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飲み締め

今年の走り締めは夕焼けに間に合わず、かろうじて富士山のシルエットが影絵のように西の空に浮かび、少しずつ群青の闇に溶けてゆくのを、ちょうどサイクリングロードの前方に見ながらのランになった。柳島までそれなりのペースで往復した。帰りは振り返ると江ノ島の展望台が小さく、クリスマスと同じイルミネーションで白く輝き、空にはまだ低くオリオン座が上っていた。暗闇の海からの波音は穏やかで、ペースを上げると左足の甲から内くるぶしにかけて痛んだが、かまわずに気持ちよく走ってしまった。

大晦日は毎年、日付が変わる頃まで誰も来やしないのでのんびり出かけ、10時頃からせめてもの小掃除をして、換気扇やガス台をきれいにした。看板を出す前からお客さんが来てしまい、なんとか年が変わる前に終わらせないととちょっとだけ焦った。カウントダウン30秒前に滑り込んできたkzmxさんなど4人で乾杯。去る年最後のビールと新年最初のビールを飲んだ。

それから一人また一人とお客さんが集まってくる。毎年年明けに験担ぎに来てくれる横浜のとあるバー店主は、毎年気前よくおごってくれる。そう、元を担げばいい験担ぎになるのだよ。ほどほどに人数がそろったので、新年恒例、発泡性のにごり酒を開けた。去年は景気よく一升瓶の3分の2が吹きこぼれた。今年の「秋鹿の活性にごり」は上下にボールを当てて警戒したが、すかっと拍子抜けだった。もったいなくならなくて良かったけど、やっぱり吹きこぼれるぐらいが景気よくていいかもしれない。

そんなことで朝9時まで。眠っちゃった人もいましたねー。今年もよく飲みました。そして疲れてそのまま泥のように、どろどろに寝てしまいました。
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by barcanes | 2010-12-31 21:49 | 日記 | Trackback | Comments(0)

同窓会のメッカ

年も押し迫って、昨日は忘年会だったし、今日は誰も来ないだろうと油断していたら、大学の同級生から一人連絡があって、そのあと高校の同期バスケ部、同い年の藤沢一中の面々、高校の別のクラスの同窓会の流れが二組、高校のバレー部の後輩たち、そんな感じでぞろぞろぞろっと嵐のように来て過ぎ去っていった。忘れてた。30日は毎年、同窓会が重なる日だった。それにしても誰も連絡も予告もしてくれない。それでも懐かしい顔に会えるのは嬉しい。こんなお店でもやっていなかったら、会えないような顔ばかりだ。

その中でも気前よくお金を使ってくれて、私のグラスの減りにまで気を使ってくれたのは、独立して自分で仕事をしているYちゃん(4組バスケ部)。同じ独立人として、とっても嬉しかった。その気概だよ、雇われ者諸君!
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by barcanes | 2010-12-30 23:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Cane's忘年会

毎年恒例の忘年会。去年と同じようにお店のフロアにブルーシートを敷いて、羅臼の漁師の息子である常連M氏に今年も絶品の鱈を大量に送ってもらって、白子も肝もアラもぶち込んだ濃厚なタラチリ鍋である。野菜は鵠沼のコメディハウスでたくさん買ってきた。8時頃から野菜を切り始めたりして、参加者の集まりもスロースタートなのは、いつものとおり。

スイーツのおみやげなどもあって、みんなお腹いっぱいになって夜も更けた。そろそろ一人ずつ今年の反省と来年の抱負を宣言し、それに野次を入れる、恒例の忘年行事。いつからかこれがCane's忘年会の恒例になった。これをやらないと年忘れにならない。昨年末に「今年彼女ができなかったら頭を丸めます」となぜか宣言したtsk氏が年内残り数日というところで彼女をこしらえてきたので、メインイベントの予定だった断髪式は中止。期待を裏切る男tsk。ちゃんとやれよ。

