゃないかと正直ちょっと甘く考えていたところもあったのです。この年でそんなチャンスを与えられたのだから、当然喜ばしいことに違いないはずなのだが、そんなことは周りの人にとってみればどうでもいいことなのである。よく言えばそんなことをしなくても、今までのままでも(仮に大失敗したとしても)受け入れてくれるのだろう。そして逆に言えば、手放しで祝福してくれる人もやはりその人にとってみれば、失敗しようがめでたかろうがどうでもいいことなのだ。心配をしてくれるぐらいの方がきっと身を案じてくれているのだろう。そんなんで大丈夫なのか?と。そしてそれに対して、大丈夫です!なんて見得を切ってみたところでなんの心配も解消したりはしないのだが、きっとそういうことなんだろう。

セレモニーとはそんなもので、祝福とはそういうことなんだろう。何の解決でもないどころか新たな問題を生みだし、それに周りを巻き込んでいってしまう。幸福とは困難の対義語ではなく、困難を半分含んだ状態なのだ。結婚や出産が悪だとか、このヒドい世界にまた新たな生命を産み落とすことが果たして良いことなのか、などと言うわけではない。しかし、そこには当然イーブンに考えて聖もあれば悪もあるのだし、困難や問題があって、それ以外のことがどうでもよくなって、それまで捨てられずにとっておいたガラクタを捨ててしまう時みたいに、ちょっとした感傷やもったいなさをやり過ごしてしまえば、そうして身軽になって、シンプルに自分たちの問題に対して向かっていけるようなことが、きっと幸福なことなんだろう。

ところが人はそんな簡単には幸福でい続けられるわけはなくて、なぜなら余計な問題に首を突っ込んだり、またガラクタを集め始めたりする。そして自分たちを取り巻く状況は、社会も世界も問題だらけなのだ。幸福でい続けようとするならば、それらの問題をすべて自分たちの問題として捉え、それに対処し続けなければならないのだろう。もちろん、どんな人だって自分なりにだ。平和のためだとかそういうことじゃなく、自分たちの幸福のためだ。それはきっと問題から逃れることではなく、問題から切り離されることでもないのだ。お金で問題を解決できると思ってしまった人の、あるいはそう思ってしまった時の、不幸な表情を想像すればいいことさ。少しお金持ちに対するヒガミが入ってるかな。

とそんなわけで、20日のパーティーには思いがけずたくさんの人たちが来てくれた。ちゃんと会費を取った方がいいという助言ももらったが、既にいろいろとお祝いをもらってしまっているし、唯一のこだわりとして「投げ銭」でやらせてもらった。実際にはちゃんと御祝儀袋にして頂いた方も少なくなく、お花やプレゼントももう一生分ぐらい、とてもたくさん頂いた。特に嬉しかったのはホームベーカリー!自分としては今年2月にお店の10周年を祝ってもらい、同じ年にまたこんなに祝ってもらって、ホントに申し訳ない気持ちだ。こんなことはもう人生において二度とないだろう。

今回は高校や大学の同級生たちを招待しませんでした。そんなにたくさん友達がいるわけじゃないけど、呼べなくてゴメン!ちょっと人数的にも場所的にもキツかったし、全部詰め込んでしまうのは雰囲気的にも難しいかなと思ったのです。そしてお店に来慣れている人たちに集まっていただきたかった。なぜなら僕はこのお店でこのような人間になれたからです。そのことについての思いは尽きません。またいつかちゃんと書いてみたいなと思います。

それでも大学の時に多くの時間を過ごした友人が予告もなしに駆けつけてくれました。思いがけず嬉しかった。それから店を始める以前に海外で同宿になり、10年ぶりに会いに来てくれた人がいました。彼はそのとき体調を壊していて薬と上着をあげたのですが、そのことをずっと恩義に思ってくれていたのでした。子供を連れてきてくれた人たちも多くて、当店で子供たちが走り回っている珍しい光景が微笑ましく、なんだか新しい時代を迎えたようでした。

