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ファン研なんでカバーやねん特集

9/27(水)


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先日9/8にGenさんの金曜日でやったカバー特集「誰のカバーやねん?」に触発された我らがファン研部長、平日水曜日のFunk研究会開催第6回目。ファンク関連で60曲以上用意してきてくれた。歌詞や日本語訳を読みながらFunkを聞く、っていうのが意外にも面白かった。シンセFunk全盛の時代に、声だけマシン化させてそれ以外は肉感的なブラック・ミュージック度を残したZAPP/ロジャーのソウル愛が特に印象的だった。


いつも入念に準備してきてくれながら、当日その場で流れを変えてくる即興力を見せてくれるファン研部長だったが、この日は「失敗するぐらいがちょうど良いんだ」と言い残して終演。音楽をうまく聞かせるというのは簡単ではないと思うけど、気張りすぎずに気持ちの流れでレコードをかけてくれるというのがカウンターDJの気楽で面白いところだと思うのです。


しかし私と言えば2日後に迫ったカセット発売に頭がいっぱいで、ちょっと申し訳ない気もした。前日からダビング量産を始め、この日は”JBK Records“のチラシを作ったり、朝まで作業してカセットのインデックスやラベルはほぼ完成。金曜日のライブまでになんとか間に合うだろう。

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by barcanes | 2017-11-14 13:55 | 日記 | Trackback | Comments(0)

松原里佳 × 沢田穣治 with 沼直也

9/25(月)

平日月曜のライブ。大阪から初めていらっしゃる松原さんと沢田さんのデュオの予定だったが、ちょうどこの日が空いてたドラムの沼さんも急遽参加。トリオ編成となった。

大阪で活動している松原さんは、リーダーとしては初めての関東方面。若い頃はアマチュアとしてバンドをやっていたそうだが、自分で歌うようになったのは比較的近年になってからとのこと。現在子育て中でなかなか遠征が難しい中、今回は家族旅行も兼ねて、ご都合を合わせて来てくださった。そんな貴重な機会だったのである。

大阪では当店にもよく来てくださっているカオリーニョ藤原さんと沢田さんと3人でライブをやったりしていて、そんなご縁もあったのだと思う。ご主人は飲食店経営とのことで、お察しある店主への心遣いも嬉しかった。

ドラムの沼さんとは初顔合わせとのことだったが、そこは沢田さんとの鉄壁のコンビである。基本極小からの、メリハリの効いたダイナミクス幅のあるドラミングは何度聞いても毎度面白く、生音のピアノと歌声の世界を引き立てている。沢田さんのコントラバスも言わずもがなで、低音弦の重低音とハイフレットのピチカート、そして弓弾きの豊かな響きの絶妙な配分、使い分けがどうなっているのか、一見にしかず。

個人的にはAZUMIさんも歌っていた「満月」など、関西の男性SSW系の男歌が特に印象に残った。浜田真理子さんをもっと男らしくしたような強さが、女性らしい柔らかな曲調の中に垣間見えるところに魅力を感じた。ハーフタイムに現れた田尻が後半いきなり無茶振りされてピアノを弾き、ブラジル曲を2曲ほど。ハンドマイクで歌った松原さんは自由で、女性らしさが前面に出ていてそれも良かった。その他オリジナル曲も、それぞれ違う魅力があって一様には捉えられないような幅広い個性を感じることができた。

終演後は田尻、沢田さん、沼さんと、“Next to Silence Trio”の3人が揃っていたので、7月のライブ録音のこれまで作業してきたカセットを聞いてもらった。デジタルのマスターより良いんじゃないかとみんな喜んでくれて嬉しかった。4日後のトリオのライブの日に売り出そうということになった。これで決まりだ。インデックスなどパッケージがまだ完成していないが、ひたすらダビングをして15本ぐらいは作れるのではないか。

みなさん帰った後、この日の録音を聞き返す。準備に慌てたわりにはうまく録れていて、お客さんが少なかったいつもの申し訳なさ以外は、気分の良い一日になった。

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by barcanes | 2017-11-10 14:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

秋の好日アイリッシュ・セッション

9/24(日)


街は藤沢市民まつり。夕方5時からの今月の「アイリッシュ・セッション」は、参加者が続々と。今回は笛の方が多く、9時ごろまで盛り上がった。その他にも主宰椎野さんのご家族ご学友たちが集まって、大盛況でした。モヒートを10杯ぐらい作りました。秋の連休で、人の集まりやすい好日だったでしょうかね。