一人ずつマイクを回してゆく。今年はお客さんの顔ぶれも少しずつ変わっていったように、忘年会の面々も少し入れ替わった。季節に一度ずつやった「持ち寄りpotluckナイト」のメンバーが、ミュージシャンだけでなく、音楽をやってない人や常連さんもつないでくれて広がったのが、そのまま今日の忘年会の大半になった。去年までは音楽のイベントには常連さんが来ず、音楽イベントと普段の営業日の客層が分かれていたのが、今年はそれが混じり合うようになった。年代的にも自分より年下のお客さんが増えて(その分結婚して子育てしている同世代が減り)、客層が幾分か若返った。そして幾分か、世間の基準から外れた人が多くなった。普通、とか、常識、とかいうことをあまり考えずに済むのは気楽でいい。普通の勤め人をしているフリをしている人も、「こっち寄り」の人が多い。そういうのをこれまで「ダメ男」というコンセプトでやってきたが、それはそろそろ止めて、なんて呼ぼうか。みんな自分のやりたいことを、やるべきことを、本気で、気分でも評価でも肩書きでもなく、自分のルールでやればいいのだから、「アウトロー」みたいなことだと思うんだけど。

そんなことで、みなさんのマイク回しがいつの間にか私へのダメ出しになっていったような気もする。今年の反省はCane'sの反省で私の反省だ。文句でもダメ出しでも不満でも、言ってもらった方がむしろ嬉しい。我々には常識も基準もないのだから、みんなそれぞれのルールで生きているのだから、文句やダメ出しは愛なのだ。同じ基準で同じルールで生きていれば、同意や褒め合いが愛なのかもしれない。しかし我々には、まず違いがあり、他人は自分の思い通りにはならないということがあり、その上でエゴやわがままで引っ張る人がいて、またそれに妥協やバランスをとる人がいて、そういう中で常識や「普通こうでしょ?」みたいな概念をなるべく避けながら、その時々のモラルを形成してゆく、ということをやっているのだ。もちろんこの店では私が唯一のルールであり裁判官でもあるのだが、基本的には陪審制をとっているつもりだ。みなさんの文句やダメ出しを、真意として受け取る。その中から常識的な興味や無責任な母性愛(オバチャン的お節介ということね)や経験則のないアドバイスは、丁寧に取り除かせていただいております。

だから「もっとダメ出ししてくれ」というのはこの店と私への愛であり、「もっと嫌ってくれ」というのは確かにひねくれた言い過ぎだが「もっと分かって、好きになってくれ」ということであり、おこがましい愛の要求なのだ。ひねくれてるとよく言われるけれど、それは、このおこがましさの裏返しなのだ。

イヤだったら来なくていい、というのも、そのうちお店もなくなるかもしれない(少なくともあと2年は頑張るつもりです!)というのも、半分逃げで、半分はみなさんのご愛顧の欲求です。その半々というところで、わがままに生きて、好き勝手に店をやっているおこがましさを回避してるつもりの、今年の忘年でした。来年はよりわがままに、マイペースになっていくと思います。よろしく!

最後まで残ってくれたメンバーで片づけをして、ついでにみんなで歌を歌ったりして、朝9時まで楽しかった。みんなありがとう。
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by barcanes | 2010-12-29 21:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)

闘う父子

久しぶりに「日本一の父」来店。半年ぶりかな。息子の闘っている状況も聞いたが、父も職場で後ろ盾のない闘いをしている。変わろうとしない人はどうやっても変わらないが、間違いを正すためにリスクを負いながら闘っている。現場はみんなそれを理解し応援している。上の者たちには届かないかもしれないが、しかしその背中を見ているのは、下の者たちなのだ。分かるヤツには絶対に分かる。その種は彼らの心に必ずまかれている。ズルや保身に走る人たちは、前に進もうとする者たちにおとなしく道を譲るべきだ。少なくとも、ズルをしていることの痛みを知るべきなのだ。

今年はやっぱり、こんな話ばっかりだったな。日本に未来がないとか、だから国が国民と経済を守るべきだとか、保守と保身はどこが同じでどこが違うのか。文句あるヤツは世界に出ていけばいいんじゃないか!あ、俺か。ズルをしてるのは。