そして思った以上に嬉しかったことと言えば、来てくれた人たちが楽しかったと言ってくれたことでした。もちろん特別ゲストのライブのおかげもあっただろうけど、そういう雰囲気を作ることができたのは、このお店を続けてこられたことと、それを支えてくれた常連のみなさんの精神にあったことだと、僕は我ながら自慢したい思いです。と言いながらも、これは全く僕の意図などを超えており、というよりもほとんど僕はなにもしてなくて、多くの人たちが準備し企画し働いてくれたおかげです。決して多くはないけれど本当に気の許せる飲食店の同業のみなさんが喜んで協力してくれました。当日は主に常連の若手たちが、特に頼んでもいないのに進んでドリンクを作ったり片づけをしたりしてくれていました。みんなホントにバカな人たちだなぁ。決して口に出しては言わないけど、あなたたちが好きです。

そして特によく動いてくれた何人かの若手たちには、僕は戸惑うぐらいの愛を感じました。抱きしめてあげたかったけど!彼らが全てを手配し、頭を悩ませ、段取りやプレゼントまで考えてくれました。そして前述のA君がなぜカメラマンをしてくれたのかが分かったわけですが、彼は一枚かんでいたわけです。結婚式の恥ずかしい写真をプロジェクターで大写しに曝してくれたのでした!

あとで分かったことですが、相当うるさかったようで、当日苦情の電話も来ていたみたいだし、隣のマンションの住人からも「すごいうるさかったよ!」と言われました。ますます近隣から嫌われてしまっただろうな。それもそのはず、翌日来てみたら窓が全開に開けっぱなしになっていたのです。確かにあの日はとても暖かく、良い天気でした。結婚式の日もすばらしい好天でした。天気に恵まれるというのは嬉しいものですね。

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まずはここまで。ここまでくるのに多くの結婚の先輩方(成功例も失敗例も)や多くの父親の先輩方の話を、日頃のカウンター越しに聞いてきました。なんとなくちょっとした問題を投げかけると、大概のことは「俺もそうだったな」となるのです。特に母親と息子という関係については多かれ少なかれ、みんな似たようなものがあるみたいです。そのことには随分と励まされました。全てがそのように進んでいくのです。突破と仲介を繰り返して進んでいくわけです。それは進軍のようでもあり、ある種のネゴシエーションのようでもあります。人と人の間、人と物事の間、人と問題の間には、突破する力と仲介するものが必要であるように思えた。それが今までのところの結婚にまつわる僕の教訓です。祝福してくれた皆さんに対するせめてものお礼の気持ちとして、まずはこのように感じたことを書いてみました。

バーは皆さんが進んでいく時の仲介者であり、皆さんは私が進んでいくとき仲介者なのです。そしてもし、皆さんが癒されることがあるとすれば、それは私にとっても癒しとなっているということに、私は今さらながら気がつくのです。我々がこれからどうなっていくのかは誰にも分かりませんが、恐れずに進んでいかないとね。
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by barcanes | 2011-11-20 20:21 | 日記 | Trackback | Comments(2)

今夜の「Voices Inside」

今夜の「Voices Inside」、Ustream中継のURLが、ブログやフライヤーに記載されているのと違うものになってしまいました!今日のチャンネルは↓こちらです!

http://www.ustream.tv/channel/leng-new-night-retursn

11/19(土)「VOICES INSIDE~"Dance & Tears"」
Disc Jockey:二見潤(tears)
今月のゲストDJ:BAN、胸キュン・シークレット(dance)
9pm~ No Charge
USTREAM中継します。
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by barcanes | 2011-11-19 21:38 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

走るために生まれた

先日のマラソンに少し感化され、2冊の本を手に取った。アラン・シリトーの短編「長距離走者の孤独」。(長距離と言うほどの距離ではないのだけど。)少年院に入れられた少年が逃げ足の速さを見込まれ、陸上大会で優勝すれば出所できるというエサをぶら下げられて長距離走の練習をする。早朝の暗い時間にたった一人で走ることの自由と喜びがいっぱいに感じられる。いつでも脱走できるような罠が巡らされているが、簡単にハメられてたまるか。スポーツでいい成績を収め、更生しろという校長の鼻をあかしてやるために最後までぶっちぎりで走り抜き、最後にわざと負けてやる。自分のレースには勝つが、他人のレースには勝ってやるものか、利用されてたまるか、という話だ。ひねくれているのに何とも言えぬ爽快さがある。歪んだ価値観の中に筋の通った根性がある、一種の悪人譚だろう。彼は出所後にまた盗みを繰り返す。それが本来の自分を取り戻すことだというように。

