消えてゆくもの

10/17(月)

どんな街にも飲み人たちの世界がある。日が暮れればどんな人でも飯を食う。その前に一杯、あるいは夕餉とともに一杯、腹を満たしてからの一杯。あるいは遊興とともに。私も飲み人の世界で若手だった時代があった。私の世界は主に、お金がもったいないからツマミの要らない深夜帯だった。27でこの店を始めた時は飲食店主で最若手だったと思う。

下戸のくせして単純に、酒場で酒を飲むということに憧れていた。夜の街の、酒場で起きている出来事に興味を持った。それはトム・ウェイツのような歌の世界だけではなく、もしかしたらサントリーとかバドワイザーとかジャックダニエルとかが広告した、イメージ媒体の作り出したファンタジーによるものだったかもしれない。そこで流れている音楽、飲んだことのないお酒。そして特に美人でもないはずだけど魅力的に見えてしまう(当時は30歳前後だったはずの)お姉さん。みんな酔っ払っていて、思っていることをそのまま、良し悪し関係なく投げつけてくる。それまで昼間の世界に育ってきて、人間関係に不器用を感じていた自分には、それがとても心地よく感じたのだった。

若い人が酒を飲まなくなった、と言われるようになって、それはどうもこの店のことだけではないらしい。若い人は若い人の店に行って、お客さんと共に歳をとってゆく我々の世代の店に来ないだけだと思っていたのだけど。35の客人が、自分より若手がいないと嘆く。確かに酒を飲んでも、体調は良くない、金は貯まらない、時間のムダとくれば三拍子揃って、さらに異性との(期待するような)出会いも求めなければ誰も投資しなくなるのだろう。夜の街にファンタジーが足りない、というより既にもうないのかもしれない。タバコ臭さが嫌がられて減ってゆくように、タバコの煙はファンタジーだったのだ。私が店でタバコをふかし続けているのは、たぶんそういうことだと思う。まだまだもう少し、ふかし続けようと思う。

それでも飲み屋には飲み人同士の、飲み仲間という世界があり、地元やら学友やら職場のつながりとは違う、あるいはそれを基にした、つまりシガラミ抜きの、あってもそれは夜だけの、言ってしまえば純粋な出会いがある。私はそんなピュアリズムを愛している。シガラミの持つ良し悪しの、悪い部分を丁寧に気にすることで、もしかしたら葬式には呼ばれないかもしれないこと以外は親戚のような関係を結ぶことができる。お互いに、ホントは互いのことを全然知らないのかもしれない。いや、たぶん分かっていないのだろう。でも兄弟家族だって、ホントに分かっているのだろうか。僕らはたぶん、アメリカ人以上にアメリカ音楽を知っているかもしれないのだ。

数少ないこのブログの読者は気づいているだろうが、私はこの拙文を書きながら、今さらながらこの店の存在意義を探している。15年やって未だに分かっていないのだ。分からないまま、カッコよく言って保留にしたまま、やってきてしまった。いつ終わってしまうか分からないままに、未来はunwritten(by ジョー・ストラマー)にしてきたのである。

飲み人がいなくなること、飲み屋がなくなること。直接は関係ないけど、それでも残るものは残るだろう。若い人が来ないってことは、僕ら飲み屋はそのうち不要となるということだろう。それでもなおさら、私は存在意義を考える。アホですからね、商売じゃないんですよ。意義があれば続けられます。でも殊さら意義を強調するようになるということは、実態が終わってるということでもあります。何にも考えないでやり続けられるのがホントは一番なのだろう。

ところが自分より先に、なくなってしまう店がある。同業付き合いの少ない私にとって、仲間と思える数少ない同志で、偶然にも同い年で、一緒にいろんなイベントもやってきた。お客さんも少なからず共通している。彼には少し前に、11/3で終わりだからとこっそり告げられた。「そっか」としか答えられなかった。僕ら個人店はいつかお店が終わる日が来ることを、どこかで覚悟している。それが来ただけのことだ。分からないままの未来がとうとうやって来ただけのことだ。結婚したり子供ができたりするのも同じこと。ただ違うのは、あったはずの場所に、あるべきものが、そこにないという逃れられない現実を、見ることになる、という試練。自分はもしこの店がなくなったら、できたらこの通りには足を踏み入れたくない。長年の常連客が突然いなくなって、足が遠のいた人がいるのもよく分かる。

だから臆病者の僕は、その日その場にいたくない。できたら避けたい。いや行くけど、ひっそり帰りたい。自分も消え去る時はひっそりと消えていきたい。どんな街にも飲み人たちの世界があり、それはひとつひとつのお店が繋いだ人の繋がりの、その延長なのだし、その広がりだったのだ。店がなくなればその支点がひとつ消える。それだけのことだ。しかし、そのひとつがなくなることでこの世界は崩れていくだろう。僕らはそれを食い止めてきたのだから。でも僕はそれを繫ぎとめる自信も覚悟もない。知ったこっちゃない。僕だっていつか消えて行くんだ。先に消えやがって。バカヤロー。仕方ないけど、やだね。

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2012年11月にはCane'sで「北のシニガミ祭り」をやったよね。

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by barcanes | 2016-10-20 02:35 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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