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藤沢市民祭に出店します

今度の日曜日25日に、藤沢北口サンパール駐車場にて出店します。また田火田とGattiと、炊き出しチームで参加です。ロケット・デリのすぐ横に出させてもらう予定です。時間はよく分からないけど、昼前から夕方ぐらいまでやると思います。当店といたしましては、また「モヒート」と、「ノンアルコールのモヒート」と、それから東北の日本酒、宮城の柚子酒などを出そうかと思っています。田火田とGattiも、美味しいものを格安で食べさせてくれると思います。ふだん夜に来れないママのみなさんも、遊びに来てくださーい!
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by barcanes | 2011-09-25 01:55 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

台風の夜の珍客

台風の嵐の後、すっかり雨も上がったけどまだ強く風が舞っている、こんな日には風に紛れておかしな客が迷い込んだりするものだ。普段通りでなくなったことを面白がって、普段寄らないところに寄ってみたくなったり、天災の高揚感を楽しんだりもする。電車が止まって帰れなくなった人、いつもより随分と時間がかかって帰ってきた人、いつもと違う経路をたどる人。非日常的な隙間に一本の薄暗い階段が目に入る。普段見えないものに引き込まれるように近づいてみたりする。そのおじさんはゴーグルをかけて、開いてるドアをノックして入ってきた。酔狂な珍客の風を漂わせ。戦前のオールドジャズ、スパイク・ジョーンズのレコードの音に乗って。なぜだか荒天には古くさいジャズ、スウィングやらモンクのソロピアノやらが似合う気がする。

しばらく酔客らしい会話を一方的にして、昔飲んだカクテルなんていうどうでもよい話にあいづちを打つのも飽きた頃、君は京都の出身かい?とたずねてきた。僕は京都の出身なんだが、聞いて分かるように京言葉は話さない。あれは女言葉なんだ。京都の男っていうのは、頑固で守るものがあるんだ。だからはぐらかすためにそんな言葉を使うというわけだ。異文化理解なんてことを言うが、完全に理解し合えるわけがない。理解し合ってみんな同じになったら文化じゃなくなるだろ。違いがあるから文化であり、守るものを守ろうとするのが京男だ。君はこだわりを持ってこんな店をやっているのだろ?でなきゃこんなジャズのレコードをかけてるはずがない。何か大事なものを守ってやってるってことは、君には京都の血が流れているんだ、という。

僕の直接の祖先は北海道の開拓民だから、確かに全国からの流れ者の血が混ざっているだろうけど、京都なんて縁は考えたこともなかった。姓の由来は東北の地名だし、源氏の流れの地方豪族だと聞いたことはある。---いいかい、今の日本を悪くした元凶は、鎌倉幕府を作った源氏なんだ。民主党の菅は市民運動から出た。彼らは自分たちの欲求で動き、それを満たすとそれでもう終わりなんだ。武家政治はそれと同じ、自分たちの欲を果たしたらそれ以上はない。分かるかい。自分のことしか考えてないのさ。自分のことしか考えない世の中を作っちまったのは鎌倉時代からなんだ。京男はそうじゃない。自分だけじゃなく守るものがあるんだ。

彼はそう言って、趣味であるという能の一節を唸り、古武道の精神を説き、馬に乗りヨットで海に出る話をした。俺はその昔、海洋民族として南から来たのさ。おじさん、ヨット乗るんですか?乗るだけ?ひょっとして持ってるの?そうさ。ディンギーとかじゃないぞ。10人ぐらい乗れるヤツだ。おじさん、金持ちじゃないスか。まあな。日本一のゼネコンで高給取りだったんだ。ま、喧嘩して辞めてやったけどな。都市計画なんかをやっていたから、今は頼まれて町づくりの仕事をしている。カッコいいッスね!なにがカッコいい。カッコいいって言うんならな、俺は大臣にレクチャーしたこともあるし、海外との合弁企業で世界を回ったんだ。日韓中の国境付近のプロジェクトもやったし、北朝鮮にも行ったぞ。政治家も官僚も理屈ばかりで腰抜けだ。だからやられちまうんだ。俺はヤクザも右翼も知り合いだぞ。