そこには、延々と長距離を走るようなヤツは単純でボクトツで、努力を惜しまない真面目なヤツだろうというような、見立てというか偏見とも言えるようなもの、それはサーファーはイージーで、卓球はネクラというような、単純なイメージが存在している。ランニングが孤独な、自分の内面と向き合うような修行であれば、全てのランナーが立派な人にもなれそうだが、それ以前に御仏と向き合い修行を続けているはずの坊さんが全て立派な人とも言えないし、むしろ自己の内側にいる悪党と向き合うことになるとも言えるのだろう。おそらくその全てを拒否するために、イヤホンなしに走れない人もいる。昨年だったか、北京オリンピックで優勝したアフリカのマラソン選手が、金を手に入れ結婚して故郷に家を建て、女性関係のもつれで変死した。彼は日本の高校にマラソン留学していて、真面目な努力家のように見えていたから、そのニュースにビックリした。そこにどんなドラマがあったかは分からないが、それも彼の人生だったというしかないのだろう。

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もう一冊は「BORN TO RUN 走るために生まれた」クリストファー・マクドゥーガル著(NHK出版)。アメリカでは2009年のベストセラーで、日本では昨年に出ていたがまだ読んでなかった。脚を痛めたランナーである著者がメキシコの山岳地帯に住む忘れられた「走る民族」タラウマラ族を探しに行く。そのうちに脚の痛みの理由に気付き、さらに人間はそもそも走るために今のような形に進化したのではないか、と思うに至る。そして走ることにそのようなただならぬ思いを持つアメリカ人のウルトラ・ランナー数名が、ロード・ムービーのように旅をしてタラウマラでレースをする、というおそらく実話をもとにしたクレイジー・ストーリーだ。

私も昨年とうとう脚の痛みに耐えられず、走るのを止めてしまった。原因は分かっていたのだが、それでもあらゆる処方を試してとことんやってみたかったのだ。その結果パンクしてしまった。やはり、そういうことだろうと思っていたのだ。原因はいわゆる「かかと着地」なのだ。私もその後、根本的に走法を変えてみたが、今のところ問題はない。裸足で走るように走ればいいだけなのだ。

ところがどの本を読んでも、ランニングの基本は歩くように足の裏を使い、かかとから着地するようにと書いてある。ランニング・シューズも大半がそのために作られている。伝説的なランニング指導者、アーサー・リディアードの本にさえ、スロー・ジョグの時はかかと着地でと書いてある。だが著者によれば、それはナイキの陰謀だ、という。

リディアードは50年代に心臓発作に苦しむ人のためにジョギングがいいということを言い始めたニュージーランド人だ。そのもとに通ったバウワーマンというオレゴンのコーチがアメリカに帰国してジョギング・ブームを起こした。そして新しいシューズを開発し、そのシューズでのみ可能な新しい走法を提唱した。つまり靴底にクッションを入れることによってかかと着地を可能にし、ジョギング・ブームを仕掛けたのだ。

しかしかかと着地による衝撃は足底からアキレス腱、膝、と各部の痛みの原因となった。「シューズがさえぎるのは痛みであって衝撃ではない!」衝撃によって痛んだ脚を守るため、さらに高性能のシューズが開発される。足底にフィットしたインソールが土踏まずのアーチを支えることで、その筋力を使えなくし、弱まった脚力はさらに高価な道具を必要とする。いわば、ギプスをつけて走っているようなものだと。これでは脚筋が育つはずがない。高価なシューズを履いているランナーほど怪我が多く、履き慣らした古いシューズを履いているランナーの方が怪我が少ない、というデータもあるらしい。「あらゆる大義は運動としてはじまり、事業となり、詐欺に転じる」というエリック・ホッファーの言葉が紹介されている。

精神病患者を薬漬けにするのと同じ論理だ。怪我をさせ病気をさせ弱らせておけば、薬や道具を一生買い続けることになる。金を生む論法。免疫力と消毒の関係、恐怖と保険の関係とも同じ。環境は必ずしもクリーンではないし、人生には常に危険がつきまとう。人間が本来自分の力でどうにかしてきた部分を奪うことによって、人は生きていくのに金が必要になる。金で買えるものが入ってくると、人は自分の力でできたことを簡単に捨ててしまう。

