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やりきった

ああ今日で10年やり切ったんだなあと思った頃に、たぶん開店の初日にも来てくれたアニキが来店。あの頃彼はまだ30代後半、大人だと思ってたけどまだまだヤンチャしていたわけだ。10年ひと昔。「decade」。一つの時代だ。誰も10年前に今の自分のことなんて分からないのと同じように、10年後はどうなってるか、全く分からない。きっとなにかは確実に終わっているだろうし、まだなにも芽生えていない種が、根を張り花を咲かせているかもしれない。

明け方、パソコンのメールを開いたら、別のアニキからこんなメッセージが届いてた。さっきまで飲んでたし、「この店で一番高いの」をおごってくれたじゃん。「物事は10年続けたら、本物だよ。おめでとう。もうすぐ思いもしなかったgiftが返ってくるぜ。」もう十分にギフトをもらってる気がするけれど。まだなにか待っているのだろうか。
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by barcanes | 2011-01-31 20:31 | 日記 | Trackback | Comments(0)

痛んだ者だけが

昔よく来てくれていた若手が何年かぶりに顔を出しに来てくれた。交通事故にあって大変な思いをした。それでも彼は運命を受け入れ、自分の役目を果たそうと頑張ってる。それでいいんだよ。役目っていうのは正しい言葉じゃないかもしれないけど、自分にできること、イコール自分のやりたいこと、だ。「主観すなわち客観」とは名言でさ、自分は自分のペースで、そしてまわりをまっすぐ見ようとしていれば、あとはまっすぐに進めばいいんだってさ。そして言い訳せずに、他人のせいにしなければいいんだよ。世の中のせいでも、どこかの国のせいでも、僕らの生まれた環境のせいでもない。偶然を選びとれば次になにかが待っている。痛んだり、泣くような思いをした者だけが気付けるようなことがあるよ。
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by barcanes | 2011-01-30 14:42 | 日記 | Trackback | Comments(0)

まえかわとえみちゃん

お店を開ける前にちょっとサボって南口のサウサリートへ。まえかわと恵美ちゃんのデュオを見に。二人だけでワンステージやるのも初めてみたいだし、恵美ちゃんはサウサリート初登場かな。僕自身もサウサのライブに行くのは初めてで、いつもうちに来てくれてる可愛い二人を、飛雄馬を木の陰から見守る明子姉さんの気持ち5%ぐらいで行ってきた。残りはもちろん、単純に見たかったから。30分ぐらいで帰ってきたけど、お客さんもたくさん集まっていて、暖かく見守ってくれていて、そして二人も自分たちのペースでゆったりと間合いを使って、掛け合いのコーラスもチャレンジングで、とってもよかった。新しいことにチャレンジして、これまでに培ってきた技術や道具を使って、新しい世界を切り開いていくのを見ているのは、とっても素晴らしい気分だ。「モーフの旅」のリュウジ君の曲を二人で歌ったカバーもとても良かったよ。

伴奏は恵美ちゃんのウクレレかカリンバかコンサーティーナか、あるいは無伴奏で、二人のボーカルのハモリや掛け合いの部分は、ほとんど決めずにやっていたらしいよ。こういうのはやっぱり、女の子たちにはかなわないね。女の子たち同士のインプロヴィゼーションがこれからの世の中をかたちづくってゆくのだ。ある程度しっかりしたアレンジの中でやるのもいいし、エンターテイメントにはならないかもしれないけど、どうなっていくかわからないまま進んでいって、突然終わってしまうような、そんなカオスでいいのだ。

遅くになってサウサリートからお客さんが流れてきてくれて、二人もやり終えた高ぶり感もおさまりきらず、みんなでワイワイ騒いで、なんとなく突然おさまっていって、人のカオスってやっぱりそういうもんじゃん。最後はまえかわと恵美ちゃんとそれから理恵ちゃんと、三日続けて顔を合わせられて、楽しかったよ。
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by barcanes | 2011-01-29 14:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)