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遅くには都内でバーテンダーをしている同い年の客人が久しぶりに来てくれて、最近のウィスキー事情などを教えてもらう。すっかりバックバーの棚が寂しくなってしまった。ウィスキーなど洋酒への興味や熱情は、美味いものが比較的安価に手に入った頃から、時勢とともに減少する一方だ。ニッカのシングルモルト壊滅でそれは決定的になったような気がする。


もちろんお金を出せば美味いものはある。でも安くて美味いものというのは、洋酒ではもう難しいだろう。安くてそこそこ美味いものを探すしかない。それもグローバリズム経済の必然である。それに比べると生産者の数だけ多様性のあるワインや日本酒にはまだまだ面白さがあるのだと思える。(ワインには興味がないのですが。)


規模の小さいものにはやはり手作りの良さがある。そして朝までカセット作業。大量生産を前提としたものと一点ものとの間、一点もの寄り。一回の生産量が限られるようなやつ。バラついてもいい。工業製品ではないのだ。



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by barcanes | 2017-11-10 12:48 | 日記 | Trackback | Comments(0)

観音ハイキングunlearn

11/3(金)

定休翌日の金曜の朝、ハイキングに行くことになる。他の候補もあったがやはり鎌倉の天園へ。娘には下山後のコクリコ(クレープ)がエサになるし、私はもうひとつ行ってみたいところがあったからだ。

一点の雲もなく、10月の雨続きだった週末から久しぶりの行楽日和。に加えてJRは事故で遅延して、北鎌倉の下車はものすごい混雑だ。祝日に鎌倉に来るのも初めてかもしれない。明月院裏手からコース入り。ハイキング客も多く、抜きつ抜かれつ。枯葉とぬかるみを踏んで、緑のトンネルをくぐる。ずいぶん山から遠ざかってしまい、一年ぶりぐらいのこんな気軽なハイキング・コースでも十分に気分がいい。

1時間半で山頂。茶屋がなくなっていて、その跡地でお茶を沸かして少し遅いオニギリの昼食。下りは瑞泉寺方面からさらに分岐して、明王院口へ約1時間。5歳の娘もよく歩き、滑る石と根っこの段差を公園の遊具のように楽しんでいる。後続の母親にどこを踏めば良いか教えながら得意ぶって歩くのが、幼稚園の先生に憧れている娘にはこれまた面白いのである。

目を見張る崖の下に立つ茅葺の明王院の本堂の中に五大明王の木仏(うち一体は国の重文)があって毎月28日にご開帳。鎌倉で五大明王を祀るのはここだけ。以上、後調べ。脇の小堂の扉から小ぶりの十一面観音が暗がりに少しだけ見えた。

裏山の、先ほどの下山道に白い鳥居と空の祠があったが、「初め弁天」というらしい。金沢方面から江ノ島詣での際に最初に通る場所ということである。五大明王が置かれたのも、鎌倉の中心から見ての鬼門に当たる位置ということであり、この辺りが鎌倉の入り口、境目ということになる。

その後歩いて、鎌倉最古のお寺という杉本寺に行ってみた。鎌倉観音巡礼三十三箇所の一番札所であり、坂東三十三観音巡礼の一番札所でもある。石段を上って本堂ではお掃除のおばちゃんが「そこ掃除したいんだけど」と、観光客を払いのけては床を水拭きしていた。手前に大きな十一面観音が2体と地蔵菩薩が立っていて、それが本尊三仏と思ったら大間違い。下足して奥に上がり、多くの仏像の立ち並ぶその奥に十一面観音が三体。うち二体が鎌倉期の作(国の重文)で、残る一体はこのお寺の開山(伝734年)という行基の作とのこと。

天平時代といえば平安期よりも前、鎌倉幕府から450年も前の話である。奈良の大仏を作った行基に縁のあるお寺や仏像は鎌倉にも多くあると思うが、おそらくご本人が全国行脚したわけではないでしょうし、後世に後付けされた伝説ということになるでしょうか。