俺はいつも、いちいち理屈じゃ動かない。勘でいくんだ。そうすると必ずおもしろい縁に出会える。今日は仕事でたまたまこっちの方に来たが、台風で電車が動かないっていうから帰るのを諦めて泊まることにした。そしたら一部屋だけ空いてたからそこに決めた。一杯飲んで、たまたま下を通ったらジャズのレコードの音が聞こえた。それでここに入ってきた。今日はここに呼ばれて来たんだろう。目の前にあったこの焼酎の名前が気になってそれを飲んだ。それも何かの縁だ。縁があったということは、君とは大昔、どこかで何かのつながりがあったということだろう?こういう話が君は分かるかね?ああ、だいたい分かります。(この頃にはだいぶ呂律があやふやで、話の半分ぐらいはよく聞き取れていない。)そうか。分かるってことはだ、そういう感覚を持っているってことだ。理屈じゃないってことなんだ。分からないヤツにはいくら言葉を尽くしても分かってもらえない。そうだろ?理論や理屈というのは自分で作ったものじゃない。過去に誰か先人が作ったものを使ってるだけだ。他人が作った基準で生きちゃいけない。自分の基準で生きろ。自分の役目が分かってるなら、それを信じてやれ。日本人というのは、自分のためだけじゃない、守るものを守ろうとする人間なのだ。お前とは今日初めて会ったというのに、こんな話が分かるヤツはホントに少ないんだぞ。それはお前が京都の男だということなんだ。

やがて向かいのカプセルホテルの明かりが消え、おじさんのケータイが鳴った。そのホテルは門限の時間が来ると電話がかかってくる仕組みなのだ。鼻をかんだ紙屑が散らかって、決して高貴なお人柄というわけではなかったが、おもろいオッサンだった。ただの酔客としても、時に霊的な感覚があり、酔うということが霊的になるとき、突拍子もない話の中に、その人の何かが現われるときがある。それが私の商売のおもろいところなんだよ、きっと。
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by barcanes | 2011-09-21 04:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

この世の中は結構うまくできているから変える必要はない?

まんまとハメられちまったのさ。あれは悪名高きT交差点、T交番の真ん前だ、信号のない横断歩道を通過して、そのすぐ先の赤信号で止まった。交差点の先頭車両のオレの助手席の窓をオマワリがノックした。確かにオレは見てなかったんだろう、横断歩道を渡ろうとしていた人がいたらしい。しかもオレはそれを妨害したんだそうだ。どこに証拠があるんだって否認し続けてやればよかったんだろうけど、虚を突かれ、はあ?って顔してた上に、嘘のつけない小市民の弱さにつけ込まれちまったのさ。情けないったらありゃしない。今さら抵抗しても後の祭りさ。しっかり2点減点だとさ。完全にナメられちまって、罰金9000円ごときで腹立っちまってさ。奴はこんな検挙、朝飯前なんだろう。オレたちがお客にもう一杯オカワリ飲ませんのと一緒さ。取れそうな顔してるのが分かっちまうんだ。まんまと乗せられちまったってわけさ。こんなんじゃ、通勤電車にでも乗ってたら簡単に痴漢にもでっち上げられちまうだろうぜ。

そんなことをグチってみるとさ、みんな優しい言葉をかけてくれんだ。「ドンマイ!」ってのがなんだか嬉しいんだ。こんな軽微な違反、みんな経験してるだろうからね、お前もやられちまったかい?ってね。はは、ざまーみろ、ぐらいに笑ってくれてもいいんだけどね、でもなかにはオマワリの味方になってくれちゃうヤツもいるんだ。彼らも仕事だからって、文句言っちゃダメだって。そいつは福島で被災したときに警察に助けてもらったんだって。彼らがいなかったら助からなかったから、警察に文句は言っちゃいかんってさ。そう言われると弱いんだけどな。でもあいつら、自分たちが交通弱者の命を守り、この国の治安を守ってるんだぐらいのお題目を唱えてくるじゃんか。あいつらは人間なんて見ちゃいないんだぜ。仕事なんだ。もちろん奴らの中にはいいヤツもいるだろうさ。奴らの中にいる人間は。でも仕事の服着た奴らを、オレは信じないね。