頑張れ、日本一の父子!春には憎き奴らをぶっ潰すのだ!
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by barcanes | 2010-12-28 22:27 | 日記 | Trackback | Comments(2)

サボってみた

前日の片づけもそのままで全くやる気が起こらず、早々に今日はサボってやろうと決めた。いちいちやらなきゃいけないことに倍ぐらいの時間がかかって、ダラダラやってみた。暗くなって寒々とした7時ぐらいに走りに出かけ、のんびり風呂に入ってからご飯を炊き、10時ぐらいから晩飯を作って、NFLを観戦しながらゆっくり食べて、お店にたどり着いたのは12時過ぎで、それから掃除だのしてお店を開けられる状態になったのは1時半だった。どうしょもないな、オレ。それでもお客さんが3人来て、各々一杯ずつオゴってくれた。酒屋の注文の年末年始の予定を確認したら、今年初めて年の瀬を感じた。

明日はちゃんとやろう。
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by barcanes | 2010-12-27 22:26 | 日記 | Trackback | Comments(0)

かつら浜

初めての試み、「沖縄民謡&フォーク酒場」というコンセプトで、ちーまま役の桂さんが頑張ってくれて、いろいろな演者を呼んできてくれ、また桂さん自身も歌にサンシンに出づっぱりで盛り上げてくれた。お客さんもみんな楽しんでもらえたようで、良かった。上手下手も関係なし、練習不足もなんのその、自己満足も自分勝手もカオスに交じりあい、宴会芸のおこがましさ、庶民の素人芸がもはやプロの気取ったエンターテイメントなど、無用のものにしてしまう。そうして自分たちで楽しみを作り出し、みんなで楽しみあえるのなら、それはきっと素晴らしいことだ。そしてその中から光るものや輝くものが見い出せることもあるだろうし、そうやって希に庶民の中の天才が出てきたりしたのかもしれない。

しかし私はカウンターのこちら側でひとり、もうひとつ楽しめず、蚊帳の外のような気分であった。今日はバーテンに徹しようとは思っていたのだが。沖縄が好きな人が集まるお店には独特のあたたかさがあって好きなのだが、それはきっと自分が余所者でいられるからだろう。自分の店ではアウェイではいられない、というだけのことかもしれない。自分のホームのイベントからは、どうしたって逃げられない。お客さんが楽しめればそれでいいのだろうが、もう少し練習して、もっと良いものにしてほしいな。

以上、シニカルな書き方になってしまったかもしれませんが、出演してくれたみなさん、ありがとうございました。民謡酒場のステージの壁面にはたいがい海の絵が描いてあるので、そんな感じでと借りてきてくれた夕焼けの江ノ島の鳥瞰のタペストリー、丸山さんという染め物作家の方の作品ですが、見事でした。

イベント終了後、常連さんたちが売れ残った泡盛を次々に空にしてくれて、明け方には私もすっかり酔っぱらってしまった。
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by barcanes | 2010-12-26 22:26 | 日記 | Trackback | Comments(0)

「パプリカ」と「世界の終わり」

たまたまNHKのBSをつけたら、今敏という人のドキュメントと彼の作品である「パプリカ」というアニメ映画をやってて、思わず最後まで見てしまった。荒唐無稽な夢がつながってゆくハードボイルドで、夢を他人と共有できるという発明が暴走してゆく。その中で、何かを信じてストーリーを引っ張ってゆく女性がキー・パーソンだ。ちょうど私は村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読んでて、似たような構成だなと思った。やはり荒唐無稽な筋書きを引っ張ってゆくのは女性たちだ。こちらも夢や影や壁がテーマになっており、「パプリカ」の夢への侵入とその拒否という、「自我」というようなテーマに重なっているように思えた。