それにしても鎌倉期以前の鎌倉の中心は二階堂辺りの、鎌倉最古の神社と言われる荏柄天神などのある一帯だったのは間違いないそうで、それは金沢方面からの街道が古くからの鎌倉への入口だったからなのでしょう。おそらく、後の三浦平氏となる海民豪族の力が強かったのではないでしょうか。後に北鎌倉方面からの佐助あたり、稲村ガ崎方面からの長谷あたりと、北面と海方面からの通り道に要所ができてくるというのが鎌倉の地勢的な成り立ちであると、何かの本で読みました。藤沢や鵠沼あたりの歴史と重ねて見てゆくと、鎌倉は鎌倉期以前が面白いですね。

話は逸れてしまいましたが、先日録画してあった「ブラタモリ」の高野山3回連続特集で両界曼荼羅を見てなんだかガビーンと来まして、胎蔵界と金剛界の二つはもともと別のもので、それをセットにしたのは空海の発明らしいですね。空海スゲエ。あれは音楽におけるサウンドの瞬間的な広がりと時系列的な流れとの二面性の相関と一緒だなと感じたわけなんですが、私はこれまで仏教にあまり興味を深めたことがなかったんです。

手持ちの仏教関係の本をパラパラっと読んでみました。観音様を祀っている瀬戸内寂聴さんが剃髪して出家した年月日というのが、なんとカミさんの誕生日と同じで、「四万六千日」という観音信仰における縁日(8月10日のところも多い)が7月10日で自分の誕生日だったりして、なんかご縁を感じてしまったわけです。それに観音とは音を観ると書きますし。サウンドをいじくっている時、自分は音を見ようとしているのだと感じます。

たまたまテレビをつけたら、禅宗の瞑想と脳科学の関連をやってました。脳内の新皮質と古皮質との情報の絶え間ないやり取りにおけるちょっとした隙間、何かを休ませることで見えてくるようなこと、unlearningと言ってましたけど、我々は余計な知識や情報が我執と絡み合ったようなものにがんじがらめになっておるわけで、そんなものをunlearnしたいわけです。

空海、曼荼羅、観音様。それに郷土史など、商売になんの関係もないようなものに興味を持ってしまう時って、自分にとってあんまりいい状態じゃない時期なんだとこれまでの経験上で思います。ある意味、というか文字通り現世からの逸脱、逃げですな。ただ観音様は娑婆にいる菩薩で、全ての人が現世において救われ、理想的な世界になるという考え方なんですね。

お寺に行っても過去に逃げても仕方ないのですが、でも音楽もまた仏教のようなものだという気がしてきました。それは逃げでもあるかもしれないけど、それだけというものでもない。欲望であったり我執であったり、救いであったり喜びであったりします。お布施ももらえなかったりするけど、そもそもお金じゃないわけです。修行する者あり、真言を唱えるだけの者もあり。全ての凡夫が救われる、はずなのです。南無観世音大菩薩。

夜はプリンスが青春だったというアニキとプリンスを聞き、深夜には鎌倉に旅行で来たという若者。地図を広げて、でも鎌倉の美味しいお店なんて私は知りません。(あ、クレープならコクリコね。)一緒に来た相棒はナンパしに南口へと別れ、見事に女性をゲットしたらしいが、彼は淫欲にまみれずハマキの煙を求めて当店へ迷い込んだというわけだ。すっかりunlearnしてしまったハマキのウンチク話など思い出しながら、キューバに行った旅の話などしてその時に撮ってきた写真を引っ張り出してみたりした。見事にピンボケのコンパクト・フィルムカメラの写真ばかり。

僕らが学生の頃はケータイも持ってなかったし、お金はトラベラーズ・チェックだったし、インターネットもまだ使えてなかった。(2001年の旅行の時にはクレジット・カードとインターネットが使えた。)どうやって現地で会う約束の友人と連絡を取っていたのだろうか。エアメールと国際電話だったよね、やっぱり。スマホ時代の若者には想像もできない20年前は、私自身にとってももうはるか忘却の彼方。その後どうして私はこうなったのだろうか。当然の報いであり、すべて縁による必然であろう。

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by barcanes | 2017-11-08 02:14 | 日記 | Trackback | Comments(0)

我々のちょっとした反発心

9/23(土)

makizooちゃん主宰の“After h‘Our Rock” 略して“AOR”は3人のゲスト、Genさん、Kitaさん、Otakeさんをお迎えしました。「ギョーザ会」の皆さんが揃いのTシャツで盛り上げてくださったりして、たくさんの来客で賑わいました。ありがとうございます!