そんな感じでムカついた自分の気持ちを中心に(あくまで自己中心的に)考えてみると、この社会の治安を守っているのは「ドンマイ」とか「怒っちゃダメよ」とか言ってなだめてくれる我々の方だってことさ。治安を守ってるのは奴らじゃないよ。お題目を唱えて時々ミセシメにするだけさ。体裁と現実はフィットしちゃいない。その合間を埋めているのは、しょうがねえなって諦めて笑ってゴマカして忘れることさ。こうして現実のこの世界はいつだって、体裁のほうに合わせられてゆくのさ。タバコ吸っちゃいけない、チャリンコ停めちゃいけない、あれはダメこれはダメって、人の迷惑になるから、誰かを傷つけ殺すかもしれないからって、みんな人の迷惑になることを恐れて、そして自分の体に悪いからって、体裁ばかりの社会を築き上げてさ、それに自分たちの現実を一生懸命フィットさせようとしてるんだ。仕方ない、笑って従おうって、そうやって治安を守ってるのさ。治安を守ることはいいことに違いないけど、そうしてるうちに変な制度ばかりにがんじがらめになっているんじゃないのかい。体裁と理想を間違っちゃってるんじゃないのか、オレたちは。抜け殻の民主主義の中で、なだめ合ってるだけなんじゃないのかい。

この世の中は結構うまくできているから変える必要はないと思わせられてしまうことに対する危惧を繰り返しているノーベル文学賞を穫ったペルーの作家マリオ・バルガス・リョサの今年6月に日本で行った講演から抜粋。表面上我が国は「軍事独裁政権」ではないが、そこをどう読みとるかは人それぞれなんだろう。でも、世界は現在もある種の独裁状態と言えるのではないでしょうか?

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 さらにもうひとつ、この上なく重要な要素があります。それは民主主義と自由という要素です。民主主義というのは不完全な制度ですが、暴力を減らし、貧困を減らし、個人が強制されたり規制されたりすることなしに自らの生活を選択できる空間を作り出すための社会を生むことができた、あらゆる制度の中でも、不完全さの少ない制度であることを私たちは知っています。民主的な社会は、独立し、自由な、しかも批評ができる市民からなる社会です。もしも市民が民主的生活に参加しなければ、社会制度は衰え、民主主義も衰えます。そして民主主義は一種の抜け殻になってしまう。だから民主主義においては参加することが必要なのです。それも機械的で習慣的な参加ではなく、市民による創造的で批評的な参加が必要です。

 文学ほど一市民の批評精神を鍛える活動はありません。文学は、世界がうまくできてはいないこと、現実の世界は私たちが欲求によって想像し、望みうる世界よりも常に劣っていることを教えてくれます。文学は、あるがままの世界に対する不同意の源泉であり続けています。それは私たちが持ってはいないが、想像したり欲したりすることができるものを望むための動機となります。人が生まれてから死ぬまでの生活を完全に管理したいと望んできた歴史上のありとあらゆる政権が、常に文学に不信の念をいだき、文学を管理し検閲するための制度を作ってきたことは決して偶然ではない。政権はそれが宗教を背景にしたものであれイデオロギーを背景にしたものであれ、あるいは大したイデオロギーも持たない単なる軍事独裁政権であれ、いずれも文学に対し大きな不信感を抱いてきました。文学の中に、人々にインスピレーションを与え、彼らを導き、社会を全体主義的に管理しようとする目的にとっては危険であるものを常に見出してきたからです。そしてこの危惧は間違っていませんでした。