アイリッシュ・ナイト

アイルランドのアコーディオン、コンサーティーナを弾く恵美ちゃんと、アイルランドの太鼓ボーランを叩く理恵ちゃんと、ギターの間瀬さんと、3人で軽めにセッションの予定が、お客さんで来ていたフィドルの椎野さんが急遽参加してくれて、どうなるものかと思った演奏が、なかなか楽しめるものになった。アイリッシュの音楽のセッションは一朝一夕にいくものではないだろうが、恵美ちゃんは来月からアイルランドに音楽の旅に出る予定だ。みんな少しずつ上手くなっていくといいな。僕もアイリッシュ音楽は好きだし、アイルランドに縁のある人も少なくない。辻堂の奄美カレー&カフェ「カフェ・キョール」のご夫婦もアイルランド在住経験もあり、音楽への造詣も深く、今日もレコードをかけながらアイリッシュ音楽の話をしてくれた。そうしてアイルランドの音楽を聞く人が増えていったらいいな。
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by barcanes | 2011-01-28 14:24 | 日記 | Trackback | Comments(1)

10周年記念Cane'sバンドのリハ

太陽ぬ荘の一番大きいスタジオを予約して、今日は9名で最初で一度きりのリハーサル。この2月でCane'sも10周年になる。なにかバンドを呼んだりするのではなく、なじみの人たちに来てもらえるイベントにしたいなと話したら、間瀬さんがいろいろ考えて取り計らってくれた。みんなでバンドをやる。僕もちょっとだけ参加させてもらう。どんな曲をやるか、選曲には難航したが、プロデューサー間瀬さんのイメージには十分に愛を感じた。わずか5曲だけど、3時間かけて流れをだいたい決めた。ちょっとだけのつもりだったのだけど、僕は詩を読んだりピアノを弾いたりギターを弾いたりすることになった。大変だ。練習も準備もなにもしてない。とりあえず音の出なくなったエレキギターに油を差し、弦を張り替えて、とりあえず適当に詩を書いてみた。課題曲スプリングスティーンの「Hungry Heart」は妻子ある男が突然家を出た、という書き出しで始まる。我々のハングリー・ハートはいったいどういう現実を生むのだろう。間瀬Pがこの曲を僕に振ったのには、無意識かもしれないけどやはりテーマがあったのだ。おそらく世界で一番しょぼくれたHungry Heartになるだろうな。他の曲もなぜか別れの曲が多かったりして。まあ別れがなければ先には進めないのだから。

今回のメンバーは、間瀬P(ベース、アコギ)、恵美ちゃん(ボーカル、コンサーティーナ)、まえかわ(ボーカル)、二見”アーロン”潤(ボーカルwithタンバリン)、田尻君(ピアノ、トロンボーン)、宮下君(ペダル・スチール)、しんぺー(アコギ)、理恵ちゃん(パーカッション)、というおなじみの豪華な顔ぶれです。そしてサンドフィッシュ宮井さんが詩を読んでくれる他、浅見さん、カズマっクス林さんなどレコードを回しに来てくれる人もいます。

2月5日(土)9時ぐらいから。演奏は10時過ぎになると思います。準備は5時ぐらいからやります。USTREAM中継もしてくれる予定です。どんなことになるか分かりませんが、楽しみにしていてください!ちなみにお店の開店記念日は2月1日なのです。

スタジオ慣れしている若手たちに混じって、私はスタジオに来るなんて10年ぶりぐらいだし、アンプはでかいマーシャルだし、リバーブ全開で超興奮だった。休憩でも終わった後も興奮覚めやらず、太陽ぬのロビーで缶ビールをたくさん飲んで、その後はみんなで田火田に行って、最後はまえかわと理恵ちゃんに囲まれて、朝4時まで大騒ぎしてしまった。昼頃目覚めて、さすがにちょっと二日酔いだったけど、昨日はすごく楽しかったな、幸せでもう死んでもいいな、なんて思ってしまいました。みんなが僕に付き合ってくれて、演奏も合わせてくれて、間瀬さんも指示をとばしながらも終始にこやかに、音楽やり慣れてるみんなは話も早くて、申し訳ないけど、これは僕の10周年のご褒美だと思って受け取らせてもらうことにします。
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by barcanes | 2011-01-27 14:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ラノワ時々ロンセク

c0007525_14412100.jpg先週はロン・セクスミスばかり聞いて、時々ダニエル・ラノワ。今週はだいたいラノワ時々ロンセク。もうすぐ新譜が出るらしいロンセクの2008年盤「EXIT STRATEGY OF THE SOUL」は、昔のソウルの雰囲気を出したくて、ホーン・セクションをキューバに行って録ってきたのだそうだ。オープニングとエンディングにロンセク自身が弾いているピアノのインストの小曲が入っていて、簡単なコード弾きとエコーの効いたセンチメンタルで暖かい空気感がとってもいい。テクニック的にすごくはない人が少ない音数で響きを大切にしている音楽、そういうものがしっくりくるときがある。