「我思うロック」を総合したところに「我々のロック」があるわけですが、意外と皆さんポップなものの中にロックを感じていらっしゃるんだな、とこの何回かを通して私には感じられました。と言うより、フツーにロックをかけちゃったら「我思うロック」じゃなくなっちゃう、という受け取り方かもしれません。

自分がハードロックやメタルなどをあまり聞いてこなかったものですから、そういうものを聞かせてほしいな、という思いもあるので、マキちゃんの2ndセットは王道ハードロックなどかけてくれて嬉しかったです。Genさんはスライド・ギターものなどルーツ・ロックでバランスを取ってくれたのかなと思います。とは言ってもポップスかけるなとかいうわけではなくて、むしろ大衆ロックとはポップスであるということなのでしょう。

70年代あたりのハードロックなんてよくできていて、歌もしっかり聞こえるし演奏のバランスも良く、ちゃんと聞きやすいように作られているわけですね。じゃあロックって何かと言えば、歌謡曲にないようなもの、例えばドラムが小さいとかギターが歪んでないとか、髪が長いとか、表面的にはそんなことに対するアンチテーゼでしかないのかもしれません。

内面的にはそれまでの保守的なものに対する反抗のようなものをロックと呼ぶとすれば、ロックも年を経るごとに保守となり、ポップスに取り込まれ、市民権を得てゆく。インサイドの保守ロックとしてポップスの一部となった些細な反発心は、むしろポップスの中に潜んでいく。若者層が自民党を支持するのは、表面的な反発などもはや無効であるという、ロックの行く末を表しているのかもしれません。

ではロックとは、我々の聞きたいロックとはなんなのでしょうか。表面的かもしれない些細な反発心はどこへ行ってしまったのでしょうか。それをポップスの中に探してもいいし、一夜限りのお祭り的なものに、あるいはもっとアウトサイドに、ここでないどこか、時空を超えるようなものに見出すのか。それとも内側から溢れ出す/絞り出すようなものなのでしょうか。今後も私はこのイベントにヒントを見出していきたいと思います。
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今日9/23は我らがスプリングスティーンの誕生日。でもこの日は、なっちゃんが補助輪なしで自転車に乗れた、自転車記念日でした。補助輪を外してから、後ろについてる補助棒を支えたり少しずつ力を抜いて手を添えるだけにしていったりと、何日かやってる間に自然と乗れるようになっちゃいました。こうして一つずつ独立していくわけですね。
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by barcanes | 2017-10-27 15:25 | 日記 | Trackback | Comments(0)

サウンドチェック

9/22(金)

定休日の木曜はなっちゃんと同じ時間、というかなっちゃんよりも早く寝てしまうので、金曜は午前中からお店に来て溜まったブログを書いたりするのが今年はまっているパターンであります。今日はそれプラス、いよいよNTSトリオのカセットの最終段階。

どんな音の具合でカセットデッキのレベル調整をしてマスター音源をカセットに突っ込むか。シンプルかつダイレクトにやりたい。しかし昼間に聞くと、どうもイマイチな感じがしてしまう。夜中に(酔っ払って)やるといつもサイコーに聞こえるのだが。

そんなことをやりながら、なっちゃんが描いてそれを下絵にカミさんが切り絵にしてくれたJBKのロゴもインデックスに入れてみた。夕方から雨。気圧の変化に敏感なカミさんは体調を崩す。途中まで支度してくれていた夕飯は家族3人の合作となる。

夜は雨の中来てくれたJ君と、いつかCane'sに呼びたいねと持って来てくれた浦朋恵さんのCD3枚を聞く。50年代ぐらいのレコードをラジオで聞いたような音だったり、スチューダーのテープ録音による素晴らしいアナログサウンドだったり、音作りのイメージがしっかりと表現されている、いかにもレコード・マニアらしい録音作品だ。好きなサウンドというものを研究して再現できる技術や熱意に敬服する。大阪の浦さんのお店“Diddley Bow”に事あるごとに足を運んでいるJ君なので、そのうち浦さんのパワフルなサックスを聞かせてもらえる機会も持てるかもしれない。楽しみだ。
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深夜にはカセット部員が現れたので、昼間からやってたカセットの音を一緒にチェックする。だいぶ以前にもらったTRIO初のDCアンプ、76年の“KA-9300”(左右独立2電源!)を引っ張り出して、やはり以前にもらったソニーの3wayスピーカーで鳴らしてみる。ガリがひどいがそれでもちゃんと鳴ってくれる。新たな試聴環境はソファ席が正面である。
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これで当店メインのヤマハ4115、天吊しているエレボイsx300と3系統でサウンド・チェックすることができるわけである。いずれもそれぞれにクセがあるので、完璧なモニター環境にはほど遠いわけであるが、手持ちの借り物安物貰い物を組み合わせて、いろいろ聞き比べてみることは無駄ではないと思う。

