線引きに支配されない Next To Silence Trio

7/17(月祝)

沢田沼田尻→No Cage→No Charge→Next To Silenseとトリオの名前が変遷しましたが、とにかく2度目のCane's。ものすごく生音みたいなP.A.をしているみたいにマイクがたくさん立っていますが、完全生音のライブ。もちろん録音しました。生音らしさの再現は不可能なので、あえてバーチャルにしてみました。と言ってもコンプやリバーブをかけた以外はほとんどいぢくってません。そもそも我々がレコードやCDで聞いている音もインチキなのです。P.A.された大きな会場の音だってそう。音楽の現場で聞く生の音にはかなわない。もちろん、だからこそ録音物はライブとは別物として良いものを目指すのだと思います。何曲かやってみたので聞いてみてください。

今回は最初と最後だけフリー。田尻曲3曲に沢田曲が3曲、カバー(ショーター、ジャレット)2曲の全10曲。沢田さんの弓弾きの響きがふくよかでいい音。沼さんはブラシやスティックをいろいろ持ち替えながら、小さくて細かいリズムを刻む。静かに、熱くなりすぎないようにでも静かに熱くタッチが変化してゆく田尻のピアノ。注目のトリオということで多くのお客さんが詰めかけてくださった。特に女性が多かった。田尻がモテるのか、田尻のピアノを評価してくれるのが女性の方なのか、私には分かりません。

どのように皆さんが評価をしてくださるのだろう。とにかく言葉ではうまく書けない。ジャズと呼んでもいいし呼ばなくてもよい。ジャズをジャズとしてやっているわけではないし、同様に現代音楽をやっているわけでもクラシックでもない。でも決してアンチな音楽なわけでもない。いろいろなものを持った者たちが枠組みを取り払った中で、自然に湧き出るものを静かに沸き立たせて出てきたものなだけだ。何の否定もない。

例えるなら、私は日本に生まれ育ったから日本人であると思っているけれど、特に日本人らしく生きなきゃと思っているわけではない。しかし枠組みが必要な人もいて、それはやはりこういう音楽が言葉で説明しづらいことに起因するのと同種の分かりやすさを求めるからなのだろう。外国人にも分かりやすい日本らしさ?知るか。分かりにくくて何が良くない?と言えば、説明しづらい宣伝しづらい商売になりづらい、ということになる。カテゴライズし、間に線を引くということは否定が含まれる。何かを規定するのに、これではない、これとは違うと消去法を利用する。

だからこのような説明できない音楽は、カテゴライズされない生き方をしようとする者には自由や勇気や美しさを与えるだろうし、そうでない者と既に自由すぎる人にはどうでもよいものとなるだろう。どんな音楽にもカテゴライズの難しさは含まれるが、それを好むのも必要とするのも人間である。線引きに支配されない者たちのためにこのような音楽はある。それは静寂から生まれ、静寂のすぐ隣に存在しているのだ。

とにかく聞いていただくしかない。次回Cane'sは9/29(金)。他にも都内などでもやると思います。ぜひ聞きに行ってください。

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以下、Youtubeに上げたもの。今回はカセットテープに落とすのに合わせて深夜のカセット部員が特別にこしらえてくれた新兵器「イシヅカトランス」を使ってみました。デジタル→アナログ変換に効果をもたらすようで、ピアノの音が高級なものに感じます。




これは一曲目のリバーブ増しバージョン。でもあんまり変わらなかったかな。


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by barcanes | 2017-07-21 14:33 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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