c0007525_1451299.jpg空間系といえばラノワも歌う人だが、やはりインストがいい。ペダルスチールのインストものが素晴らしい。花のジャケットの2005年盤「Belladonna」や、3枚組の「omni series」にも「steel」というディスクが入ってる。80年代にイーノ等と作ったコンピ「music for films」なんていうのもだいぶ昔に買って最近見つけてきたんだけど、80年代にもラノワの音だ。包み込むようで少し冷たくて、日常のそこかしこに潜む暴力性を少しだけ開いていき、その分だけやさしい。c0007525_1462752.jpg暴力とやさしさがダイレクトなのだ。やさしさとは距離感かもしれないが、近づいていって暴かなければわからないこともある。分からなければやさしくはなれない。しかし優しさと暴力とが相反するものではなく、むしろ暴かなければ、痛まなければわからないやさしさというもののあり方を、ラノワのサウンドは表現している。それはたとえば残響の取り扱い。音楽は放たれた瞬間に過去という時間を生んでゆく。c0007525_1472734.jpgしかし本当は、音楽は耳に届いた瞬間に生まれるものなのだから、常にズレが生じている。自分にとっての過去が、相手にとっての現在であったり、その逆であったりするこの暴力。理解を拒み、理解を強要する暴力。今は分からなくても、いつか分かるかもしれないというやさしさ。今は届かなくても、いつか届くかもしれないというやさしさ。音楽はその両方を常に持ち合わせている。人が相手の思い出をコントロールできないように、c0007525_14133170.jpg残響を完全に掌握することなんてできないが、丁寧に取り扱う価値は十分にあるのだ。そしてそういうときには、言葉はいらないものなのだ。

ラノワのプロデュース作には、ディラン、ネヴィル・ブラザーズ、U2、ロビー・ロバートソンなど名作が多いが、ジャズだけじゃないドラマー、ブライアン・ブレイドのリーダー作、98年「BRIAN BLADE FELLOWSHIP」も良いですよ。
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by barcanes | 2011-01-25 13:52 | 日記 | Trackback | Comments(0)

マンガを読んでみた

マンガの好きな女の子に、五十嵐大介の「海獣の子供」「魔女」「SARU」を借してもらって一気に読んだ。非常に面白かった。少々運命論的すぎる感じもするけど、秘められた、隠された運命をひもといてゆくような話は好きだし、サイエンス・フィクションも歴史的なフィクションも好き。歴史はあんまり信じてないけど、運命は結構信じるようになった。そろそろ信じていかないとやっていけないもんね。ノン・フィクションが歴史となり、偶然や運命はフィクションでしか描けないのだろう。人と人との出会いは運命であるよりは、そのきっかけ。いろいろ辿り得る道の交差点。一つ一つの選択に心を澄ましていたい。聞こえる声のする方へ。あるいはしない方へ。

僕のバーも、ひとつのフィクション。街の片隅の、忘れられる夜の、儚い偶然。積み重なっても歴史にならない。だからあと1週間で10周年になるのだけど、あんまり重くないね。軽いもんだ。軽やかでいい。
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by barcanes | 2011-01-24 23:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

マラソンを応援する

ある女の子がフル・マラソンを初めて走って完走した。女の子という年ではないが、人はいつだって生き始めたばかりだけど生まれたばかりではない子供のようなものだ。身体に強くないところがある彼女がマラソンを走ることについてはいくばくかの賛否両論があり、それ以外の人にとってはどうでもいいことだ。心に弱さを持っている人も、同じようなことなのだろう。他人がやりたいと思ったことは誰にも止められない。応援というのはとっても他人事で、応援したい人は誰彼かまわず、事情も知らずに勝手に応援する。心配も応援も、どちらにしても見守るしかないのだろう。本人の決意には決して届かないのだから。

