不在を感じる

6/11(土)

あの人の不在を受け入れられない、とメソメソしている男の話を横で嫌な顔をもせずに聞いて下さっていた方、近しい友人を亡くしたのがちょうど1年前のこの頃だったと。闘病の末の最期だったから分かっていたとは言え、未だに分からない。彼がいないということが。

しかし、いるって言ったらいるってことも分かっている。そこら辺に、自分の中に。存在を感じることはできる。しかし生活を共にしていたわけでもない人にとって、あるいはたまに酒場で会うような人間にとって、不在ということを感じることは難しい。まして最期の別れを告げられなかった人には。

色即是空、空即是色。迷い多き者にそのような悟りの言葉はむしろ怒りをもたらす。迷える者には迷える過程、そして時間が必要なのだ。まずは不在を感じることから始めたい。そこに不在というものが存在しているのだ。

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珍しく開店直前から閉店時間まで、お客さんが途切れなかった金曜日。今後のイベントの仕込み、打ち合わせ、アイデアなどもいろいろいただいた。そんなこの夜のBGMはブラジルもので。こういうのもスキャットと呼ぶのでしょうか?梅雨どきの湿っぽさに似合うパヤパヤ鼻唄スキャットが全編を覆う、トニーニョ・オルタの弾きパヤパヤ95年盤。爽やかだけど、湿っぽいねえ。


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by barcanes | 2016-06-16 23:47 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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