古いグローブ

11/7(月)

「今日も静かだね。女の子とか来ないの?来るわけないか。」そんなことねえよ。若い子も2、3人は来る、こともあるよ。そのうち、そのうちの二人のお嬢が来て、かの発言のバツイチ男子は3杯ぐらい余計に飲んで帰って行った。

特に話すことも見つからないので、私はこの日持って来た古いグローブを取り出した。実家から発掘された子供の頃のグローブが4つ。平成4年の黄ばんだ新聞紙に包まれていて、思ったよりもヒドくなっていなかった。ツルツルになった軟式のボールが歪んで卵みたいな形になっていた。

話はいつしか夫婦の愚痴について、独身女性二人を相手の論議となる。うまく言えないようなことを大事にする日本人。はっきりとしないものを頭の上に抱きながら暮らしているから、相手とのコミュニケーションには言葉よりも、共感や常識のようなものが必要になる。常識とは本来、理解や共生のための道具のはずだ。しかしそれが批判や非難のために使われると、排除や差別へとつながる武器となってゆく。鈍器のような切れ味で、親子や家族の間にもじわじわと重みが効いてくる。

私は、常識にとらわれず、常識を振りかざさないようなお店をやってきたつもりだ。いろんな人がいていろんな考えを持った人がいる。なかなかまとまったり盛り上がったりしないけど、それでいい。でも面白い人っていうのは、常識や共感をうまく利用するでしょう。(僕が面白くないのは、共感がうまく使えないからという言い訳。)人の考え方が分かるから思いやれる、ということもあるだろう。でも人の気持ちは、その人でなければ分からない。仲間だから助けてあげられる、という同属性も使えない。みんなバラバラの別々の人間なのだ。多様な人たちと常識を振りかざさずに関わってゆく、そのためにここは非日常の場であり、そのための道具として使えるものはお酒と音楽ぐらいしか思い浮かばない。あるいは事実や真実、過去の史実や未来の想像というものもオモチャになるかもしれない。

差別や排除を避けるためには千客万来でいるつもりだったが、一人で店をやる怖さを感じてしまってから少し閉じてしまった。それでも自分は差別というものが嫌いだ。差別の根本は自己差別、自分がある属性に属しているという規定に対する差別意識だと思う。だから私は差別を避けるためにお店をやってきたのではないだろうか。自分自身の差別意識を。そのために社会から半分アウトし、自らダメ男と言ってみたりし、軽微な発達障害みたいなものだと思ってみたりする。その辺の、中間あたりにいることが生きる上で楽なのだし、お店の存在もそのようなものなのだと思う。

差別意識を避けるばかりにお店がちっとも儲かりも盛り上がりもしないのは、つまりそれは自分のセルフ・カウンセリングのようなことなのだから仕方のないことだ。そしてこの日もお嬢二人に話すことで、いろいろ気づくこともあるわけである。私が常連の愚痴を聞くのも同じことだし、そんなことだけでもお店をやっている価値はあるというものだろう。

ヨメの愚痴を言い合う男どもも、みんなで相互にカウンセリングし合っているのだし、私もまた妻の愚痴に答えられない男である。「そのグローブ、磨けばまだまだ使えるよ。キャッチボールでもした方がいいんじゃない。」とお嬢が言った。
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西本聖が宣伝してたSSKの「ディンプルパワー・グラブ」を愛用してました。

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なっちゃんが拾ってきた葉っぱにマジックで、せっせと手紙を書いてました。これが本当の葉書。


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by barcanes | 2016-11-11 13:57 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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