無理のないディープ感 Not Climbing

6/13(火)

日曜日に息子と西丹沢へ山歩きに行ってきたアニキ。若い頃は大学のワンゲル部で道なき山を藪漕ぎしたり、クライミングで外国を転々としたりしていたそうだが、山から遠ざかり歳をとり、そして末の子供が歩けるようになって西丹沢と出会い、「山歩き」の魅力に気づいたと報告に来てくれた。正確に言えば「西丹沢の山歩き」である。

私も一時期、西丹によく行ってあちこち歩いたが、そんな話を共有できる人が誰もいなかったので、とても嬉しかった。なんてったって(海遊びの苦手な)神奈川県民にとって一番近い自然のフィールドは西丹だ。

自然林と地図上は道なき山(といっても踏み跡はあります)の残る、神奈川県民にとっての最後の秘境、西丹。ガツガツと壁を目指したり、一般道になど目もくれなかった若い頃には、丹沢の良さが分からなかった。だけど今は、山に入るだけでも気持ちがいいし、小さな子供の目線やペースで歩くことができる。

一般道を歩くだけでもいいし、ちょっとしたバリエーション・ルートを見いだすこともできる。スギの植林地帯を抜けるとブナやヒノキの大木に出逢えるし、可憐な野花もいいしフサフサのコケもいい。沢の音が聞こえるのも、地面から水が湧いているのを見るのも嬉しい。

避難小屋に山中泊も可能だ。そのうちCane'sワンゲル部で避難小屋キャンプしたい。沢登りまでいかなくていいので、軽い沢歩きもしてみたい。

終電ぐらいの時間になってから、同じ日曜日にやった「マクジョニール」の録音を聞かせる。ディープなSSWもの好きでもあるアニキは、こんなのレコードでもライブでも滅多に聞けないねって、無理してでも来ればよかったって言ってた。これは、山歩きと同じだ。山歩きの良さに気づいたのと同じだって。

ロック・クライミングでも藪漕ぎでもない音楽。肩の力が抜けていて、だけど若い頃から好きだった曲たちに真摯に向き合って、素直にカバーしているだけなのに年輪を重ねたものが聞こえてくる。無理のないディープ感。ちょうど、地図のない道を抜けて来た年配の女性グループが「ぼっちゃん、よく歩いたねえ」と子供に声をかけながら平然として帰って行くように。風が吹くように、フォーキーな空気の音が聞こえる。

これらの音楽は、昔は人が住んでいた集落のようだ。西丹沢には今は無人の集落や林業作業場の跡地がいくつも残っている。踏み跡は、昔の踏み跡でもあり、今も踏む人のあることで残ってゆく。オリジナルの名曲たちは、アーティストが20代やそこらの若い時に作ったもの。その曲たちに、その頃の作者や演者はもう住んでいないかもしれない。踏み跡は、その今は空き家かもしれない曲たちに向かう道程を踏む人のいることによって、かつてその道を辿った人たちのいた痕跡を残す。その道は人工的過ぎてはいけない。

山歩きの良さに気づいてしまったのと同じ日に、同じ音楽のライブがあったんだね。アニキはまんまと終電を見送ってしまい、そして小雨の中を歩いて帰っていった。

その後私はこの日のライブをもう一度ミックスし直して、朝までかかって10曲をちょうど46分テープに収めた。一気にダビングまでしてみたが、フラッターが出てしまった。デュプリケーターの調整が必要のようだ。ガッカリ。しかし無理な山行は禁物だ。丹沢では下り道を誤ると沢筋の崖に出てしまい降りられなくなってしまう。今日のところは引き返そう。

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アニキが古書店で見つけた昭和33年の登山ガイド本には、丹沢随一の岩壁「地獄ザリ」の味のある手書きルート図が載っている。
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by barcanes | 2017-06-16 14:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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