いつものように酒の入った極深夜なので、素晴らしく聞こえる。気になっていた低音帯もテープ・コンプレッションが効いて問題なさそうだ。その他ずっとあれこれ試行錯誤してきた、ちょっとしたシンプルな細工が功をなし、これで決まりだね!と二人で喜んで朝4時。


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by barcanes | 2017-10-27 14:13 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ジョン・アバークロンビー追悼かわECM

9/20(水)

このイベントでもかかることの多かったJohn Abercrombieさんは、ECMを代表するギタリスト。先日8/22の訃報を受けて、主宰かわい君がすかさず特集を組んでくれた。Johnny “Hammond” Smith “Nasty!” (‘68)やBilly Cobham “Crosswinds” (‘74)といったキャリア初期の参加作から、初リーダー作がECMの “Timeless” (‘75)となるわけだが、このオルガン・トリオ作が彼の代表作として名高いのも、内容を聞けば頷けるというもの。


とは言え、アルバムによってアバクロさんのギター・スタイルは様々で、一貫したカラーだとかタッチだとか、これぞアバクロさん!というような分かりやすい特徴は見つけにくい。良くも悪くも器用で、共演者に寄ってしまうというようなところがあるのかもしれない。自己主張のオシの強さのようなものがなく(でも神経質だったそう)、捉えどころが難しくて全貌は掴めない。その神経質さは、自己の内面というよりはきっと音楽やサウンドの方に向かっていたのだろうと想像する。


「あと3枚でコンプリート!」というかわい君のCDの山を見れば、彼のアバクロ愛も一目瞭然。全てかけたわけではないが、各アルバムから彼の厳選した曲を聞かせてくれた。最後は最近の遺作“Up and Coming”(“Joy”収録)まで。田尻のソロピアノ・コーナーでもアバクロさんを3曲(”Joy”, “Love Song”, “Back-Woods Song”) 取り上げてくれた。この日の昼間に調律したてのピアノはナチュラル・リバーブがとてもよく響いて、素晴らしいサウンドだった。田尻もアバクロさんの曲と向き合ってみて気づくようなことがあったようだった。


それは間合いのようなものかもしれないし、リズムや拍子とは違ったタイム感というか、音の持続や残響を含めた上でここぞという時に鍵を打つようなタイミング(当然そこには恣意性や自由が含まれる)さえも曲の構成に含まれている、といったような作曲のあり方なのかもしれない。即興音楽のようでありながら構成された音楽でもある(それは計算された織り込み済みの自由という意味ではない)という、我らの今求めているようなことを、アバクロさんはずっとやってきたんだろうなと思うと、感慨深くそしてそんな作品を残してくれたことに対する静かな感謝が心に残った。そしてまた、人の死が出会いのきっかけにもなるという奇遇を信じないわけにもいかない。


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これ全てジョンアバさんのCDの山。

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ソロデビュー前の参加作。

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遺作。

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4弦のFenderマンドギターを持つアバクロさん。

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アバクロ作品に挑むタジラー。

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tskさんは来ませんでした。

一曲だけこの日のソロピアノを、こっそりどうぞ。


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by barcanes | 2017-10-27 12:54 | 日記 | Trackback | Comments(0)

恩師と師匠

9/19(火)

学生時代の恩師が久しぶりに来店。「最近、高校の奴らは来てる?」いや、誰も来ないっすね。と言ったところで同級生からメールが鳴るから面白い。先生来てるよ。「引き止めといて!」奴は野球部なのだが、その顧問と私の恩師とは同い年で当時も仲が良く、教員対抗のソフトボール大会(というのがあったそうだ)ではバッテリーを組んでいたそうだ。母校教員チームは県で2連覇したらしいが、我々の在校期より前のことだそう。先生たちも当時まだ20代半ばという頃の話である。独身時代だから、近所のスナックで一緒に酒を飲んで宿直室で寝て、そのまま朝練に出て授業をしたりしたこともあったらしい。いい時代である。

