持ち寄りナイト改めPotluck Night

昨秋に始めた「日本語再発見ナイト」から続いて約3ヶ月毎に行ってきた4回目。今回もいつものメンバー、間瀬さん、恵美ちゃん、まえかわ、りえちゃん、宮下君、宮井さん、しんぺーなどの他、新しいメンバーや飛び入りも含め17名もの参加になり、今までで一番の盛りだくさんの内容になりました。今回のまとめ役tskことタスク画伯、ごくろうさん。モータウン・ナンバーなどのカバーを歌ってくれたきょうこちゃんむっちゃんのほのぼのした可愛いデュオ、自作の新曲も披露してくれた「若宮王子」チッタ君はもはや貫禄をも感じさせ、バス・リコーダーの演奏も聞かせてくれた、桜を歌うシンガーソングライターORANOAさんは、ピアニカ両手使いのイシガミさんと間瀬さんと共演してくれました。サンシンで沖縄民謡を歌ってくれたカツラさんは手拍子と和やかな雰囲気を誘い、「日本音楽業界の面汚し」どころかエノケン以来の日本エンターテイメント音楽の歴史をも感じさせてくれた案外ことショウ君は独特の日本語詞で盛り上げてくれました。恵美ちゃんのコンサーティーナ、間瀬さんのマンドリン、イシガミさんのピアニカのアンサンブルにポエトリー・リーディングをのせた演奏や、当店の雨音を恵美ちゃんが曲にしてくれた「トタン」を、りえちゃんのパーカッションと、まえかわと恵美ちゃんのボーカルの即興的な掛け合いでやってくれたのも素晴らしかったです。毎回必ず音楽をテーマにした詩を書いてきてくれる宮井さん、自作の歌の弾き語りのほかに今回は李白の詩を自分流に訳して読んでくれたしんぺーも、詩を流行らせたい私としては毎度嬉しいです。飛び入り的に途中からミキサーを守ってくれた田尻君、スチールの宮下君もありがとう。

さて終盤、昼間にライブをこなしてもうすっかり酔っ払いになりかけていた中西さんが、もうギターなんか弾けないよと言いながらも、バーデン・パウエル「宇宙飛行士のサンバ」を独特の酔いどれ間合いでやってくれたのは、場内静まり返る圧巻でした。そのあと最後に詩を読む予定の私は、サンバの曲を題材にしていたので、この偶然の必然たる符合にビックリしました。このイベントを始めてから、自分も詩を書いてみようとチャレンジしてまだ2度目で稚拙ですが、ここに載せてみたいと思います。

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フェリシダーヂ(幸せ)

Tristeza nao tem fim
Felicidade, sim
悲しみに終わりはなく、幸せには終わりがある
(ヴィニシウス・ヂ・モライス詞/アントニオ・カルロス・ジョビン曲)

幸せは相対的だ
比較において 幸せを感じるとき
同時に 幸せでない状態が想定される
自分より幸せでない人がいることになる
幸せが大きくなる分 不幸も大きくなる
幸せが不幸を生み
すべての人が幸せになることはできない

しかし 人が幸せや安定や安心を求めることは 否定できない

安定や安心を持続させるには
なにかに閉じこもるしかないが
閉じこもれば いつか なにかが不足する
安定も安心も 永続しない

幸せがなければ不幸も生じないし
安定や安心の持続には 満足は生じない
不幸や不足を生まないための
ささやかな幸せと ささやかな満足
無限大の人々の幸せや安定のための
無限小の幸せと 無限小の充足

おそらく 政治の平等とは
そこを目指すしかないのだろう

しかし 私たちの感情は そんなことを目指せるのだろうか!
我々の幸せを求める気持ちは 抑えきれず暴発し
安定や安心を求める心は 決して止められない

そんな人たちの欲求のために 祝祭は生まれてきた
小さな祝祭から 大きな祝祭まで
日々のあらゆるところに偏在している

そなえいけにえ いのりとなえ
散財し浪費し 建設し破壊し
準備し熱中し 蓄積し疲労し
でっち上げ金を生み 贈与し分配し
恋愛し喧嘩をし 連帯し格闘し
スポーツからショッピング 遊びから戦争まで
話し合い泣き笑い 知恵を出しバカをやり
冒険し走り回り 歌い踊り歌い騒ぐ
食事をし排泄し タバコを吸い酒を飲み
風呂に入り夢を見て いつのまにか齢をとる
愛し合い子を育て 病に倒れいつか死ぬ
出会って別れ 信じて そして忘れる

すべてが無駄で すべてが素晴らしい

瞬間瞬間の小さな祝祭
生命がけの 大きな祝祭
我々の経済は そんな祝祭をモチベーションにして成り立っている
エコでさえ もはや祝祭なのだ

悲しみと不足に終わりはないが
喜びと満足は日々のいたるところ
断片的に 断続的に 最大限 あらわれている

だから 幸せが持続することを求めてはいけない
むしろ 幸せには終わりがなくてはいけない
また次の 幸せのために
次の人の 幸せのために

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お店で日々お客さんたちと話したりしている中で、漠然とした愚痴や不満やちょっとした論議が、例えば、みんな幸せを求めているのだということに思えてくる。その幸せにもいろいろなものが混ざっている。一見、差異や格差が少なくなったように見える我々の時代は、上も下も、男も女も、右も左もよく分からなくなって、いろいろな違いがあったものが混同されごちゃごちゃになっている。だからと言って昔のような格差社会に逆戻りするべきでもない。いろいろとごちゃごちゃしたまま一方向に流されてゆくような、全体主義的な風潮の中で、やはり違いをより分けてゆく、腑分けということが重要になってくるのだろう。

詩のひとつの機能として、たとえば二つのものの間のなんとも言えない距離や、論理的に説明しづらい違いなどを、感覚として整理をつけるのに役に立つような気がする。学者の方法でもなく、喧嘩でもなく、男女の差や世代の差に帰結するのでもなく、違いを腑分けすることができるのではないか。

なんて言って、詩に決まりなどないのでどんな詩でもよいのですが、次回また詩作や詩の朗読などで参加してくれる人が増えるといいなと思っています。歌や演奏の方も、普段から音楽活動している人は、いつもとは違うことにもチャレンジしてほしいし、そういう試しの場として使ってもらえたらいいなとも思います。興味ある方はぜひ参加してください。次回は8月の後半ぐらいのつもりです。世話役担当は当店最年少しんぺーです。
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by barcanes | 2010-05-09 05:45 | イベント | Trackback | Comments(0)
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