南無ロック

8/14(日)

納棺があるから夕方5時に来なさいと近所の斎場へ。男手は私と父と叔父と従兄弟二人。最期は身体中が浮腫んでいたという祖母は、仰向けに寝かされて重力で落ちるためか、首回りや耳は膨らんでいるものの顔は肌艶よく、冷えた身体が汗をかいている。皆でシーツを持ち上げて棺桶に納める。

大正10年生まれの94歳。ちょうど10年前に札幌から母の両親が藤沢に来て、8年前に祖父が他界。80過ぎても木登りして梅の実を採っていた祖母は心身ともに剛健そのもので、呆けや徘徊が始まった後も次女である母との衝突が絶えなかった。悲しみよりも、この10年間の母の頑張りがようやく終わったこと、頑張り切ったことにお疲れさまという思いしかないのが正直なところ。

ひとまずお店に戻り、夜のイベントの準備をして、頼んでおいたH嬢に店番を託す。TV中継のカープ戦でも観てて。7時からのお通夜には6年前の祖父の時と同じ、真宗大谷派のお坊さんが来た。祖父は富山の家系で、明治期の北海道移民に真宗大谷派の坊さんたちも多く京都〜富山からついて行ったそうである。

大谷派は教義の緩い宗派らしく、いわゆる「南無阿弥陀仏」さえ唱えれば、その阿弥陀如来の他力本願によって人はそもそも救われている、というものである。死は穢れではないのだから清めの塩も必要ない。修行も頑張りも必要ない。ただ光に照らされているということに気づけば良い。人は誰でも必ず死に、いつ死ぬかも分からない。だから永遠に(南無)、何かを唱えるしかない。

何を唱えるかは、実は何でもいいのではないかと思う。何かを唱えずには人は生きていかれない。つまり、黙ってはいられない。ただそれだけのことを言っているのではないだろうか。私は自分の店も似たようなことをやってきたのだなと思った。声は、出しても黙読のようなことでも構わない。いただいた冊子のお経を、音読する親族あり、読まぬ者もあり。

従兄弟たちにまた明日と辞して、8時前に店へ戻るとなんだか様子がおかしい。H嬢は困った顔をしてるし、そろそろイベントを始める時間なのにそんな雰囲気じゃない。聞けば、私が店を出た直後に普段来ないようなタイプの来客あり、そういう輩は女性の匂いを敏感に嗅ぎつけるのだろうか、気安い女性の店と勘違いしたみたいである。「ダサいよ。カッコ悪いよ。」とお経を唱えてあげてもよかった。しかしたまたま運が悪かったというか、こんなタイミングに邪気が舞い込んでしまうものなのか、こんな店を女性一人でやらせてしまうのは危険なのだなと思った。

お行儀の悪い泥酔客にようやくお引き取り願って、店の空気は次第に澄んでいった。DJ来客が続々と集まってきて、イベントは終始盛り上がった。DJは主宰makizoo、阿仁敬堂こと浅見さん、当店初登場のフウコさん、D♂kaさん、DODOこと辻田くん、ハマのGenさん、George Oikawa、KZMX、そしてこのイベントには初登場の”Sister M”ことミンさん、総勢9名。私は終始忙しく働かせてもらい、誰がどんな曲をかけていたか判別できなかったが、一言でいうならRockに言葉は必要なし、といった感であった。お経もおそらく、言葉というよりは歌、音楽に近いのであろう。こぢつけてしまえば、「いろいろ聞いてきた我々の、我思うロック」というお題がこの「AOR」を包括するただ一つのテーマなら、それは南無阿弥陀仏である。唱えずにはいられないもの、プレイせずにはいられないもの、それを続けることによってのみ、あなた方は救われているということに気づくわけである。
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by barcanes | 2016-08-19 01:38 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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