 文学は今ある世界の居心地の悪さを教え、あるがままの生活がよくできている---あらゆるタイプの独裁政権が信じさせようとしたこと---は偽りであることを明らかにしました。独裁政権が組織した世界というのは、そうでなければならない、そうあるべきだという世界です。ところが文学は、人を活気づけ、絶えず生き生きさせる。権力者の命令に従い規定を守る単なる習慣的行動には陥らせず、すべての願い、望みを満たせるように、変えるべきこと、改善すべきことがあるのだということを教えてくれる。したがって、自由な市民の社会にはよき読書が浸透していることがきわめて大事です。なぜなら、よき読書は私たちに夢を見させ、持っていないものをほしがらせるとともに、世の中はうまくできているので変える必要がないと思わせようとすることに対しては、常に批判的である姿勢を私たちの中に育むからです。

(中略)

 今日の大規模な視聴覚革命によって圧倒され、スクリーンに隠れて、書籍が消えるとしても、もちろん世界は存在し続けるでしょう、そしてことによると技術的にはすばらしく発展し続けるかもしれない。しかし、その世界は何か基本的なものを失うのではないか、その内的世界、秘められた世界、感情や感覚のイメージからなる世界、実生活には存在せず、まさに存在しないからこそ創造しなければならない、空想と言葉によって作り出さなければならない世界を失うのではないかと思います。そうして作り出された人生は、はかない架空のものです。とはいえ、それは驚くべきリアリティーを備えている、というのもその人生によって私たちは、実際の人生に耐えることができるからです。実際の人生というのはそれだけでは不十分です、少なくともひとりの人間のすべての欲求を満たすには十分ではないのです。

 男性も女性ももはや夢見る必要がなくなる時代が来るとすれば、それこそ最悪の事態が生じるでしょう。なぜなら歴史に登場したありとあらゆる独裁政権が夢に見てきたことが実現するからです。それは、世界はうまくできているから、現実を変える必要はないと私たちに信じ込ませることです。

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マリオ・バルガス=リョサ 野谷文昭訳 「文学への情熱ともうひとつの現実の創造」すばる2011年10月号 集英社より
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by barcanes | 2011-09-13 19:58 | 日記 | Trackback | Comments(0)

うみさくらフェスに出店します

9月10日(土)に江ノ島で行われる「UMISAKURA MUSIC FESTIVAL 2011」の飲食ブースに出店の手伝いをすることになりました。 先日福島県相馬市に一緒に行った炊き出しチームで参加する予定です。隊長の田火田店主は、炊き出しでお出ししたのと同じメニューを出すことも考えているそうです。GATTIからはイタリアン的なものを出してもらいたいなと思っています。当店からは、モヒートやおいしいカイピリーニャなどを出すつもりです。

このイベントの前売りチケットを、当店でも販売してます。うちで買うと、いいことあるよ!うちで買ってくれた方がきっといいよ!

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by barcanes | 2011-09-10 21:05 | イベント | Trackback | Comments(0)

【告知】「ぎゅーぎゅー99祭り~オレと夜とコントラバス」

当店おなじみ、と言いながら久しぶりの登場、「ぎゅーぎゅー」こと大澤逸人さんがついに、ウエストサイズに見合った左利きウッドベースを入手しました。その記念すべき御披露目ライブを、“ケチャと4ビート”でおなじみの城田有子(pf)率いる異国でヒッチハイクなJazz集団「YAA楽団」と送りします。

9月9日(金)「ぎゅーぎゅー99祭り~オレと夜とコントラバス」feat.YAAorchestra
チャージ:2000円(ドリンク代別途) 8時スタート~2set
河原厚子(Vo) 城田有子(Vo,Pf) Oka-P(Per) 内田光昭(Tb) Tomy G(Sax) かおりん(Trumpet) イット(B)

itsuto.blog104.fc2.com/

楽しみです!お楽しみに!
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by barcanes | 2011-09-09 01:16 | イベント | Trackback | Comments(0)

This Is Radio Cane's!