タラウマラの人たちもそのような危険にさらされながら、大事なものを守って生きてきた。それは例えば、通貨制度ではなく、「あなたが分けることのできるものは何でも、即座になんの見返りも期待せずに分け与える義務があるというものだ。いったん手を離れたら、その贈り物はもはや最初からあなたのものではない。・・・彼らの経済は好意の交換と、ときおり盛大に振る舞われるトウモロコシビールに基づいている」という「コリマ」と呼ばれる取引の仕組みを大事にしている。またあるいは、走ることが遊びであり祭りであり、争うよりは友愛のためであり、苦しいことではなく嬉しいことであり、そのおおもとには狩猟や生きることのために走ることが必要だったという記憶がある。

日本の祝祭にも狩猟採集と農耕という昔からの生業が大きく関係しており、そこには感謝と喜びが表現されている。自然と人間の肉体の間に働く「働き」こそが仕事であり喜びである。そしてその働きが人々を結び付け、友愛を生む。生きることに走ることが大きく関わっていれば、走ることが仕事であり喜びになり、走ることが人々を結び付ける、ということだ。

走ることが生きることに結びついてしまった何人かのアメリカ人ランナーたちが、ようやくタラウマラの村にたどり着き、最後のレースに向かう前夜の場面、「きみたちアメリカ人は、欲深で利己的のはずだが、どうやら誠実な心をもって行動している。愛のある行動をし、理由もないのに良い行いをしている。まともな理由もないのに行動する者を何というか知っているか?・・・ああ、そうだ。いかれた連中。狂人ども(マス・ロコス)だ。ただ、いかれた連中について言えることがひとつある。ーーほかの人間には見えないものが見えることだ。・・・明日は史上最大級のレースになる。それを目撃するのは誰かわかるか?いかれた連中だけ。ここにいるマス・ロコスだけだ。」

アメリカにはホントに狂ったヤツがいて、エクストリーム系のスポーツなどでも命知らずの大ジャンプやら、恐怖と通常呼ばれるようなものを乗り越えてしまったのかそれとも無感覚なのか、喜々してそこに向かっていくような頭のおかしな人たちがたくさんいる。そこに行くことで自分が自分の力で生きているということを実感でき、そこに行かないと分からないこと、自分の生きる力に気づきたい。もう一人の自分、本当の自分に出会いたい、なんていう人もいるし、苦痛とは愛すべきペットみたいなもので、そこに行くのはペットに会いに行くようなものだ、という人もいる。「痛みと友達になれば、きみはもうひとりじゃない。」知らなければ恐怖のままだが、知れば意外に仲良くなれる。必ずしも自分の言うことを聞いてくれるとは限らないが、喜びや興奮を分かち合うことができる。そのようなものが分かる人は、命がけの祝祭に人生を捧げる人とも同じだろうが、その祝祭さえも自分で見つける人だ。クレイジーな人だけが気づき、開くことのできる時空間があるのだろう。

「さて、ひとりの野蛮人もなしに、われわれはこれからどうなるのか?あの連中こそ、ある種の解答であったのに。」(カヴァフィス「野蛮人を待つ」)という詩の一節が引用されている。ヨーロッパにとってのバーバリアン。閉鎖された城壁を襲い、穴をあけようとする。連綿と続く歴史の時空間の息苦しい閉鎖感は、開いてくれる穴を求めてる。「内側」は「外側」なしにはやっていけない。閉鎖された法を守り常識を自負するような人からすれば、野蛮で無法者に見えるような狂人こそが、新しい風を吹かすことができるのだ。

さてこの頭のおかしな人たちが何となく気づいてしまったことが、実は常識を覆すような本当のことかもしれない、というのがこの本の表題どおりのテーマで、ヒトが二本足で立ち今のような身体になったのは、実は走るためなのではないか、という仮説だ。短距離で走ることについてはヒトよりも速い動物はいくらでもいる。しかし長距離を走り続けることに関しては、ヒトは陸上動物で最も強い。空と海を除けば、ヒトは最も遠くまで休まずに移動することのできる動物なのだ。

その能力こそが動物性タンパク質を穫るための狩猟において、ヒトを生き残らせることができた要因なのではないか。(一方、タラウマラの人たちはトウモロコシと植物性のものを主食としており、ウルトラ・ランナーたちもケミカルを排し菜食や自然食に向かっている。その理由のひとつは「いつでも走り出せる」ためだ。)それは農耕定住を始め、文明と国家を作り上げた頃よりも古い人たちのことではあるが、その人たちと我々は脳みそも身体のつくりも何の変わりのない人たちであって、つい最近までそのような生活を続けてきた人たちも地球上には存在する。その記憶は確実に我々の脚と心肺にも生き続けているのだ。

