現場FunkひとりFunk

12/15(木)

先日の「上映会」に来られなかったアニキからメールをもらって、今日は8時から改めてまたJBのドキュメント。どうせヒマだから、と思ったが不思議なもので、そんな時に限って来客が相次ぐ。JBのFunkが呼び寄せたに違いない。

ボーナス映像までひと通り一緒に見てくれていた、宅録制作をしているアニキが新作を聞かせてくれた。70年代のストーンズを思わせるギター・リフからのバカテクFunkロックなのだが、なんと全編打ち込みという。言ってみれば、大人数の人力FunkであるJBの音楽と対極のようでもある。これは良し悪しではなく、一人でもこれだけできてしまうのだ。
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一方のJB側は、JB本人も含め楽譜を読めない人たちがいて、ドラムや各楽器のフレーズを口でドゥビドゥバ説明しながら、それを楽器に置き換えて音楽を作り上げている。音符や音楽ソフトを理解できる人が一人でできることと、人力組織Funkとではもちろん大きな違いはあるとは言え、同等の音楽として私には受け取ることができる。これは一体どういうことなのだろう。

「若い人たちには想像力が足りないんですよ」とFunkアニキが言う。スマホやSNSの時代では、すぐに情報が手に入り、何かが分かったような気になってしまう。無修正のエロ動画が簡単に見れるようになって、我々は何を得たのだろうか。現実的な体験ではなくてもある程度の満足を得る、というようなところに幸福を見出すことができる。だって体験には何事にも金がかかるじゃないか。ライブに行かなくたってレコードで十分に楽しめちゃうし。酒場で客人と一緒にレコードを聞く、ということにリアルを感じている私も、十分にバーチャル世代と言ってもおかしくないのだろう。

それにしたって想像力には何らかの体感や経験が不可欠である。少ない経験から多くを想像するタイプもいれば、経験が多すぎてリアル以外に想像できないタイプもいるだろう。問題があるとすれば、ネットの世界はもはやバーチャルなリアリティではなく、バーチャルな想像力だということなのかもしれない。もはやリアリティなど、今でも続いているオッサンオバサンたちの思い出みたいなものかもしれない。

だから今、Funkなのだ。現場で頑張って続けている人たちはみんなFunkである。ネットを使った繋がりなど繋がっているようで実は繋がっていないし、便利なようで繋がりはむしろ薄くなっている。そのようなバーチャル現実ではなくバーチャル想像力な自由さには、もうほとんど飽き飽きしてるんじゃないだろうか。

Funkはそんな「アンチ現場イズム」との闘いである。JBが闘った当時のアメリカの社会現実と同じような闘いが我々にもあるのかもしれない。 政治が現場と乖離してしまうのは今も何も変わらない。そんな政治だとか電力とか沖縄とか、無関係ではないけどもっと、自分自身にとってのリアルな現場での闘いがあるのだ。私がずっと続けてきたこの店も、現場Funk。何かが発生する現場を大事に思ってくれる客人たちがいるからこそ、共にFunkできて店は存続している。

ひとりで闘う人もいれば組織で戦う人もいる。家族として、社員として闘う人もいる。いろいろな闘い方がある。それも全てFunkである。前に進めて続けていくのがFunk。ひとりで作って他人に聞かせに来てくれるのも、ひとりで客人を待つのも、やはりFunkなのだ。

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ということで、ネットで聞いてるんじゃなくとりあえずCD買っときましたわ。コリンズ兄弟在籍時のここがJBのFunkの最高到達地点との誉れ高い71年のライブですが、私はまだその意味がよく分かっていないのです。つい最近「完全版」のCDも発売になったみたいですけど、出来はどうなんでしょうかね。実際の曲順どおりで聞いてみたい気もします。最後にリフレインされる"Get up, Get into, Get involved"が、まさに現場Funkなテーマですね。入り込め、巻き込まれろと。

このところずっとJBばかりですけど、今週土曜日の「Voices Inside」のJBとFunk特集に向かって邁進しております!



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by barcanes | 2016-12-16 03:32 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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