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João Gilberto みたび

2003年の初来日の時はパシフィコ横浜で伝説の「フリーズ事件」、翌年は奇跡の45曲を演奏した最長コンサートに運良く居合わせた私です。今回は4回の公演の最終日にちょうど定休日が重なって、はるか夏の日の8月の頭に予約したチケットでしたが、ようやく秋になり、カフェウィークも終えて、楽しみにしていたジョアンの3度目のコンサートに一人で行ってきました。

詳しい情報は中原仁さんのブログをご覧になったほうがよいと思いますが、今回は演奏中にメガネがズレ落ちてしまって「ゴメンナサイ」と言ったことぐらいがサプライズで、オペラグラスで落ちそうになっているのが気が気でなく演奏を落ち着いて聞いてられなかったことがありましたが、公演が1時間遅れるぐらいは皆も承知、しかし中原さんも書いておられるように、リラックスした、ジョアンの自宅に招かれているかのような演奏そのものが奇跡のようにも思えました。

João Gilberto みたび_c0007525_23242944.jpgやや声が枯れているような、ギターのタッチも少しおぼろげな気もしましたが、2時間10分、32曲、じっと静かに、お尻が痛くなるぐらいの時間を声とギターだけで聴かせてくれて、十分に満足でした。ジョアンのレパートリーは今回も古いサンバや過去のジョビン曲が中心で、アルバムでは録音しているカエターノ・ヴェローゾなど若い人たちの曲は今回もありませんでした。聞きながら考えたのは、彼がやっているのは、忘れ去られた曲を歌い継いだり、持ち歌の可能性をどこまでも自由に羽ばたかせるようなバリエーションを演奏し続けることによって、彼自身の人生を毎日の生活の繰り返しとバリエーションの自由として表現すること。我々の人生も、過去の人たちの人生と、我々の毎日の生活の繰り返しによって続いているわけで、芸術とは、そのように我々の人生に寄り添うものであるのだろうと。

そこで、やはり比較するわけではないけど、思い出されるのは先日も書いた浜田真理子ちゃんだったりして。古い流行歌や民謡も外国の歌もひっくるめて、忘れられた曲に、あるいは知らない世代に対しても、新しい命を与えて歌い直し、歌い継いでゆく。ジョアンと違うのはリズミックな要素があまりない点だけど、独りの弾き語りで、個人としての人生を歌うのです。ボサノヴァのゴッドファーザーを聞きながら、ボサノヴァのスタイルやブラジルの心を聞いているのではなく、私は我々日本人にとっての、人生の歌のあり方を聞き取ろうとしていたのです。

今回の公演は、録画されていました。DVDになる予定だそうです。楽しみだな。
by barcanes | 2006-11-09 22:38 | Comments(0)