「われわれが生きている文化では、激しい運動をするのはばかげているとみなされる。・・・脳がこう語りかけるからです。必要もないのに、どうして機械を作動させるのか?」「身体は動かすためにつくられているが、脳はつねに効率を求めるのです。・・・遺伝子に刻まれた走る才能を活かす者もいれば、活かさない者もいる。その理由は、脳は買い物を安くすませようとするからです。・・・脳はつねに、コストを削減して、少ない元手で取り分を増やし、エネルギーを保存して緊急時に備えることを企てているのです。」

緊急時に備える時間、その時間が長くなれば長くなるほど平和で幸福で安定した生活を得ることができる。そしてその結果、「この地球にわれわれは無重力空間を現出させたのだ。身体が果たすべき仕事を奪い、その代償を払っている。西洋における主な死因・・・のほとんどを、われわれの祖先は知らなかった。」「ごく単純なことです。・・・脚を動かせばいい。走るために生まれたと思わないとしたら、あなたは歴史を否定しているだけではすまない。あなたという人間を否定しているのです。」

c0007525_20254614.jpgと、そこまで言い切って、走ることが健康ブームのひとつであることや、一部の変人のやるマゾヒスティックなチャレンジや、まして何の金にもならない暇つぶしであることをも超えてしまう。すべての人がそう思えるわけではない、もしかしたら狩猟民、山岳民族、あるいは旧石器人であったことの記憶かもしれないし、文明に取り残された古代人の生き残りかもしれない。走ることが無条件に好きという人っているもんだ。あるいは世の中の景気が悪くなるとランニング・ブームが起きる、とも言われているらしいが、それはやはり緊急時には走らなくちゃいけない、という遺伝子のスイッチが入るからかもしれない。そしてやはり、頭のおかしい狂人こそが、このようなひどく行き詰まったような時代には必要とされているような気がする、のです。野蛮人たれ!と。
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by barcanes | 2011-11-08 20:16 | 日記 | Trackback | Comments(0)

K氏のマラソン

朝早起きして海まで歩いて、湘南国際マラソンの応援に行ってきた。サブ3を目指しているK氏を見るためだ。地下道のある松波の交差点は、往路で16キロ、復路で21キロ地点にあたり、K氏はどちらも理想的なペースで通過していった。その後伝わってきたゴールタイムは2時間53分というすばらしいものだった。平均にすると1キロ4分8秒ほどのペースだ。翌日お店に来てくれて聞いたところによれば、スタート前にふくらはぎに異変が起き、びっこを引きながら走り始めた。ダメかと思ったが5キロを過ぎた頃、痛みが消えた。そこからは4分少々にペースを上げ、僕の前を通過したときにはやや速すぎるのではないか思えるほどだった。表情にも余裕があり、快調に飛ばしていた。「速すぎないようにね!」と言った僕の声が聞こえていたそうで、35キロまでは我慢した。最後まで疲れを感じなかったし、ペースもほとんど落ちなかった。後半は一人にしか抜かれなかったが、その一人は明らかに年代が上の50代だったそうだ。

K氏は昨年の初マラソンで3時間15分ほど。年は僕の二つ上だ。高校は陸上部でスピードはあるが、やはり後半まで持たず失速した。問題を克服するため、この6月には100キロマラソンを完走し、8月には月間600キロを走破した。月に一度ぐらいは練習成果を報告に来てくれて、僕は太鼓判を押していた。もともとのスピードにスタミナがついて、それに怪我もほとんどしたことがないという丈夫な地脚を持っている。ほとんど問題がないように見えたし、目標タイムをもっと上げても良さそうだったが、K氏はあくまで今回は確実に3時間を切ることを目標にするという。あとは調整と、当日ペースを上げすぎないようにセーブすることだけだったのだ。

