疲労FUNK

9/13(火)

目覚めたらヒドイ疲労感と宿酔い。そのまま予約してあるコータロー歯科へ。「辛かったらキャンセルしてもいいんだよ。」歯茎周りの気になっていたところを数本まとめて治してくれて、これでひと通りの治療が終了した。先ほどの優しい言葉をくれた歯科医はその後、結石で入院したらしい。忙しそうに働いていたから疲労も溜まっていたに違いない。

夜はタラタラとようやく店を開けたところで、FUNKアニキがいろんなお土産とFUNKのレコードを持って現れた。まずはカープ嬢の優勝祝いに、彼が子供の頃に1チームずつ買ったというプロ野球カード。昭和55年の阪神から58年の阪急と西武まで6球団。9人オーダーを並べてサイコロを2つ振り、カード裏に書いてある結果に従って対戦するらしい。私はこれで遊んだ記憶はなく、遊び方のルールもよく分からない。どなたかご教示ください。

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阪神は岡田がルーキーだし中村監督(背番号14)がまだ現役だ。掛布は3割2分7厘、ホームラン48本、打点95、川藤も3割打っている。阪急は黄金期。西武は秋山(背番号24)も工藤もまだ2年目ぐらい。大洋(55年)にはミャーンがいて、カープ(57年)にはライトルがいる。私はさすがに55年にはまだ7歳なので分からないが、58年には4年生ぐらいだからもう野球をやってた頃だ。懐かしすぎる。やはり少年野球をやっていたピアノ王子が「これだけの無名選手がいたのですね…」と感慨深げだ。ミュージシャンも、同じだよね…。

さてFUNKアニキとまずはIsley Brothersから。69年にT-NECKレーベルで独立し”It’s Your Thing”でヒットを飛ばすのだが、その直後のアルバム”The Brothers : Isley”そして ”Get Into Something”を聞く。「レコード・コレクターズ」のIsleys特集(95年5月号)でも「一行扱い」だ。興味を持った若者はどうしたって後回しにしてしまう。CD化も遅かったと記憶する。「この辺、聞き逃してたよねえ。」ホーン・セクションのアレンジの効いたブラス・ファンクだ。Isleysにこのようなサウンドのイメージがなかったので新鮮に聴こえる。言ってみればこの時期も、評価の薄い「無名の」アルバムということになってしまうのだろう。

Isleysはその後、いったんSSW路線でニューソウルの一翼を担いながら、一気にブラック・ロック〜へヴィー・ファンク&エロ系メロウ・ソウルという独自かつ王道路線へと突き進む。私にはこの路線が、ブラック・ミュージックを搾取する一方通行だった白人音楽業界に対する逆走、「取り戻し」だったのではないかと思える。最近ファンク思想に影響されすぎかもしれない。

そもそもブラック音楽だったロックンロールが、洗練あるいはスポイルされて白人化したものをロックと呼ぶとすれば、Isleysは白人SSWの曲ばかりを見事にカバーしてソウル化した後に、堂々と搾取されたロックを取り戻すわけである。そんなあまりにも大きな功績の前では比較としてどうしても評価が低くなってしまう時期のアルバムでも十分に、オッサンとなった我々の耳には魅力的に聞こえてくるのである。

その後はマーヴィン・ゲイがデビューの後押しをしたというMAZEや、アニキいち押しのNew Birthなどを聞く。その他、片瀬の龍口寺のお祭りや南口の名店店主の誕生日のついでに寄ってくれた来客少々。そしてみんな寝る。FUNKを聞きながら。
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by barcanes | 2016-09-18 19:21 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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