美しく生きる

1/24(火)

高校の同級生がヨメさんの小学生の時の卒業文集を読んでその文面の優等生っぷりに大笑いしたという話を聞いて、取り出したるは茶ばんだ藁半紙。我々の高3の時、進路希望を匿名で書かされそれを並べたものが配られた。とは言っても筆跡で分かっちゃうかもしれないので匿名性が高いとは言えない。私は自分が何を書いたか憶えていて、ほぼその通りになった。「自由業」と書いたから。

同級生はそんなものが存在したことを忘れていて、当然何を書いたかなど憶えていない。だがパッと見て、その筆跡に目が留まった。友人の筆跡って分かるものである。私のは最も倦むべきものとしてその紙面の一番右下隅に追いやられており、彼のはその少し上、「美しく生きる」と書いてあった。二人とも一人分の半枠扱いである。教師の悪意が感じられなくもない。

先日あるミュージシャン(60代)が同窓会に出席した話をしていた。「みんなもう髪の毛はないしさ、でも子供の時の顔と職業が一致するんだよ。ワシは子供の頃から一切の役職(なんとか委員とか)を拒んできた。」彼の音楽はジャンル不問の、言わばフリー・ミュージックである。それを聞いて、そう言えば僕も「自由業」って書いたなって思い出したのだ。

25年前の県立進学校には夢も野望もなく、ただ既存のサラリーマン社会に飲み込まれて行くぐらいの展望しか思い描けなかった者ばかりであったことが見て取れる。母校はかつてのエリート校としてのイメージを保っているかもしれないが、それも私の知る限り私の6つ上、今の50歳前後のOBOGぐらいまで。我々はいわゆるバブル崩壊と就職難が始まるともつゆ知らず、しかし世の中がこのまま進んで行くとも思えないが、かと言って受け入れるまま何も考えることもできないベビーブーマー世代の塊であった。

なんとなく農学部志望のクラスを選んだのはバレーボールと音楽の他に好きなものが見つからないから、しかたなく子供の頃によく連れて行ってもらった山に関連して林業を連想したというぐらいであって、当然理系の大学には入れなかったし入れる気もしなかった。でもそこで「何も考えてない」とか「とりあえず大学入ってサラリーマン」みたいなことを書かず、未知の領域「自由業」と書いた私の先見の明には我ながら感心する。というか、予見通りになってしまった。少年の日の顔つきが、というのはやはりその通りなのだろう。

「美しく生きる」同級生は大卒入社から再度大学に入り直し、努力してようやく40を超えて独立したがその苦労の陰も見せず、美しいヨメさんをもらい、予見の通り美しく生きている。他の同級生が何を書いて何をすることになったのか分からないが、言葉数の多かったヤツはきっと言葉数の多い人生を送っていることだろう。
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by barcanes | 2017-01-27 18:31 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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