さっそうと走ってきて一瞬のうちに走り去っていくK氏の姿を見届け、僕は久しぶりに爽快な気分だった。小柄でずんぐりした印象のK氏が、背筋を伸ばしにこやかに駆け抜けていくのがカッコよく見えた。僕は勝手に自分の希望もその背中に乗せていたからなんだろう。そしてそれ以上の姿を見せてくれたからだ、きっと。僕は一緒に練習したことはないけれど、彼がどれだけ、しかもひとりで努力したかが分かっていたし、その成果を認めてもらうのがどれだけ嬉しいことか知っている。認めるというのは文字通りの「視認する」という意味だ、結果の数値だけでも十分に評価に値するだろうが、その動く姿を誰かが認めなければ、彼のチャレンジは彼だけのものになってしまう。もちろん彼のチャレンジは彼のものだが、それだけではないのだ。そうだ、それだけではないというものがなければ、我々の人生はいったいなんだというのだろう!
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K氏の挑戦はこれからも続いて、まずは福岡国際のB標準をクリアし、来年のウルトラでは自己ベストを、そして山岳レースにもチャレンジしたいと。僕も2年前に山岳レースとサブ3に挑んでいて、何人かの常連たちがレースにつきあってくれたけれど、練習に関しては全くの孤立無援だった。だいたいが「マゾ」とか言われているうちに、煮詰まってしまって楽しみを見いだせなくなってしまったのだ。常軌を逸するというほどクレイジーにもなれなかったし、気楽な趣味といえるほど常識的な生活でもなかった。そのうち脚の痛みも限界に来て、イヤになってしまった。しかしサブ3という結果を残したことで周りからの評価が明らかに変わった。そこから新たな出会いもあったし、自分の感覚も少しずつ変わっていった。あの頃のチャレンジは僕だけのものでしかなくてちょっと辛かったのだけど、それは後からすれば必ず、僕だけのものではなくなるのだろう。

また同じような練習をしなきゃいけないかと思うと気が進まず、今年はとうとう申し込みもしなかったし、なにもなくても週に二日ぐらいは走らないと体調が悪くてしょうがなかったのが、最近は怠け慣れて2週に一度ぐらいしか走らなくなってしまった。山もすっかり遠のいてしまった。時々冷ややかな風が頬の横を通りすぎていったり、テレビで雄大な景色を見るとたまらなく切なくなることがある。

自分ではあまり気付かなかったのだが、熱しやすく醒めやすい性質のようだ。最近そう言われて、そうだなと思った。あれだけ固執して一生懸命やっていたことを、ある時が過ぎるといとも簡単に手放してしまう。10年続いたこの店が、僕のこれまでの人生の中で、ひとつのことをもっとも長く続けたものなのだ。まあそれは、一生懸命やってきたとは決して言えないぐらいのものだからだろう。

それでも翌日は、走りたくなってジョグに出かけた。たいしたペースでもないのに呼吸が苦しく、体力の衰えさえ感じた。夜にK氏が来て、祝杯を挙げたくさん飲んだ。彼の今後のプランを聞かされ、さんざん夜も更けて、あんまりアッパレだったもんだから僕はとうとう握手をしてしまった。最初にマラソンに申し込んだときと同じ、酔った勢いだ。いつだって何かを始めるきっかけは、酔った勢いってヤツさ。悪くないよ、そんなときには酒もね。もちろん酔った勢いってヤツの精度は高くはない、口だけ、笑い話で終わってしまうことも少なくないけど。まあとにかく、来年は一緒にマラソンを走ろうということに、なってしまった。

時々でも「走りたいな」と思って走りに出るのだし、気乗りするかしないかを別とすれば、やはり走りたいなと思うことは多い。走るのが好きなんだ。だから次は、楽しんで走りたい。タイムはともかく、楽しんで一生懸命走れるようなコツをつかみたいな。とにかく毎日、ヒマさえあれば走って、そんなことしてれば自然と速く走れるようになるんだろうけどね。
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by barcanes | 2011-11-03 23:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ズルなしで生きられるのか?

EUの金融危機は「50%棒引き」なんていうやり方がとられ、問題を先送りにした。そうでなくても全ての経済問題は、実体のに予算を返すつもりのない借金でまかなってるようなもんだ。TPPは日本開国の頃のような不平等条約を迫っているように見え、賛否両論となっている。まさに黒船と日米通商修好条約かよ!歴史の教科書で起きてるようなこと未だにやってるのかと愕然とする。

我々が子供の頃、80年代の景気の良い時代だったせいでもあるだろう、世界には問題がたくさんあり、過去には酷い歴史もあったが、これから世の中の問題はひとつずつ解決され、理解が広がり、平和という方向にまっしぐらに進んでいくのだと信じていた。なぜなら人間はバカじゃないし、数々の問題は不理解が原因で、平和という漠然としたゴールを全ての人が目指していると思っていたからだ。それは子供らしい楽観的な世界の見え方でもあるし、そのような教育に騙されていただけなのかもしれない。その全てが間違いであり、非現実的な理想であった。

人間は全くどうしようもないバカで、人々は理解なんかしようともせず、平和なんてものは戦争の対立概念としてしか存在しないようなものだった。自分のことしか考えない、考えることもできないどうしようもないクズばかりで、そのうえ人間なんてそんなものと開き直る卑怯者ばかりじゃないか。問題と借金は先送りにして、まだ生まれてもいない子供や孫たちに肩代わりさせちまう。いいのか?まだ生まれてもいないんだぞ?

