アドバイス

1/23(月)

ちょっとした夫婦の諍い、というか積もり積もった私の至らなさなのでしょうが、話が行き詰まってカミさんが風呂に行くとなっちゃんが近づいてきて言った。

「ちょっと話があるんだけど聞いてくれない?なっちゃんはお父さんともお母さんとも親子で、お父さんとばあばも親子だけど、お父さんとお母さんは違うよね。だから愛が違うんだよ。お母さんはご飯作ったりなっちゃんのお世話をしたり仕事に行ったり、疲れてるんだよ。お父さんはお風呂入ってご飯食べてお店に行くだけじゃん。だからたまには一緒にご飯作ったりさ、お手伝してあげて。分かった?お願いね。お話おしまい。」そう言って去って行った。この日は僕とお風呂に入ってくれなかった。

まあ、全然笑えません。子供というのは生まれた時から、親になりたての者たちなんかよりよっぽど自分の育てられ方を知っていて、我々はその要求に従って子育てを学ぶわけです。指図していろいろなことを教えるのは子供の方なんですね。なぜだか分からないけど(なぜだか分からないのは大人だから)、子供の方がよく分かっている。それは今までもそうでしたし、これからもきっとそうなのでしょう。「なっちゃんはお父さんのお母さんだからね」と二人きりの時にはよく言われています。完全に敷かれております。

それにしても、こういうセリフをどこで覚えてくるのか、大方はお母さんやばあばが私について言っていることなんでしょうけど、それだけとは思えないようなことを言うんですよ。引用をうまく使いながらオリジナリティを挟み込んでくる。思いつきの口まかせの中で本質を突いてくるようなことを言ってくるから感心します。ラッパーの面白い人もそういうものなんじゃないかと思うし、音楽もそうですよね。どこかで聞いたことのあるようなメロディやサウンドを引用しながら、ちょっとしたオリジナリティが出せればそれでいい、というかそんなものだと思うんです。

そういうことを無意識にやっている、例えば子供の絵のようなものを大人がやるには、それを意識してやれないと芸術にはならない。なんて言われるが、子供の絵は芸術じゃなくて構わなくて、それは芸術というよりFunkです。先人の音楽を大して知らないでやっている音楽が面白くないことが多いのはアート(アートとはほとんどアート史における文脈のこと)になっていないからなのでしょうが、それでもグッとくるものがあるとすれば、それは子供のように無邪気に核心を突いてくるような、今ここでの必然性みたいなもの、つまりFunkが感じられたかどうか、ということになるのではないでしょうか。

夜は冷え込んで、2台の灯油ストーブでこの冬を越せるか不安になる。電気屋の客人が来たので相談。エアコンの電気的な仕組みなどレクチャーしてもらった。「インバーター」という回路が入った電化製品は省エネ省電力との触れ込みだが、果たしてそうなのか。オンとオフの間をなだらかに結ぶことによって無駄を省いていることになっているらしいが、スイッチのオンとオフならわずか1ビットの情報量であるものが、インバーターが効いている間ずっと電算処理をしていることになり、電気的な構造は複雑となる。故障すれば修理するより買い直した方が安いなんてことになると、それは総じて本当に省エネなんだろうかと。

悲鳴をあげてくれたら、その故障部分が特定できて交換修理が可能である。先日も家で使っていた掃除機を修理した。故障部位は電源コードのモーター側とコンセント側と、その両方の接触不良だった。半田と100円ほどのパーツで直ったので、とりあえず買い直さなくて済んだ。

でも悲鳴をあげてくれてもダメなものはダメだし、修理不能なら騙し騙し、優しく使わないといけない。こびりついていると思われる心の汚れ、いや油汚れを落としてくれるかもしれない、ブレーキクリーナーをぶっかけてみよ、とのアドバイスに従ってみることにする。

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先日バンド練習のために採譜していたら、なっちゃんも楽譜かきたいと言って音符を使った絵を描いてくれました。

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by barcanes | 2017-01-27 17:04 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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