教え子のことをよく憶えてくれている先生なのだが、特に運動部界隈の卒業生のことはだいたい何かしら知っている。スポーツ系の人脈のネタには事欠かない。僕らの同期で、いろいろな困難を乗り越えて、こないだようやく司法試験に合格したという奴もいて、そんなことも喜び合った。

遅れて来た同級生は歯科医で、修行時代の師匠が、これまた私の恩師の同級生だというから不思議である。いろいろなハードな治療の、私からするとグロい話を聞かせてくれる。交通事故なんかで抜け飛んでしまった歯(とりあえず牛乳につけておくといいらしい)を根付かせるなんていうブラックジャック的治療は、フツーの病院ではやらない。新たに差し歯を作った方が商売になるから。インプラントも同様である。

師匠の歯科はいつも患者さんがひっきりなしで、それは方針としてキレイに時間やお金をかけて治療することよりも、パッと時間をかけずにやることの良さがあるからだと。それはどこか音楽とも似ている気がする。完全な処置(そもそも完全とは何か)よりも、使えれば(聞ければ)良いというラフさ。削り過ぎず、もともとあったものの自然さを残すということの良さがあるのだろう。

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翌日の「かわECM」はザ・ECMギタリスト、ジョン・アバークロンビー追悼特集。これを聞けば、アバクロさんのことが少しは分かるかもしれない。とうわけで今夜はひとり予習。私のお気に入りは、ヤン・ハマー入りでちょっとジェフ・ベック的な感触もうかがえる84年作”Night“である。


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by barcanes | 2017-10-25 01:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今日は何の日

9/18(月祝)


昼間に、近所に住んでるらしい深夜のカセット部員の家に遊びに行った。近所とは言え歩いたことのない道に迷い、台風一過の快晴の夏の陽射しに持っていったアイスコーヒーと同じようにぬるくなった。路地の奥にぽっかりと築50年というマンションが建っていて、その3階の角部屋は風通しよく、コンクリートが分厚いのか爆音で音楽をかけても平気だという。おまけに家賃も安くて羨ましい。彼の部屋のシステムでNTSトリオのカセットとそのデジタル・マスターのサウンドチェックだ。


改造JBLの3ウェイ・スピーカーの低音がガッツリ効いてて、その効き過ぎ感をどうにかしなきゃならないという気になる。かと言ってもうミックスからやり直したくないしそんな時間もない。しかしまだ最後の方策がある。そこに賭けようということで意見が一致する。しかし今後は、決定前にいろいろなオーディオ環境でサウンドチェックをしておくようにしたいと思った。自分の店だけでは限界がある。


8時きっかりに行くから、ちゃんとお店開けといてね!と念を押されていたこの日の夜は、早めに準備をして待っていたのだが、8時ぴったりの最初の来客は男性二人組であった。続いて同級生のK君、天使Aちゃん、そしてようやく襲撃予告の姉さんと、皆一様に驚いた顔をしながら入ってくる。「今日何かの日だっけ?」


K君がジャコパスと言うがウェザー・リポートぐらいしか持っていないので“8:30”と“へヴィー・ウェザー”をかける。そこに昨日のベーシストが現れたりして、ジャコパスの話をしたりする。


姉さんはアフリカで仕入れてきた笛を数本持ち込んで、待ち合わせた客人と一本ずつ試奏しながらの商談である。ピッチが一本ずつ違うらしい。エキセントリックなサウンドが鳴り響いているが不思議と嫌な気がしない。流れているレコードと合っていたのだろう。同席のサックス奏者という男性に何か聞きたいものあるかお聞きすると、「ロックステディ!」アルトン・エリスをかける。お名前を聞いておけばよかった。


昨日のライブどうだった?とアニキが言う。実情を告げるとそれなら来ればよかったな、と言うのでそれならば、今後集客の悪い時にはメールしてくれていいということになった。助かります。そんな殊勝な方が他にもおりましたら、ぜひお願いします。