マラソンを完走したということは、特になにか意味のあることでもないが、その一日の思い出が、それまでに走ってきたことや、「走る」ということについての思いを集約して、象徴化してゆく。それはそれまでの日々の中で、練習する時間を捻出し、いろいろな困難を乗り越えて、それでも走ってみたいと思う気持ちを持ち続けたことの、その思いの分だけ重層化する。ただなんとなく走れてしまった人には、きっと分からないだろう。その日の思い出は月日を経るごとに、まるでなかったことのように、嘘だったかのように思えてくる。2万人もの人が走って、楽しそうに、苦しそうに、そしてレース後は座り込み、足を引きずり、一様に「走った」というあの雰囲気の中では、ほんの少しの共感が自分だけの思いを邪魔したりする。走って良かったな、と思うのは、そうして少し嘘だったのかな、でも確か走ったはずだよな、って感じてからなのではないかな。

2万人もの人が足を引きずり、階段をおそるおそる上り下りし、とぼとぼと道を歩いてゆく。2万人もの人が不健康になり、不健康を楽しんでいる。マッサージと薬屋が儲かり、また新しいシューズが売れる。酒やタバコと同じように、そのうち「シューズ税」とか「禁走」ブームなんていうのが来たりするかもしれない。実際、走ることは決して身体に良いことではない。身体を動かさなくても身体に良くない。美味いものを食っても身体に良くないし、安いものを食っても良くない。外に出れば危険。引きこもっても不健康。我々はなにをしたいのだろう。

したいことをするしかないのだ。どうしたらうまくいくとか、どうしたら身体にいいとか、どうしたら一番いいとか、一般論はもうやめよう。どうしたら安全で無難で楽できるかなどという、生きながらえるための一般論では我々はもうどこにも行けないのだ。個人的な話をしよう。一般論で生きたら一般的な人生にしか出会えない。それももちろん悪くはないけど、偶然を信じて。全ての縁がそこからつながっているのだから。なにかをしたい、走ってみたい、このお店に入ってみたい、そんなひらめきや直感さえ偶然なのだ。偶然を選び取るのだ。その偶然がなにかをスタートさせたとき、我々は新しく生き始めている。日々たくさんの偶然がそれぞれ生き始めて、そのうちのいくつかが秘かに生き続けていて、ある時、なにかの縁につながって、突然「あのときの偶然ですけど、まだ生きてますよ」と告げてくるのだ。そうでしょ?でもそんな偶然で、人はダメになったり死んでしまったりすることもあるかもしれない。バッドな偶然には気をつけて。バッドな偶然に打ち負かされない体力も必要だ。走って鍛えよう!

初めてのマラソンってやはり一度きり。初めての人生も一度きり。なにかを始め、生き始めようとしている人は応援したくなるものです。勝手に。

****************

今日は朝早くから一日、お客さんや同級生や先輩の荷物番と応援をしました。裏方に徹したのは初めて。スタート地点で待ち構えて、みんなの上着を受け取って、テントを張ってひとりでビールを飲みながら、暖かい日差しに寝っころがってぼんやりしていました。2時間40分ぐらいで走っている人さえ、なんだかゆっくりに見えました。苦しんで走っている人の姿が、やっぱりイヤだなあと思ってしまいました。苦しいのが分かるから。無理とは分かっても、苦しまずに速く走れるようになりたいなあ。

参考文献:「羊をめぐる冒険」村上春樹1982年
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by barcanes | 2011-01-23 20:50 | 日記 | Trackback | Comments(1)

灰皿の教え

タバコがどこでも吸えた時代の話。学校の職員室はタバコの匂い。職員会議にはまず灰皿が並べられ、煙がモクモクでさ。「手を出すぐらいなら灰皿を投げろ。」手が滑ったと言えばいい。謝るには言い訳が必要。かつて大学出たての新人教師が先輩から教わった教訓。タバコにまつわる懐かしい時代の思い出。
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by barcanes | 2011-01-21 21:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)

湘南国際マラソンを走るみなさんへ

日曜の湘南国際マラソンを走るみなさん、すみません。私は走れません!痛みが取れないので今日、近所の整形外科に行ったら、骨にまではいっていないけど疲労骨折の寸前というところだそうです。前脛骨筋の疲労ということです。完治まで通常4~6週間。

ですが、当日は会場に応援に行くつもりです。もしよければ、上着など預かります。当日の朝は寒いと思うので、スタートまでの整列の間、上着など着て行ってください。僕はスタート近辺の歩道のあたりに待機してます。そこで上着など渡してください。で、全てスタートし終わったら、僕もスタートだけしようかな。良かったら連絡くださいねー!
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by barcanes | 2011-01-21 20:36 | Trackback | Comments(0)