うるせえガキんちょたちが、ガキといっても高校の制服を着てんだけど、ハンバーガー屋ん中でノイズをたててる。「うっせーな」と言いたくもなるけど、まあコイツらなんかになんか言っても無駄だし、めんどくせーし、ってつまり他人事だからね、関係ないんだ。文句の一つでも言えば、相手が聞こうが聞くまいが関係が生まれちまう。つまり他人じゃなくなっちゃうのさ。ご親切にもね。それはアンタとオレがなにかを共有してる共同体になっちまってるってことさ。アンタとオレは「オレたち」になる。

ここがオレの店なら文句は言わせないし、自分の大事な場所だっていうんなら、なんか一言ぐらい言ってやんなきゃいけないだろう。でも余所の町だったり、やっすいファストフード店なんかだったら、知らないふりさそんなヤツ、守らなきゃいけないものなんてないんだし。まあでもガキんちょなんてウザいもんだし、仕方ねーなオレだって若い頃はって、やさしい眼差しで「うっせーな」って言ってやってもいいんだけどね、つまりそれは、若い頃の自分に対して言うのさ。そいつらは自分だってこと。将来オレになるって意味じゃ、それこそ運命を共有してるんだ。アイツらは「オレたち」でもあるのさ。だから若い奴に叱ったりするのは、そいつらのためなんかじゃなくて、自分のためなのさ。自分にとっての「オレたち」のためなんだ。

そうやって「オレ」が「オレたち」になる瞬間がある。そんときに政治って呼ばれるものが生まれるのさ。他人同士が結婚して「自分たち」になるのも、家を継いだりする家族の問題だって、社会の問題とかあるいは文化の継承なんて、お祭りを若い人が引き継いで残していくのも、政治的なことなのかもしれない。だって人は簡単にバラバラになれるんだ。オレは知らねー、って言っちまえばそれまでさ。

人の最小単位は一人一人ってことさ。つまりは政治が、民主主義ってヤツが、人を、簡単にはバラバラにならないはずだった人たちを、最小単位の一人にまで引きはがせることに気づいちまったんだ。オレはお前と違うんだからオレは知らねー、って言っちまった瞬間に、人はバラバラになってしまう。だけど人はそもそも個性が違うのだし、バラバラなのが当たり前でもある。オレたちは「オレたち」から「オレ」にもなれるし、いろんな種類の、大きさも大小の「オレたち」にもなることができる。オレたちの民主主義ってのは、人の単位は一人一人バラバラってこと。そんでもってバラバラの、無数の「オレ」をどうやって「オレたち」にまとめ上げ、あるいはでっち上げ、その気にさせるかってのが民主主義の政治ってヤツなのさ。

一人一人の人間が自分たちの集団をつくる。集団があって人間があるわけじゃないさ。でも人間は家族から生まれて社会の中で育つもんだから、集団あっての人間ってことにも慣れちまってる。民主主義ってのはその矛盾なんだ。・・・考えてもみなよ。選挙だってもともと自分たちの代表を議会に送り込むための手段として獲得したもののはずさ。・・・それがいつの間にか形だけになっちまって、自分たちの代表を探さなきゃいけなくなっちまったのさ。「自分たち」がなんなのかも分からないのに、その代表を選ぶことなんてできるわけがないじゃないか。オレたちは便利なものを手にしたと思わせられといて、実はまんまとハメられてたんだ。利用されてんのさ。選挙に行って、政治に参加した気になって、いつの間にかわけの分からない「自分たち」になっちまってるって仕組みさ。

保険だって言ってみりゃギャンブル、よく言って相互扶助のためのものだろ。だけどそれが利用できると分かったとき、儲けの一線を越えちまったときに、本当に必要なものじゃなくなっちまう。いろんな特約を付ける代わりに、放射能がバラまかれた途端にガンの基準が厳しくなっちまう。ガンになって困る人が増えるかもしれないのに、逆のことをしちまいやがるのさ。困った人を助けるために、困らないように、と言いながら、実際は困ってる人を助けることができない仕組みなんだ。・・・要するに組織的な恐喝さ。生きていくには保険に入らないとなにもできやしない。なにをやるにも保険に入っておかないと困るよって言うんだから、順番が違うじゃないか。人を助けるためなんかじゃない。小銭をかき集めるための世界的な恐喝なんだ。誰だって分かってる、そんなこと。