K君と二人きりになって、昨日の録音やカセットの音を聞かせ、それからキング・カーティスとかバーナード・パーディーのタイム感とか、最後に最初に戻ってジャコパスの話。「俺の聞きたかったジャコパスはさ、そーいうのじゃないんだよ。海賊盤とかで出てるやつ。」だそうである。そんなの持ってるわけないじゃんか。持ってきなさいよ。


その後も戻ってきた天使とカセット部員となぜだか恋愛の話をしたりして、よく飲んでよく喋った。ヒマなことしかない3連休の月曜日だというのにおそらく初めての賑わいで、今日は何かの日かといえば敬老の日だった。親には、何もしなかった。

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カセット本体に貼るラベルも作って、ようやく形になってきましたが、ジビキは止めろと、ショーナンとかカマクラとか果てはペンギンとかクジラとかベーシスト氏が言うので、せめてJBKにします。定価3000円も高いという声があったるのでひと昔前のLP価格2800円にします。レコードもカセットも同じ値段でしたよねえ。


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by barcanes | 2017-10-21 01:41 | 日記 | Trackback | Comments(0)

嵐の夜の静かな岡本修道トリオ

9/17(日)

台風の日曜日。大雨の隙をついて雨男の客人が一人。今夜のシンガーは初めて来る人で、どんな人なのかどんな歌を歌うのかは分からない。インターネットに出ている音源は、彼が所属するバンドのものが少し。情報はそれと、沢田さんが「素晴らしいから」とひとこと言っていただけ。

バンドリーダーで、シンガーでギタリストで、しかもエンジニアでもあるというプロフィールとオダ無道的な名前から、厳つくて気難しそうな印象を勝手に持っていたが、現れたのはサンダル履きに長身のヒッピー的でラフな感じの、雨に濡れたお兄ちゃんだった。手にしたギブソンJ200も、◯◯から借りたままというからいかにもダメ男らしい。

そのジャンボギターを指弾きで軽くかき鳴らしながら、リバーブ乗りの良いやさしい中性的な歌声で歌う。沢田さんはコントラバスとピアノを少々。ドラムは沢田さんとの名コンビ、沼さん。極小の音量でのドラミング。彼自身の持ち歌の他では、高田渡の「生活の柄」がとても良かった。路上生活をしていたこともあったそうで、そんなリアリティを感じさせるという意味では、フォークシンガーと言った方がいいかもしれない。

終わり間際に福島の現場帰りの田尻がたどり着いて、沢田さん得意のムチャブリで休む間も無くピアノを弾かされる。本編で少しミスのあった「黄色の自転車」など、せっかく録音もしているのだから良いテイクを録ろうと、とっさにアレンジなどのアイデアを出し合うミュージシャンたち。サガである。宿命である。と、レコーディングの様相を呈しそうになったところで止まった。終電の時間となり、明日は大阪、今夜の宿は都内という山口出身の男は、ビールを一杯飲み干して去って行った。

今夜のシンガー岡本修道君。次に会うときにはもう見当もつかないということはないだろう。やさしい歌声とやさしいギターのタッチと、沢田さん沼さんとの小さな音のやり取り、そして客の少ない嵐の夜ならではの、近しく親しげな音楽を共有できたから。
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終演後は沢田さんのお話(毒)をいろいろ聞いた。「(日本人がやれば)何をやっても日本の音楽のはずや。」この言葉には様々な問題が含まれていると思う。自己の規定と対象の規定とそれぞれの揺らぎ。ジャンルやカテゴリーの説明や宣伝の難しさと、それらが逆に自己規定化するときにつまらなくなるもの。文化や音楽の表面的な観光化。政治家のセクト主義や利権主義に至るまで。

当然、今日の音楽は「日本の音楽です」では、何の説明にもなっていないということになるわけですけどね。真っ当な音楽をやっている真っ当なミュージシャンほど説明や宣伝が難しい、ということになるわけです。

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沼さんの出世バンド、"phat"の非売品bluenoteのアナログ(2003年 小鐡さんカッティング!)、ちょっとくぐもった音質のクラブジャズで、なんだか懐かし気持ちいいです。バンドにはマシンビート担当もいて、クリックを聞きながらのインプロビゼーションだったそうで、そのようなコンセプトは当時も今もあまりないのではないかとのこと。ブルーノートから鮮烈デビューすることになったのは、MMWの来日の際に前座に抜擢されたことがきっかけだったそうです。



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by barcanes | 2017-10-20 16:52 | 日記 | Trackback | Comments(0)