返せる見込みもないのに、借金を持ち合って、共倒れするリスクでもたれ合ってるだけじゃないか。元本なんてどこにもありゃしない。そんなもんは南の方にでもいって搾取してくりゃいいってなもんでずっとやってきたもんだから、未だに発想が貧困なんだ。その発想の貧困さが実際の貧困を生み出してる。それは帝国主義っていう貧困さ。植民地主義の、差別主義の、搾取の貧困なのさ。根本的にズルいんだ。フェアじゃないどころか、フェアさの欠片もあったもんじゃない。

ズルをしてることに気づきたくないから見ようともしない。自分以外のことなんて知ろうともしないんだ。生きていくには誰だって多少のズルをしなきゃいけないから、その選択を自分じゃ下さない。誰かの選択を待ってそれに流されようとする。あるいは選択を留保する。自分のせいじゃないって。誰かが新しいズルをおっ始めれば、そいつのせいにして後を付いていくんだ。そいつを英雄にして。大衆的なヒーローさ。醜い顔が愚衆に祭り上げられてますます歪んでいく。そのうちそのズルさにも飽きてくると、自分ではズルの矢面に立てないくせに自分の中にあるゲスな欲求が、自分の代わりにズルを体現してくれる新たなヒーローを喜んで探し出す。おこぼれをちょうだいというわけだ。どいつもこいつも、ズルの天才とどうしょもないズルと、普通のズルばっかりじゃないか!

こんな世の中でちょっとでもフェアに生きようとしたら、まともなフリできるわけがないさ。自分が自分の力で生きてるなんて妄想、つまりは金を稼いでくるということが自分で生きることだという勘違い、をちょっとでも疑っちまったら、もう自分たちのズルさを認めなきゃならなくなる。少なくとも正々堂々と生きるには、どこまでがズルでどこまではズルじゃないか、そういう基準を自分で持たなきゃいけない。その基準を人任せにするんだったら、なにが個人主義だっていうんだ!こだわりもない、好きなものもない、選べないなんていう奴に個人主義なんてありゃしない。個人の自由なんてあるものか。なにかを選ばなきゃならないんだ、今すぐに、ここで。留保せず、人に任せず、自分で選択しなきゃならないんだぜ。なにかを選ぶってことは、他のなにかを捨てるってことさ。選択が正解の時、答えは留保される。雪山の崖っぷちさ。選択を誤ったときだけ死が訪れる。なんらかの死が。死の始まりが。その死を避けるためのズルが始まるんだ。

つまりは、ほとんどみんな死んじまってるってことさ。弱肉強食の動物の世界じゃ、卵から生存して大人になる確率は何万分の1とかそういうものだろ。俺たちはほとんど死んじまってる方なんだぜ。だからみんな、やったもん勝ち、インチキしたもん勝ちさ。どうせ一度は死んだ命なんだ。そうさ、やり直しがきくのさ。何度だってやり直しがきく。やり直しがきくのに、それなのにまだズルしようっていうんだ。恥を知れ、だよ。

俺たちは分業を信じてる。聖なる分業さ。誰だって全てをすることはできないし、そんなことしてたら効率が悪くって仕方がない。みんながお互いにやりたいことをやり、余剰を分け合い、分かち合う誰かを必要とし、なかには誰もやりたがらない仕事をしなきゃなんない人もいて、それで世の中がうまくいくはずだと信じている。ホント?俺の生み出したものが物々交換を基本として何か違うものとして手に入るように経済が回っていて、お金はそのための仲介物だって。そんなワケねえだろ?マルクスの経済学には「ズル」が計算されてるのかい?

この世の中にはズルの対価なんか計算されてないんだ。利益は労働から生まれてくるのか。そんなことはない、不労所得、既得権益、天下り、官僚腐敗、税金、カツアゲ、横領、詐欺、搾取。金融商品、株、債券、数字のカラクリ。ズルから生まれてくるんじゃないのか。ズルじゃないのかい?

