憲法記念日と直接民主主義

5/3(水)

今日で憲法施行70周年なんですね。ジャン・ユンカーマン監督「映画 日本国憲法」(2005年)がネット限定配信ということなので見てみた。

たとえば「日本人」という言葉が使われる時に、それは「国民」を指すのか、国民の代表者としての「政府」を指すのか、国家権力の側にいると思っている人とそうでないと思っている人と、いろいろ曖昧になってしまって、それで憲法の立脚点も曖昧になっていっちゃうんだろうなあという気がした。

憲法は法律とは違う。憲法は国民のもの、と言った時に施政者の存在が消えてしまう。憲法は施政権力を持つ者に対して効力を発揮するわけだから、施政者が憲法を変えようとするということは、施政者に都合の良いものになってしまう可能性がある。というか高い。自らを律したりできる人はどうやら権力者にはいないらしいですね。

もちろん「改善」の余地はあるわけだから「改正」がダメなわけではない、という考えを持っていましたが、善悪とは都合の良いもの。やはり「改悪」の公算が高いので、現在の「憲法改正」には反対しておきたい。

2020年新憲法、なんて言ってる人がいますが、国家権力に守ってもらうということより、国家権力に殺されないことを考えたほうがいいのだろう。「守る」という言葉を使うときに生じる、守るものと守らないもの、内側と外側のラインは都合良く引かれてしまう。お国のために生きたり死んだり、なんて言ってしまうハメにならないように気をつけたいものだ。

それから時事ネタついでに5/1付のニュース。「離島を除けば全国で最も人口が少ない高知県大川村(約400人)が、地方自治法に基づき村議会を廃止し、約350人の有権者が直接、予算などの議案を審議する「町村総会」を設置する検討を始めた。」という毎日新聞の記事。
https://mainichi.jp/articles/20170501/k00/00m/010/109000c?fm=mnm

人口減少の最先端で迫られた「直接民主主義」の動き、ということだが、NHKのニュースではこの件に「直接民主」の文言を使ってなかったと思います。(民主主義が完璧かどうかは別として、)直接民主制こそが我々の民主主義の進む道だと思っています。(もちろん世襲や天皇制に抵触しますが、特に否定するわけでもありません。)

どのように「直接性」を担保するか、またどのような漸進性をとっていくのかなど、課題はいろいろあるのでしょうが、我ら愚民としても決して不可能なことではないと思います。(非軍備かつ直接民主制というのは、人類史上まれにみるチャレンジかもしれません。)

代議制が限界を迎えて(ますよね?)いる現代だからこそ、「直接民主制」についての議論が各方面から盛り上がることを望んでおります。皆さんはどのようにお考えでしょうか。
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写真はカンケーないですけど、先日お花見をした時、お茶のコップの中に桜の花びらがヒラヒラと一枚舞い降りてきました。


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by barcanes | 2017-05-05 16:20 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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