オレたちは順番を間違っちゃいけない。そんなこと今さら当たり前のことかもしれないけど、オレたちはいつだって基本に立ち返らなきゃいけない。いつだって0から始めないと。もちろんオレだって保険も入るしこの国やこの政情を認めなきゃなんない。誰だって分かってるさ、分かってるけど仕方ない、この現状に生きるには受け入れるしかないって。でも順番を間違っちゃだめだ。卵か先か鶏が先か。そんな言い方するから分かんなくなっちまうのさ。過去が先か、今が先か。おかしな言い方になっちまうけど、今が先なんだ。歴史が先か、今生きてるってことが先か。過去があるから今があるんじゃない。歴史なんか後からできるんだ。いつだって、今からすべてが始まるのさ。その基本だけは、間違っちゃだめだよ。

自分がいるから暴動が起きるのであって、暴動があるから自分がそこに乗っかるんじゃない。黒い人たちがレンガを投げてるのに、白い人たちはガッコーに行って言われたとおりにしてる。黒い人たちが暴動を起こしてるんだから、白い暴動もあったらいいなって、黒白分けてしまったから差別的とも取られてしまうんだけど、そうじゃない。自分は自分自身の暴動を欲してるんだ、と言ってるんだ。

人と国、の順番も間違えちゃいけない。国のためなんかじゃないさ、オレたちが生きてるのは。人のための、人の向こうに国があるのかもしれないけど、国があるから人があるんじゃない、人がいるから国があるんだぜ。そこを間違えちゃだめだ。「国」とか「日本」とか言われちゃうと、ちょっと苦手なんだけどね。言い方にヒネリがなさすぎると、ビックリしちゃうだけなんだよね。

アメリカ第2の国歌と言われる"God Bless America"に対する、怒りの返歌と言われるウディ・ガスリーの「我が祖国」。神のものである前に人のものなんじゃないかと。フォークはいつだって、変なヤツ、おかしなヤツ、いかれたヤツ、うちのめされたヤツ、それでも頑張って生きてるヤツ、なににも頼れずに自分の力で生きてるヤツ、不器用にぶつかって死んでゆくヤツ、一人一人バラバラで誰とも同じじゃない人生を自分で作ったヤツを歌うんだ。生きることは闘うこと、なぜなら闘わなかったら生きてることにならないからさ。闘わなかったら、自分で生きてることにはならないから。闘う、ってことはそういう意味さ、自分の力で生きたってことを、流されるんじゃなく自分が何かを切り開いたことを言うのさ。

いろんな人たちの力に支えられ、今までの歴史と家族の流れの中で生きてきたんだけど、それだけじゃあ自分で生きたことにはならない。みんな一人一人、生き方が違うってことは闘い方が違うってことなんだ。フォークはそれを歌う。答えは風になんか舞っちゃいないんだ。答えもなにも、「すべてはオレの中」にあるんだ。なのにみんなで「風に吹かれている~」なんて合唱しちゃうのは、やっぱりおかしかったのさ。そうだろ?みんなで誰かのせいにしちゃおうぜって言ってるようなものじゃないか。みんな、それぞれの闘いをしてきたんだ。世界中の闘いは自分の闘いなんだぜ、自分がそう思うなら。だって、自分はこの世界の中で生きてるんだから。

そんなことを言おうとして、そんなことうまく言えるわけもないさ。そんな「レディオ・ケインズ」第一回目でした。また次回!

店主ゲンの「Cane'sなう(仮)」プレイリスト

1, "Capital Radio" The Clash
2, "White Riot" The Clash
3, 「にっぽん」 今西太一
4, "This Land Is Your Land(Live)" Bruce Springsteen
5, "Do Re Me" Woody Guthrie
6, 「銭がなけりゃ(live)」 高田渡
7, 「一台のリヤカーが立ち向かう(Live)」 中川五郎
8, "Guantanamera(Live)" Pete Seeger
9, "Blowin' In The Wind(The Newport Folk Festival-1963)" Bob Dylan
10, 「人生最後のショーのように」 今西太一
11, 「アリ」 ヘルメッツ
12, 「ファイト!」 竹原ピストル
13, "Revolution Rock" The Clash
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by barcanes | 2011-09-03 01:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)