そんなこと言ったって、成り上がっていくには仕方ねえ。インチキでもハッタリでもかまして、なんとかのし上がっていかなけりゃ、俺は永遠に貧乏から脱せない。永遠にそのままなんだ。ズルだのフェアだの言ってられんのはそんだけ余裕があるからさ。道楽みたいなもんさ、そんなこと言ってんのは。世の中にはどうしたって格差があり、差別があり、良いか悪いか知らないけどカースト制は崩れないし未だに天皇陛下万歳だ。世の中に余ってる金をかっさらうだけさ。富の再分配ってヤツよ。それに人を騙すんだってインチキするんだって、簡単じゃないんだ。要するに自分の腕さ。実力なんだ。リスクの中で命をかけてんだよ。

じゃああんたは決まりってヤツを守ってるのかい。みんなで決めたルールなんだから守らなきゃいけないって言うけど、そのルールはホントに良いルールなのか。あんたにだけ都合がよくて、不利益を被る人のことを考えてみたのかい。それはホントに誰にとってもフェアな、ズルのない決まりなのかい。ズルいルールで張り巡らされたこんな世の中だから、どっちにしたって、ズルを受け入れるにせよ、ズルをズルでぶち破るにせよ、結局一緒さ。同じ穴のムジナってヤツよ。あんたに俺のこと文句言えんのかい。

俺はもういい加減イヤになってきた。なんでもいいからなんか基準がほしいんだ。ルールじゃなくていいんだ。守らなくちゃいけないとかじゃなくていいのさ。もうなにがなんだか分かんないのさ。もうそろそろ世界経済も破綻してなにもかも終わり、って言ったって、それで世界が消えてしまうワケじゃない。どうしたって世界はいつか同じぐらいの貧乏人だらけになるっていう寸法さ。それが平等ってことさ。それを恐れちゃいけない。一握りの大金持ちにとっちゃあ金なんてものは実体のないものだし、百億でも千億でもなんら変わりゃしない。中ぐらいの金持ちが残ったパイを争い合って死ぬまでドンパチやんのさ。椅子取りゲームさ。1か0かの世界だよ。デジタルの世界さ。最後の最後まで1か0かで明滅する、そんなもんさ。

0になったらオサラバ。でもだからってったって終われるわけじゃない。0で生きていくんだ。0ってのは収支が0ってことさ。0で生まれて0で死ぬってことさ。1を2にしようが100にしようが、安心したつもりでも死ぬときは0。子供に残したつもりでも、それは子供に負荷として残っちまう。なぜって?それは、持ってることが必ずしも生きるためのメリットではないからさ。要らないものまで背負うことの重さよ。残されたものを維持し続けるためにどれだけの労力と臆病さとインチキが必要か。借金も貯金も残しちゃダメさ。常に0じゃなきゃ。常に死が身近に感じられなきゃさ。

そんなこと言ってると今さら共産主義とか左とか言われちまうよ。死んでなにも残しちゃいけないなら、相続税は100%さ。資産なんて持ってたって借り物だって、どうせお上に支払わなきゃならないんだ、同じことさ。生きてくには金がかかるようになってんのさ。だいたい土地なんてそもそも誰のものでもないのに、共産主義って言われたくないから表面上は私有地になってるだけだろ、そんなもん。恥知らずの成金野郎たちが資産価値だか権利だかでモノ持ちになったような気になって喜んでんだ。そんで自分の持ち物を貸してる方も借りる方も、どっちも騙されてんのさ。疑い始めたらキリがないから、仕方なく騙されてやってんだ。あんたがホントにお国万歳っていうんなら、私有財産なんか全て投げ捨てて、身も心も捧げちまえばいいさ。

日本にはその昔「武士道」っていうのがあったらしいね。特権階級の言い分さ。貴族は貴族らしくってやつさ。持ってるヤツは払えってことさ。ニトベ稲造のオッサンが「卑怯なことをしちゃいかん」って言ってたって。道徳なんてクソ食らえなんだけどさ、それは良いと思うんだ。卑怯かどうかなんて、そいつ自身が決めることさ。誰も他人からはとやかく言えやしない。恥丸出しの厚顔野郎も、卑怯者も臆病者も、自分で決めればいいよ。自分のしてることが、ズルかどうか。
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by barcanes | 2011-11-01 23:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)