そこに共通しているのは「信じて進む」ということで、進むためには何かを信じることが必要だが、それは信じられれば何でもいいということだ。ある人は「公正さ」を信じようとし、その公正さをより公正なものとしようとすればするほど、世界を小さく限定しなくてはならない。世界が大きければ大きいほど、「公正さ」は幅や広がりや曖昧さや妥協を必要とする。逆に公正さの通用する、小さな世界になると、限定性や特殊性を受け入れなければならないから、そこで信じられるべき不変のものとしては、自分とか自我とか意識の壁とかいうことになる。つまりどちらにせよ、自分以外の「公正さ」を信じようとしても何も信じていないのと変わりがない。いや、「何かを信じている」ということと同義なのだ。

ある人は「本能」や「直感」や「天命」や「偶然」を信じようとするかもしれない。これらも何も確証のない、「何か」だ。あるいは「夢」でもいいし、「影」や「ネガティブ」でもいい。「自分」というものを信じることだって、何の確証のない。何かを信じるということは、何でもいいから信じるということなのだ。ただ「信じる」ということが必要だからだ。それは信じないと進めないからだし、生きることとは進むことなのだ。

だからこそ我々は、何を信じようとするかを考え、迷ってしまう。迷っているうちは生きていないということだ。あるいは諦め絶望し、惰性で生きてしまう。「世界の終わり~」の主人公はきっと、生まれ変わるのだろう。目が覚めたらきっと自分の人生を生き直すのだろう。というより、生き始めるのだろう。そのきっかけが、人生のスパイスというパプリカだというのは気が利いているが、それ以外はすべて聡明で優しい女性というのは、ありきたりで都合の良い男の願望でありすぎだ。きっかけが良い女だとは限らない。

そして今敏は46で癌で亡くなった。HPにも記載された「遺書」には、両親に「あなたたちの子供に生まれて良かった」と言ったら、母親が「丈夫な体に生んであげなくてゴメン」と言われて泣けた、という話と、末尾には「じゃ、お先に」と書き残していた。立派な死にざまだなと思った。死ぬまでちゃんと、生きたのだ。

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今日はクリスマス。今日のケーキはマーマレードのパウンドケーキと、チョコとナッツのパウンドケーキでした。
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by barcanes | 2010-12-25 22:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)

イブ

11時ぐらいまでノーゲス。読書が進んだ。ようやく常連が集まり出し、終電の1時ぐらいになってから、毎年恒例の母の手作りのクリスマスケーキを切って、みんなに食べてもらえた。入り口のところのリースも毎年恒例の母手作りだ。年に一度しか聞く機会のないクリスマス・アルバムを一度ずつ聞く。意外と枚数あるのだ。私の好きなのは毎年、ロバータ・フラック、デヴィッド・グリスマン、それとやっぱり「My Hometown」のB面に入ってるスプリングスティーンの75年のライブ録音「サンタが街にやってくる」だ。「Merry Christmas Baby」もいいけどね。

今年のクリスマス・イブは男女比ちょうど半々。寂しい男子ばかりの例年に比べて女子が多かったぞ。みんなそれぞれの思いがあったのかなあ。
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by barcanes | 2010-12-24 22:17 | 日記 | Trackback | Comments(0)

痛みの貨幣

木曜の祝日。鎌倉で買い物などして、街のクリスマス・ムードを吸収した。お店に帰ってきて、ようやくクリスマス・アルバムなどを引っ張りだしてみた。

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ある女の子が以前付き合っていて別れた、いわゆる「元彼」の結婚式に呼ばれた、という話である。あるいはその逆のパターン。自分はよくても、そのことを今の恋人や配偶者が知ったら、どう思うだろう。なんともイヤな、おこがましい話だな、と私は思ってしまう。

自分の幸せのはなむけに、大切な人を呼ぶのは悪いことではないのだろう。昔の恋人は、自分にとって大切な人であり、友人でもあるかもしれない。しかし、その全ての人に祝ってもらいたいというおこがましさが生んだ「痛み」を、いったい誰が引き受けるというのか。

その痛みは、一人一人にとっては決して大きいものではないかもしれない。当事者たちでさえ、たいしてなんとも感じていないのかもしれない。しかしその心の痛みは、確実に誰かが受け止め、あるいは何人かで分割して少しずつ受け止めて、痛みに気づかぬように消化されている。今のパートナーが代わりに受け止め、あるいは友人たちが割り勘のようにして少しずつ受け止めているかもしれない。

