10万年後

100,000年後の安全」という映画を見てきた。平日の昼間だというのに、渋谷のミニ・シアターはほぼ満席だった。原発を全廃した隣国のスウェーデンとは違い、フィンランドには原発があり、その放射性廃棄物の処理について、どのように考えられているのか、永久地層処分施設の建設についてのドキュメンタリーだ。

地下に何キロにも及ぶ坑道を掘り続け、何十年後まで核廃棄物を埋めた後、完全に封鎖する。核兵器などに流用されることを防ぐため、高濃度プルトニウムへの再処理はしない。そのため、放射能が減衰するまでに10万年という時間を設定している。そして6万年後には氷河期が来るという予想もしている。

その後の人類がこの施設を見たときに、その危険性をどのように理解できるか、という未来への警告が主なテーマだ。その前のたかだか何世代か下の人たちの時代でさえ、社会がどのように変化しているかも分からない。何種類かの言語で注意書きを石に刻み、針山のようなオブジェで危険性を表現し、イラストで視覚に訴える。「ムンクの叫び」が、最良の方法かもしれないとさえ言っていた。

技術の継続や情報の伝達は、必ずしもつながっていくとは限らないから、それをあてにはできない。完全に独立して、人間の管理もなく、それが危険であるということを分からせ続けなければいけない。独立して、安定して、危険であり続けなければいけない。忘れ去られることを、永久的に続けなければいけない。「忘れ去ることを忘れないこと」と、映画では言っていた。未来の人間を信じられるか、とも。信じるということは何の確証もない。やはり危険だ。

核廃棄物の問題については、原発に対する賛否に関係なく、誰もが考えなくてはならない問題だ。少なくとも、もう既に大量の核廃棄物と核燃料が存在しているのだ。

これは原発のいわゆる発電コストとも関係していると思うのだが、この未来永劫続くと思われる核廃棄物の管理コストは、いったいどのように計算されているのだろうか。伝統的な家業を続けていくというのともわけが違う。この先何世代にもわたって管理を続けなければいけないのに、誰かがやってくれるという確証はあるのだろうか。高給の日雇いと幾層にも渡る下請けシステムが、それを存続させていくのだろうか。

将来の世代について、知恵や技術の伝達や継続をできない状況を考えなきゃいけない。誰かに継続を強いるというのが、我々の言う「持続可能な社会」なのだろうか。

映画の無機質で不気味な映像で、感覚的に訴えられてしまうところもあるが、我々はむしろ感情的にではなく、冷静に冷徹に未来を考えていかなければならない。今までの過去はともかく。今まであまりにも、世界が破滅に向かっていることを止められるはずもないと、誰もが諦めてしまっていたのだ。どうしようもないと無関心になっていただけだ。それでもそう簡単にはなにも変わらないだろうが、バカがバカを生む連鎖を止めるチャンスが、ようやく訪れているのだろう。

それでも未来の人は、エジプトのピラミッドのように、危険を犯してでも財宝を求めて世紀末的な墓地であるこの神殿に分け入って行くことだろう。人類最初の忌避の場所である墓地は、アンタッチャブルであればあるほど、魅力的な聖地となったのだ。未来の人間は、きっと墓破りをするだろう。その頃には、放射性物質に対する技術が上がっているという可能性も、なくはない。そしてその墓守のためには、壮大な宗教が必要になるのではないだろうか。放射性廃棄物という、確実に物質性を持った神の神殿だ。どのような神学を形作ることができるのだろう。中途半端なものにしかならなければ、そのことのほうが、よっぽどタチが悪そうだ。いずれにせよ、未来は明るくないなあ。

未来についてどのように考えるか。10万年後を想定することはバカげているのか、それとも聡明なのか。人間を信じる、信じないということはどういうことか。今の自分の金のことしか考えられないというのはどういうことか。果てしない未来から見た、現在という過去。我々には時間感覚についての思想が、あまりにも欠けている。
映画『100,000年後の安全』

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夜はUstreamで、孫さんの講演を聞いた。プレゼン内容の如何や、実現可能なのか、それが損なのか得なのか、鵜呑みにはできない。でも、「正義感」ということについて語るところ(1:23ごろから)で、自分の力のなさに悩みながら、批判も受けながらも「やらないかんことがある!」と言ったときには、ちょっと涙腺ゆるんだね。そして、「今の政権与党に足りないものは?」という質問に、一言「覚悟。」と言ったのは、ちょっと出来すぎの問答とは言え、熱い気持ちになった。

株価の下落した東電の買収とか、政界進出とか、いろいろ煽る輩もいるが、在野の「怪しげ」な民間業者として、通信の世界でできたことを、電力の世界にもぜひ挑んで、やり遂げて欲しい。これだけの弁論のパフォーマンスができるのだから、多くの人たちが応援するだろう。俺もとりあえずケ-タイ変えよっかな。

自由報道協会主催 孫 正義 記者会見
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by barcanes | 2011-04-22 23:02 | 日記 | Trackback | Comments(0)
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