”Can you hear me?” 想像力を応援する

5/29(日)

若い頃耳にして好きだった曲があったんですけど誰の曲かずっと分からなくて、最近やっと分かったんです。それがゲンさん好きだったですよね、スプリングスティーンだったんですよ。全然興味なかったんですけど。と言うので、一番いいところを見せてあげなきゃいかんという使命を感じ、75年海外初公演のロンドンのDVDを見る。音楽エンジニアの彼と、あれこれ新鮮な想像を働かせながら見るのはこれまた楽しいことである。そのうち馴染みの客が来て、あーあ、始まっちゃったか。これは長くなるぞ、俺は何度見せられたことかと嘆く。
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そして、それから30数年後のハイドパークのDVD2枚組を見るハメになる。スプリングスティーンとは何だったのか。そして何なのか。我々各々にとって。そんなことを考えてしまいたくもなる。しかしたぶん、そんな抽象化をしなかった人なんじゃないだろうかとも思う。簡単に一言でまとめてしまうようなことを、意識的に回避してきた人なんじゃないだろうか。”Can you hear me?”を繰り返すシーン(Outlaw Pete)。これじゃね?と常客が言う。

断定をしないことで、様々な共感を呼ぶ。一行目から突然ハプニングが起きる。ハッピーエンドにならないまま、物語は放り出される。そんなストーリーをテリングしてきたのだ。結果は誰にも、死んでも分からない。後世の人間がどんな意味づけをしようと後悔しようと謝ろうと、現実には届かないしむしろ話は逸れてゆくだけだ。言葉の持つ何かを蘇らせる幻出の力と、歌というフィジカルな現出の力によって、思いを馳せるようなことができるのならば、その思いは自分の過去とともに自分でない者の過去にも飛ぶことができる。そのような仮定をもとにして、ある提案を演出する。

演出というものに含まれるかもしれない嘘は、我々が現実をそのまま捉えきれないことと似ている。どんなに了見の広い人間であろうとある断片しか見ることができないわけだし、たとえ見えたとしてもそれを全く表現することはできない、という限定の中から多くの了解を得ることは難しい。というか、難しくあるべきだ。その上で政治的な作業というものが多くの了解を得ることであるならば、そこに嘘や演出が使われるのは仕方ない、というよりは当然のことなのであろう。

その演出される提案が、断定ではない共感が、聞く者を応援することになる。スプリングスティーンはロック応援団である。James Brownがブラック企業のファンキー社長であるならば、E Street応援団を率いる団長である。(見栄え的にはドラムのMax Weinbergに学ランを着せたいところ。)もはやこの時代のリーダーシップとは応援団長のことなのではないか。そう思えば、僕らが好きだった音楽はいつだって僕らをそれぞれに応援してくれたのではなかったか。だからこそつい、それらを作りまた演奏した、おそらく大抵がどうしょうもないミュージシャンたちを応援してしまったりするのだ。

先日の広島でのオバマさんのスピーチ、その後のアベちゃんのそれがいっそう引き立ててしまったような気がいたします。それでも軒なみ好意的に受け入れられた様子なのは、我々のボスがホントはあっちなんだというようなことだとも思えてしまうわけなんですけど、それにしてもあの言葉を選び抜いたような演説の文面を書いたライターが30代40代という若い人たちらしいというのが、私にはせめてもの希望と思えました。

オバマさんがスピーチ上手だということはよく知られているそうですが、その演出された表現が、聞く者にどのような想像力を働かせることができるかという点において、政治も音楽も似たところがあるのでしょう。そしてそれこそ、「先の大戦」で我が国が反省すべきもその想像力の問題でしょうし、私がエンターテイメントをつい嫌ってしまうのも集団的想像力を扱うという点においてなのです。この国を集団的自決に追い込んだような想像力について、戦後から現在にいたるまで正面から取り組むことを避けてきたようなことは、そのような自分の心理にも思い当たることなのです。集団的熱狂に懐疑的であれば、冷めた、ひねくれた人間ができあがるのは当然のことではないでしょうか。

このとき御年60歳のスプ様3時間コンサートもそろそろ見終わる頃、来客あり。またアタマからいきますか。しばらく一緒に楽しく見てたと思ったら、「あたし、この曲好きじゃない」と突然ふさぎ込んだ。どこかゴスペル的なポジティブ感を前面的に利用したと思えなくもない曲ではあった。そこから話は宗教観についてへと。自分の出会った人しか信じたくないの。我々の宗教なんてさ、葬式のときぐらいのもんだよ、なんて。みんな無神論者ってことでいいんじゃない?もうすっかり朝だ。その話はまたいつかしよう。朝を、太陽を、すべての人間がいつでも待っているわけではないじゃないか。

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by barcanes | 2016-05-31 04:07 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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