そしてその痛みは、アーティストとしての芸の肥やしとなったり、酒のつまみのエピソードか、それともため息とともに飲ませる酒の一滴として、飲み屋の売り上げに還元されるかもしれない。誰かの作り出した「痛み」は貨幣価値のように、どこかで誰かによって、分割されたり代替されて払われる。しかもその痛みは、誰かの幸せや快楽のために、その代償として発生している、ネガティブな貨幣なのだ。それを誰かが受け止めてポジティブに変換したところで、その貨幣は支払いを完済させる。

だから「痛み」の自覚なしに、自分だけの自分たちだけの幸せや快楽を求めるのは、ズルいのだ。せめて、自分たちの快楽のために誰かに痛みを発生させているかもしれない、ということぐらいは知らなくてはいけないと思う。我々の物質的幸福の下には、信じられないぐらい安価な労働力の痛みがあり、植民地主義的なヨーロッパ的な幸福の下には、差別的な搾取の痛みがある。自分と自分たちの幸福を、すべての人たちがセレブレイトしてくれるというのは、あまりにも身勝手でおこがましい考え方なのではないだろうか。

幸福は幸福で祝福されるべきというのは、どこかで痛みを発生させる可能性がある。だから儀式では「生け贄」を捧げることで、痛みを支払ったりする。必要以上にハッピーをハッピーで飾りたてたり、いつも最高だったり、いつも美味しすぎたり、いつも感謝しすぎたり、してはいけないのだ。いや、してもいいけど、その過剰分の痛みを誰かが支払わなくてはいけない。

逆に言えば、その痛みの代価として経済が成り立ち、過剰なおこがましさとして経済成長がでっち上げられているとも言えるような気もする。世界的な消費というお祭りだ。痛みも苦しみも忘れて、消費を楽しむのだ。お祭りはサクリファイスだ。毎日がお祭りなら、痛みも悲しみも全て捧げて、祝福すればいい。昔の恋人の結婚式も祝福すればいい。クリスマスも、プレゼント商戦も、意味もなく楽しめばいい。

でもやっぱり、お祭りが終われば、支払いの残った「痛み」が、長期ローンのように少額ずつ分割して支払われることになるのだ。
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by barcanes | 2010-12-23 14:54 | 日記 | Trackback | Comments(0)

雨に濡れて、何かが変われば

小雨の中、海の彼方、南方から雷のフラッシュがぼわっと光った。すべてにもやがかかり、水平線は灰黒と群青のグラデーションに溶けている。江ノ島はショーケースの中のクリスマスケーキのように、展望台のイルミネーションが曇りガラスの向こうで寂し気に、それでいて暖かく光っていた。ランニングから帰宅した途端に雨が激しくなった。こんな日には、お客さんは来ないだろう。それでも冷たい雨に濡れながら飲みに来てくれる人は、雨の中に遠目に光るお店の看板や照明を、寂しげにそして暖かく感じるのだろう。お店はきっと静かで、誰もいないだろう。でも誰か来るかもしれない、と。

自分の今までのやり方や考え方、人とのつきあい方やお金の使い方、そういうものが変わってゆくチャンスというものがある。何か新しいことを始めたり、新しい人のつながりができたり、転職や引っ越し、着るものや持つものが変わっただけでも、何かが変わるチャンスである。それでも頑なに「なんで変わらなきゃならないの?」と変化を拒む人もいる。そんな人も年をとり、見た目にも体力も衰えていけば何かが変わらざるを得ない。変わらなきゃならないからこそ、変わることを拒むのかもしれない。20代から30代への最後の冬に(29歳のナンチャラっていうドラマあったねえ)、ひとつの転機が訪れている諸氏は、そういうチャンスを逃さぬよう!高校生気分はそろそろ捨てて、ちょっとだけ大人に、っていうか男に、ならないとね。そうでもなけりゃ、いつまでもこのままだぜ。
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by barcanes | 2010-12-21 23:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)